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15「……自己紹介だってさ、する?」


 音が消えた。

 カルは片手をついて息を吸いながら目を擦った。

 すると見えてきたのは、いや、聞こえてきたのは――。


「ウワアアアアアアアア!」


 腹の底から轟く、悍ましい絶叫だった。

 突然の衝撃に意識を朦朧とさせてしまい、カルは自分が今どこにいるのか分からなくなった。

 端々から様子を伺うと、雪が積もり、藍色の影が街を覆う路地裏。

 ――そして、額が熱かった。


「どういうこと⁉」


 シャルロットの叫びが聞こえ、不可解な熱風が強く吹いた。

 やっと目の焦点が合い、前方がじわじわと見えてきた。

 そこに見えたのは、雪景色に合わないくらい『赤い炎』だった。


「……なに、あれ?」


 思わず呟いた。

 燃え上がる炎は血のように濃く、その中心で人影がゆらめいていた。

 周囲の雪を蒸発させ、焦げた鉄の匂いを立ち込めさせて。

 まるで意思を持つように形を変えていた。

 カルは先ほどの記憶を急いで思い出した。


 (男たちが「我々は~」を詠唱したときから記憶が曖昧だ。

 いきなり目の前が熱くなって、赤くなって、その時に誰かに吹き飛ばされた?」 ……もしかして、シャルロットが炎から僕を助けてくれたのか?

 でも、なんで燃えているんだ?)


「アアアアアア」


 耳覆いたくなるくらいの悲鳴が聞こえ、燃え立つ異様な炎が路地を走った。

 その様を見て、カルはまた一つ、曖昧になっていた記憶を手繰り寄せることができた。

 ラスカルとミードは互いに目を合わせ、蒼白になった顔を引きつらせていた。

 叫ぶように聖書を掲げた瞬間、彼らの手から炎が噴き出した。

 『なんだこれは……!』。

 ラスカルが絶叫する間もなく、業火は二人を飲み込んだ。


「シャルロット」


 カルは気が付いて、ぽつりと名前を言った。


「この炎、ナナさんが言っていた、奇妙な……」

「……え?」


 言われてシャルロットも炎を見つめた。

 揺れる業火は、見れば見るほど荒々しく、そして今にもこちらに迫って来そうな勢いで空に延びていた。

 人を焼いている炎。

 確かにその点で言えば、ナナの火傷とも共通していた。

 とすると、なんだ。

 まさか、『モルデ』と『ゲイザード』は。


「……なんてことを」


 シャルロットは全てを汲み取り絶句した。

 思わず口元を歪ませ、炎に包まれた二人の男の影をじっと見つめた。


「あの本だわ」

「え?」


 シャルロットはひとり奥歯を噛みしめながら、あのカシーアの様子を思い浮かべた。


 (ずっと疑問だった。

 聖書を媒介にして行使される『聖装』という技は、所有者に沿って構築された術式には見えなかった。

 まるで『武装』としてではなく、『目的』として作られたような。

 司教が着るための『衣』ではなく、ある種の『研究成果』の一環であると常々、考えていた。

 いや、そんなこと考えなくても分かったはずだ。

 カシーアで一度見た術式の緻密さ、

 あれほど複雑な術式を本に内包しているとするなら……。

 それは誰にでも扱えるものではなく、適合者しか扱えない特別な武装のはず!)


 シャルロットはここ数ヶ月抱いていた疑問が、たったいま腑に落ちた。

 カシーアで見た『聖装』。

 その特異な技術がただ一介の司教全員に支給されているのは。

 はっきり言って『異常』である。

 あの聖装に籠められる技術は計り知れない。


 要は『司教の為に特注した』が通用しないほど、あの本に集められた魔術技術は恐ろしいものなのだ。

 故に、『聖装に適合した人物を司教に指名する』のだろう。


 だから、適合しない者が使用しようとする。

 強い拒否反応――『炎』が出る。


「あの本があの人たちを『拒絶』している。この異様な炎の正体は、あの聖書の拒絶反応だわ! 早くあの本を手放させないと」

「いい燃えっぷりじゃない? やっと罠にかかってくれたみたいねぇ」


 ふと羽毛のように舞い降りた品のある声とは裏腹に。

 発された言葉は到底純然とは言えない外道のソレだった。

 女の声にシャルロットとカルは音の元へ顔を見上げた。


「ほんとうだよ。もう、寒いのは苦手だっていうのに」


 女性の声と中性的な男性の声が頭上から聞こえ、やっと二つの影を見つけた。

 目を凝らすと、――それは雪よりも白い衣を着た二人組だった。

 大きな胸に海藻のような長髪、ツリ目の薄赤い瞳に色気を纏わせた口紅が淡く広がっており、胸ポケットに白い薔薇を刺している女性がいた。

 その横には、ボサボサな灰色のパーマに隈の目立つ瞳。

 白いロングコートの下には髪と同じ色のセータを着込み、右手で頭髪をかき回す気だるげな男性。


「……誰よ、あんたらは!」


 シャルロットが食いしばるように叫んだ。

 男の方が薄い眼を無気力に向けた。


「……自己紹介だってさ、する?」

「まあ礼儀にならうなら、そうなるわよね。でも、め・ん・ど・い」


 女性の方はやけに嫌味のある喋り方をした。

 それに、隣に座っている男性すらも嫌な顔をしてみせた。


「きみの喋り方はいつもしゃくにさわるね」


 男はおでこに親指を抑えながら苦言を呈した。


「フン。自己紹介したいなら、坊やがしなさい。私は聖書の回収をするわ」

「はいはい」


 それに女は両手を組んでそっぽ向き、男は「またか」と言わんばかりの対応をした。

 女性は屋根上から下に降りて身軽に着地し、燃え盛る炎の中に平然と入っていった。

 そして気だるげな男性はうなじに右手を回して。

 武装しているシャルロットとカルに向けて自己紹介を始めた。


「ぼくは司教のザバクだ。そこの面倒くさがりの女は同じく教会所属、たしか第七司教だったね。『失格』のラクテハード」

「司教……っ!」


 名を呼ばれた女。

 ――ラクテハードは炎の中からひょっこりと出て来た。

 彼女は二冊の本を脇に抱え、『異様な炎』に焼かれることなく息をついた。


「ザバク、なんで私だけ肩書込みなのかしら」

「ぼくに自己紹介をまかせたんだ。異論はみとめないよ」


 ラクテハード――、ザバク――、彼ら彼女らは自らを、司教と名乗った。


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