―――エレファン獣王国から出発してティーグル皇国へと戻る八雲達。
スコーピオはエレファンに残り、引き続き王宮や軍の動向を調査してもらうことにして、行きと同じ距離を進むキャンピング馬車だが今回は途中休憩なしでティーグルまでノンストップで走る―――
出発当初に八雲から『伝心』で今回知った内容をアリエスに伝え、その内容を文章に起こして八雲の名でクリストフに届ける様に指示をした。
【―――内容は以上だアリエス】
【畏まりました。急ぎエアスト公爵家へと届けに行って参ります。】
【ああ、よろしく頼む】
【あの、八雲様、早いお戻りをお待ちしております】
【ありがとう】
『伝心』は声だけだが、アリエスのどこか嬉しそうな様子が声からも伝わってきた。
プロミス山脈に差し掛かった時、山道に盗賊団の遺体がないことに誰かが片付けたのかな?と不思議がっていると、
「ん?―――ああ、山で晒し者になった死体なんて一晩で魔物の餌食だ。魔物が唯一役立つことだな」
そうノワールに軽く応えられてしまったが、言っていることは軽いホラーだから笑えない八雲。
そしてノンストップで走り続けて、翌日の昼前にはティーグルの首都アードラーに到着することが出来たので、今日も変わらず―――
「おはよう―――!!」
「―――おはようございます!御子様!!」
いつもの門兵達へ挨拶をすると普段より更に大きく多くの挨拶が返ってきたことに八雲は少し離れただけなのに帰ってきたと強く実感していた―――
―――そのままアークイラ城まで走った八雲は城の正面入口に馬車をつけ、ジュディとジェナには馬車で待つように指示してノワールと玉座の間へと進むと侍従のひとりが案内にやって来て謁見を申し出る。
「―――畏まりました。御子様がお戻りになれば、いつでも通すように仰せつかっております。只今エアスト公爵閣下が登城し、玉座の間にて陛下にご報告をしていらっしゃいます」
八雲からの報告内容を記した手紙を受け取ったクリストフは八雲の帰国時間をアリエスに確認してもらい、その時間に合わせて登城していたのだ。
そして案内された玉座の扉を侍従が開くと―――
「おお!―――御子殿、今戻られたか!」
と早くもエドワード王から声が掛かる。
「ええ、戻りました。先に報告は飛ばしていたんですけど、聞いてもらいましたか?」
「うむ……まさか災害級の魔物が絡んでおったとはな。早速ふたりの英雄達には使いを出した。エレファンが過去に例のない大規模な徴兵を行っていることも我等にとっては驚きしかない」
「情報提供者によるとエレファンの国王には『災禍』の女狐が宰相として取り入って、国王を操っているようです。今回の徴兵は何をするためなのか、それは今も残った者が調査しています」
「―――よくぞ調べてくれた。徴兵の動きは此方もどこへ出兵するのか物見を出しておく。黒神龍様も御子殿も本当に心より感謝する」
八雲は説明がややこしくなるかも知れないと、情報提供者がヴァーミリオン皇国の皇帝とは言わない方がいいだろうと伏せておくことにした。
「父上!―――エレファンが出兵準備をしているとなれば、ティーグルへの進軍もあり得ること!今すぐ騎士団長達には国境へ向けて出兵し、護りを固める様に御命じください!」
玉座の間に集合していたうちのひとり、ゲオルク王子が父エドワード王へと進言するも反対の声はない。
「確かに……後手に回って滅ぶ様なことなどあってはならぬ。第一、第二、第三騎士団長はすぐにエレファンとの国境へと向かい警戒せよ!第四、第五騎士団と近衛騎士団は準備だけ整え待機を命じる」
エドワードの命を受けたそれぞれの騎士団長達は礼をして玉座の間を後にする。
「アルフォンス、アンジェラ王女、ふたりとも覚悟だけはしておくのだ……儂も覚悟を決めよう」
王子夫婦にエレファンとの交戦も覚悟せよと伝えるエドワードの言葉を聞いて、アンジェラ王女は青ざめた顔で震えているのが八雲にも見えていた。
エドワード王の隣のアルフォンスの横に控えているアンジェラ王女は顔を蒼白にしながらも何か言いたそうだったが、
(王様と王女との約束は果たしただろう。俺達はもうこれ以上何もすることはない。後は国同士で片付けてもらおう)
八雲は王との約束は果たしたと玉座の間を後にした。
「―――御子様!」
そんな八雲が廊下を歩いていると後ろから声が掛かり振り返る。
城に務める侍従からクリストフが呼んでいるというので仕方なくノワールとふたり、後宮の庭園へと案内される。
(こんなところに何故?)
