※シャルロット視点
水の音がする中、シャルロット、カル、ニーナ、そして怪盗 ジェイが同じ場所に転がっている。
最初に目を覚ましたのはシャルロットだった。
「……終わったの?」
シャルロットは両手をついてゆっくりと起き上がり、目をこする。
――滝の音に、違和感があった。
地面の形、周囲の温度、そして異様な匂い。
それらが、彼女の意識を急速に覚醒させる。
「何よこれ……ッ」
山火事がすぐ背後まで迫り、川の水は濁流になって激しくうねっていた。
水位は上昇し、周辺は今にも濁流に呑み込まれそうだった。
シャルロットは見回して、近くにいたカルの肩を揺さぶる。
「ッ……」
「カル!」
息はある。ずぶ濡れで体温が低下しているが、生きている。
「シャルロット……」
声の方へ振り向くと、ニーナが起き上がっていた。
彼女は近くに倒れている怪盗に擦りより、そして首筋へ二本指をあてた。
「脈が弱まってる」
「え?」
ニーナは悔しそうに呟いた。
「こいつ、最後は負けに来た。負けたから……」
その言葉でシャルロットの脳内にニーナの言葉がふつふつと蘇った。
――……領域の終了後、謎を解けなかった探偵は死に、謎を解き明かされた犯人は最も自分が晒したくない状況に陥る。巨大な疲労感が積もり、魔力も致死量寸前まで減少し、思考力も一時的に下がる。
今の怪盗 ジェイの状態は、それである。
シャルロットが駆け寄り、すぐにジェイをローブで包み、魔術で火を起こし、彼の服を温める。
「この人が、ジェイだったなんて……」
シャルロットだけはジェイと面識がないのだ。
「多分、最初から魔女の結界に潜んでいたんだと思う。こいつが来ることは予告状で分かっていたし……でも、何してんだよ……!」
ニーナは両目を閉じて小刻みに震える。その感情は複雑そうだった。
「ニーナはどのタイミングでジェイだって分かっていたの?」
シャルロットは手当をしながら訊いた。そうしないとニーナが泣きだしそうだったからだ。
「クラーラの死体に、トランプのカードが落ちていた」
トランプのカード――、ジェイが予告状で使っていた小道具だ。
「じゃあニーナは最初から?」
ニーナは頷いた。
「こいつ、変装の名人なんだよ……多分カルくんも今の素顔は見た事がないと思う。推理領域の犯人として決まった時、変装の名人っていうのがトリックとして採用されたんだ、きっと」
手当をしつつ涙声になりながら、ニーナは零した。
「なにしてんだよぉ、こんなの、ボクがお前とやりたかった推理バトルじゃないよ……」
堪えきれなくなったのか、目に大粒の涙を浮かべた。
そして彼女はジェイの懐に顔をうずめて泣き出してしまった。
探偵と怪盗、一見相容れない存在であると思いがちだが、
どうやらニーナにとって怪盗という存在は、失うととても悲しくなるようなものだったらしい。
「……シャルロット?」
「ぇ? カル?」
カルの声がして振り返った。
すると、カルが虚ろな瞳をしながら起き上がり始めていた。
シャルロットは安堵して駆け寄ると――カルの体が突然、宙に浮いた。
「え?」
「そう簡単に逃がすと思うか」
刹那、横を流れる濁流が爆発した。
泥を含んだ水がシャルロットの右半身をべっとりと濡らした。
立ち上がって声を探ると、そこには思っていた通りの人物が立っている。
彼は濁流を止めてその中心に立ち、カルの首を右手で絞め上げていた。
「――ジグラグラハムッ!」
腹から吐き、肩を愉快に揺らして哄笑をまき散らす。
「クハハハハハ――ッ!」
カルの意識は朦朧としていて、自力で脱出するのは難しいだろう。
あのままでは首を絞められて殺されてしまう。
あの男は推理領域が終わる間際、私達を殺そうと能力を使った。
「シエスタ!」
ジグラグラハムはシャルロットを呼んだ。
「取引をしよう」
「……取引?」
ジグラグラハムは頷き、見開いた目でこちらを見下ろした。
「カルを殺すかお前が死ぬか、えらべ。どちらかは生かしてやる。そしてどちらかは殺してやる」
ジグラグラハムは悪魔のような形相になり、また哄笑をまき散らした。
シャルロットは絶句し、怒りが籠った視線をジグラグラハムに向けるが、彼は歯牙にもかけない。人のソレではない顔で、狂気的に笑って、唇を浮かせる。
「5」
カウントダウンだ。
シャルロットは男の最低さに凄まじい激情が芽生える。
「4」
「やめて」
「3」
男は続ける。カルは脱力している。
「2」
「やあああああめえええろおお!!」
これまでに経験したことがないほどの、絶叫。
次の瞬間、シャルロットは魔力を勢いよく発散させ、地面を抉る脚力で吹き飛ぶと、
「黒魔術」
唱える。
「『藍臨月』――!!!」
「聖装、『
シャルロットの放った、真っ青な斬撃は空間を切断しながら急接近するも、ジグラグラハムが唱えた聖装の方が早く、斬撃は徐々に減速して空中で消え去った。
「1!」
ジグラグラハムはカルに顔を向け、口角を大きく吊り上げた。
しかし次の瞬間、ジグラグラハムの右手がずるりと落ちた。
「ぁ」
ジグラグラハムは眼前からカルが居なくなっていることに気が付いた。
そして、自分の右腕が肩からそのまま無くなって、
「……おいおい、嘘だろ?」
ジグラグラハムは苦笑した。
そして、シャルロットとカルを抱きかかえて着地した男を見つめた。
男は振り返り、隈が濃い顔を司教に向けて言い放った。
「冗談だと思ったか?」
その言葉とともに、ジグラグラハムの胸に大きな裂傷が走った。
右足も、切断。右耳も、血を噴き出しながら切り裂かれる。
彼は、ぶっくりとした形をとっていた血反吐を、勢い口外へ吐き出した。
ついに、力なく聖装を解除すると、そのまま濁流に落下する。
流されて、滝からまた落下する。
「シャルロット」
静かに、しかし確かな声が響く。
「遅くなった」
――ザザ・バティライト。
彼の合流によって、この地獄のような戦場に一筋の光芒が差し込んだ。