クリストフが八雲を態々呼んだのかと思っていると、庭園のテラスにあるテーブルにはヴァレリア王女とシャルロットが座っていた。
「―――公爵はどちらに?」
「伯父上様にノワール様と八雲様をお茶にお誘いしたいとお願いしたのは、わたくしなのです」
そう言ったヴァレリア王女に続いて、
「ヴァレリアお姉様が八雲様とお話したいだろうからって、お父様が提案してくださったのです☆」
シャルロットの説明で八雲はなるほど、と納得したが一国の王女と話すようなネタもない。
「八雲様、エレファンはどんな様子だったのでしょうか?」
ヴァレリア王女の質問に、やっぱりその話かと思った八雲だが、
「王女が心配する様なことじゃないと思うけど?国の政はその役割を持った人達が受け持つべきだと思うし」
「―――それは分かっています!ですが、八雲様が出発されてから元気を失くされているアンジェラお姉様のご様子を見ていますと……」
ヴァレリアはそこまで言うと、自分自身も俯いて空気が重たくなる。
「どちらにしろ、エドワード王が英雄クラスのふたりに招集を掛けたと言っていたから、なんとかしてくれるさ」
言い方はかなり他人任せの内容だがギルドで英雄クラスは戦争などに駆り出されるという話も聞いていたので、八雲としては自分とノワール達に火の粉が掛からなければ関わるつもりはないというのが一貫した考えだ。
「八雲様は英雄さん達にお会いになられたことがあるのですか?」
シャルロットが場の空気をその天然で変えながら八雲に質問する。
「ん?英雄に?……ああ、会ったことあるよ―――」
―――ティーグル皇国首都アードラーの冒険者ギルド
そこにあるギルド長室では……
八雲がアークイラ城で姫達とお茶をしているその頃に冒険者ギルド長サイモン=フェルプスは、ふたりの冒険者を前にして軽く溜め息を吐いていた。
「―――ということで城からふたりに急ぎ来て欲しいって話だ。勿論戦争があろうとなかろうと招集に応じてくれたら報酬はちゃんと用意すると王の命には書かれている」
その話にギルド長の前に座っている男と女のうち、先に男が口を開く。
「随分と羽振りのいい話だけど、エレファンが本当に戦争なんか仕掛けてくるのか?奴隷問題は昔から燻っちゃいるが、戦争云々なんて大事になった話しなんて聞いたことないぜ?」
「確かにお前の言い分も尤もだ―――ルドルフ=ケーニッヒ。なにせ過去五百年、エレファンとティーグルの国家間に戦争などなかったというのは事実だからな。だが今回はエレファン獣王国の国王に『災害級』が絡んでいるという情報が入った」
『災害級』という言葉に英雄ルドルフは急に緩んでいた表情を強張らせる。
「その話……本当なのか?」
「ああ。確度の高い情報だと城からは聞いている」
「なるほどな……そりゃ俺だけじゃなくお前も呼ばれる訳だな。そうだろ?―――レベッカ=ノイバウアー」
「……関係無い。お金になるなら私は受ける。ただそれだけ」
ルドルフに話を振られたもうひとりの英雄レベッカは無表情な顔で静かに答える。
―――ルドルフ=ケーニッヒ
英雄のひとり。
Level.60の八雲と同じくブラックカードを所持する英雄クラスの男で戦闘スタイルは基本槍であるが、剣やその他の武器も使いこなす武人。
年齢は二十五歳で端正な顔立ちをして金髪の体格は身長百八十cmの引き締められた筋肉に包まれ、装備はミスリルのライトアーマーを装備して愛用の槍は商業国家リオンの高名なドワーフに鍛えてもらった業物である。
―――レベッカ=ノイバウアー
英雄のひとり。
Level.65の八雲、ルドルフと同じくブラックカードを所持する緑色をしたストレートの長髪で表情は乏しいが種族はエルフであるため元々が美形。年齢は二百五十歳とエルフでは成人したての年齢となる。
エルフが主たる国民のレオパール魔導国の出身で、主に魔術を使って戦う。
火・風・土・水・光・闇属性の極位までを修めてレオパール魔導国で天才と呼ばれている人物だ。
「でも此処にはもうひとり英雄……いやブラックカードを持った御子様がいるだろう?アイツには声掛けないのかよ?」
「―――ッ?!」
ルドルフの言葉にレベッカはピクリと反応するが、それは八雲がギルドに登録しにきた際に放った圧倒的な『威圧』を思い出したからだ。
ルドルフとたまたま居合わせたギルドで低Levelの冒険者達が次々と『威圧』だけで倒されるなか、それに耐えながらも魔術を補助する杖にまで手が伸ばせなかったことは今でもよく覚えていることであり……レベッカにとって屈辱の思い出だった。
ルドルフもまた当時は同様だった。
あの時……もし自分の槍に手を伸ばして掴んでいれば、自分がどうなっていたかを想像すると身震いがする思いだ。
「今回の情報を調査しにエレファンまで行ったのは、実はその八雲殿だ。だが彼は国政に関わる依頼は好まない性格のようでな。調査は何とか引き受けてくれたが戦争については参加しないだろう」
「なるほどねぇ。まあ、その分の俺の報酬が上がるなら別に文句はないさ」
「誠に遺憾だけれどルドルフに同じ」
ふたりの英雄に無事依頼を受けてもらえたサイモンはホッと息を吐いて安堵し、城に依頼受領の使いを走らせるのだった―――
―――アークイラ城から黒龍城に戻った八雲達はアリエス、レオ、リブラに笑顔で迎えられる。
「お帰りなさいませ。八雲様♪」
「ただいまアリエス」
城に戻って八雲はノワールとジュディ、ジェナを連れて自分の部屋へと向かう。
自室に戻って部屋の中央にあるソファーに腰掛けてノワールとジュディ、ジェナに同じく座る様に促す。
「さてと―――ジュディ、ジェナ。ふたりを雇うのはエレファン獣王国に行って戻ってくるまでの間、一日ひとり大銀貨一枚で残りの支払いひとり四枚を支払うよ」
八雲の、清算するという言葉にジュディは、
「あの!八雲様!私達は特にお役に立つようなことはありませんでした。それなのにそんな大金を報酬として頂くのは―――」
そこまで言ったところで八雲が手でジュディの言葉を遮る。
「―――ふたりを雇う時に俺は現実的な話をしようと言った。そしてこっちからお願いしたことをふたりはちゃんとしてくれた。だったら俺は自分の言った報酬を払うのが当然のことだ。だからまずはこの報酬を受け取ってくれ」
ジュディを説得してジュディのギルドカードに八雲は二人分の報酬である大銀貨八枚をブラックカードから入金して報酬を支払う。
「よし。それで、これからふたりはどうするつもりだ?」
「えっと、まだ住むところも決まっていない時にあんなことになってしまって、これから住むところを探して、それから仕事を探そうかと思っています」
姉としてジュディがしっかりとした口調で八雲に答えた。
「なるほど。だったら―――住むところが決まるまでは此処に居たらいいんじゃないか?」
八雲の提案にジュディが一瞬固まってから―――
「い、イエイエイエイエ!―――そんな!ここまでお世話になってしまって、これ以上ご迷惑をお掛けする訳にはいきません!」
―――とスゴイ剣幕で焦り出すジュディ。
「ノワールも別にふたりが暫く居ても問題ないだろ?」
「勿論かまわんぞ!そうだ!―――いっその事、此処で働くのはどうだ?」
「え?私達がノワール様のお城で、ですか?」
「そうだ!丁度アリエスに部下をつけようと考えていたのだ!我の専属メイドであり序列01位のアリエスに部下をつければアリエスも、もっと自由に動けるようになる。アイツはもっと司令塔として動ける様になってもらいたいと思っていた。だからどうだ?」
突然の雇用にジュディはまた固まっているが今回はジェナも軽くやろうとは言わない。
「いいんじゃないか?それに本当に何かやりたいことが見つかれば、その時は暇を取ってやりたいことをやればいいんだし。それでいいだろうノワール?」
「ああ、それでかまわんぞ。それにぃ~ジェナも我に撫で撫でされるの好きだもんなぁ~♪」
そう言ってパッとジェナの横の隙間に飛び移って、その頭を撫で撫で攻撃し始めるとジェナもキャッキャ♪ と喜んでいた。
「あの……本当に……ありがとうございます」
瞳を少し潤ませながら、はにかむように笑みを浮かべたジュディを八雲も微笑みを浮かべて応えていた―――
―――そうして、
新たなメイドがふたり、黒龍城に爆誕した。
「―――お待たせ致しました」
アリエスの声がして開いた扉に目を向けるとそこには―――
「―――改めまして宜しくお願い致します/////」
「よろしくお願いしまぁす!」
基本的にはアリエス達と同様のメイド服だがスカートは少し短く膝上辺りで、腰の後ろからはふさふさの尻尾が飛び出してフリフリと左右に揺れている様子が可愛らしい。
頭の耳もピクピク♪ していて恥ずかしさを表現しているそれはまさに萌え!だと八雲は思った。
八雲とノワールは可愛らしいメイドの爆誕に鼻の下が伸びてニヤニヤしっ放しとなり、アリエスの咳払いで我に返るまでふたりのケモミミメイド達を見つめて堪能していたのだった……
―――だがこの後、
フロンテ大陸西部オーヴェストの多くの国を巻き込む動乱へ情勢が進むことを八雲はまだ知らなかった―――