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第239話 フォック聖法国での会談

―――8月11日


フロンテ大陸の南部スッドから西部オーヴァストのフォック聖法国に予定通り到着した八雲達―――


―――フォック聖法国


首都ルナールにはフロンテ大陸西部オーヴェストにおける【天聖神】【地聖神】【海聖神】【冥聖神】の四柱神を崇める教会の総本山が所在する。


北方、西方、東方、南方とそれぞれの神龍の縄張りには『聖法国』と名についた国があり、そこには各々の縄張りで教義を教え説く教会の総本山が集まっているのだ。


そしてオーヴェストの聖法国がフォックであり、此処には四柱神の教会のみならず神龍信仰による『神龍教会』も総本山を置いている。


聖法王の地位に就く者は『天聖教会』『地聖教会』『海聖教会』の三つの教会で順番に選出され、当代の聖法王選出権は『天聖教会』であり、そして選ばれたのがユリエルの祖父、聖法王ジェローム=エステヴァンである。


だが、この聖法王選出には『冥聖教会』は加わらない。


それは教会同士の勢力争いや迫害ではなく、【冥聖神】は既に『冥府』という別の世界の支配者であり、地上の管轄は他の三柱の神々が管理するものという神の掟があり、そのため冥聖教会の信徒達も聖法王という地位に拘りや権力抗争などを起こす気はないのだ。


また『神龍教会』はあくまで各縄張りを統べる『神龍』だけを崇める教義のため冥聖教会と同じく聖法王の地位に興味がないのだ。


しかし、そのような信仰と伝統、教義と権力によって成り立っているように見える聖法国も、所詮は汚れた人の世に存在するが故に過去の歴史の中では流血を伴う宗教戦争なども記録されている。


フォック聖法国は南方を海と面しており、その海の向こうにあるソプラ諸島連合国、ゾット列島国とも国交を結んではいるが、ソプラとゾット同士が領海問題など様々ないざこざを抱えているため、二国間で争いが起こりそうになる度にフォック聖法国が仲裁に入り、各国での布教活動なども行っているという背景もある。




首都ルナールにある『聖法庁』の上空に天翔船二隻が到着したことで、首都はパニックや神に祈る者達で溢れた。


八雲や雪菜、ユリエルにとって中世に近い文明レベルのこの異世界で巨大な船が天空に現れたら、それはもう神の所業に等しいのだ。


しかし、このままでは世界の終わりだなどと叫んで騒ぎを大きくするものが出るかも知れないと考えた八雲が、首都の上空でリオンで行ったように光属性魔術で映し出す巨大な文章を表示させる―――




『この船に乗るのは黒神龍、紅神龍、白神龍、蒼神龍とそれらの御子なり。此度のこと、聖法王との謁見のため来訪したものなり。フォック聖法国の国民は平穏を保ち、平常心で過ごすことを願うものなり』




―――首都を覆うその光の文章に、地上は次第に平常を取り戻していったが、今度は『神龍教会』の信徒達が聖法庁に押し寄せて来ていた。


広大な敷地と巨大な建物が幾つも建つ聖法庁の正門では―――


「―――クレブス卿!!このままでは正門が押し倒されそうなほどの神龍教徒達が押し寄せています!」


報告にやってきた聖法庁の衛兵の言葉を聴いたフォスター=クレブスは深いため息を吐く……




―――フォスター=クレブス


フォック聖法国聖法庁聖戦騎士団クルセイダーズ団長であり、教会騎士パラディンの中でも最高の騎士と謳われる人物である。


髪は少し長めの金髪で蒼い瞳をしている美男子であり剣の腕も立ち人望も厚く、フォックの民衆からは『騎士の中の騎士』『騎士の鏡』と呼ばれているとのことで、八雲も過去に話してみて実際にその誠実さが伺い知れる人物で、この聖法庁の警備の責任者でもあった。




「ハァ……黒帝陛下も良かれと思われて、あのような大魔術を披露して下さったのだろうが、彼方を立ててれば此方が立たず……聖神教徒の混乱は収まったが、今度は神龍教徒が大変だ」


「はい……何しろフォック聖法国に神龍様がすべて御揃いで来訪されるなど、この国の歴史上でも聞いたことがありませんからな……」


隣にいる騎士団の幹部から、そう言われても問題は解決にならない。


「どうされますか?鎮圧に出撃致しますか?」


他の幹部がフォスターに問い掛けると―――


「―――それはならん!神龍教徒であろうと、何者であろうとこの国の民に武力による鎮圧など聖法王猊下の目前で決して行ってはならない!……私が神龍教徒の代表者と話をしよう。訴えたいことがあるのならまずはそれを問い掛け、話を聴こう」


―――というフォスターの決定に、他の騎士達も納得して頷く。


そしてフォスターは執務室の扉を開くのだった―――






―――その頃、空中に停船した『黒の皇帝シュヴァルツ・カイザー』と『雪の女王スノー・クイーン』から、八雲達を地上に下ろすためのゴンドラが降下する。


「此処が聖法庁か……歴史を感じる建物だなぁ」


八雲はその広大な敷地の中心に建つ純白の外壁に城のような細かい造詣を施された建物に感動していた。


「オーヴェストにあれが建ったのは、三百年ほど前のことだ。歴史の中でフォックの首都は遷都したことも何度かあったからな」


八雲の隣にいるノワールが同じ方向を見つめながら八雲に告げた。


「ほほ~ん。流石は生ける歴史のノワールさん。ところであの正門のようなところで騒がしいのは一体何の騒ぎだ?まさか暴徒じゃないよな?」


すると傍にいたユリエルが―――


「たぶん……神龍教徒だと思うよ」


―――と様子を見ていて的確に推察していた。


「神龍教徒?神龍教徒って、たしか『神龍教会』の信徒のことだっけ?」


八雲がユリエルに問い掛ける。


「うん。恐らくフォックに神龍様が全員揃うなんて歴史上なかったから、神龍教徒達にとっては奇跡のような扱いになってるんじゃないかな?」


それもまた的確な推察である。


「なるほど……歴史上初めて揃った神龍を一目見ようとでも考えて集まって来ているのか。まるでガチ勢のアイドルの追っかけみたいだな……」


「いや、それは信徒の方達に失礼だからね!?」


アイドルの追っかけが理解出来るユリエルだから出来るツッコミだった。


「俺が直接行って話したりしたら、かえってややこしくなるかな?」


ユリエルにそう問い掛けると、


「そうだね……対応しているのはクレブス卿だと思うから、武力衝突みたいなことは起こらないと思うよ」


「クレブス卿……ああ!あの時の聖騎士パラディンの団長さんか!」


「うん。あの方は国民にも信頼の厚い方だから、下手な暴動なんて起こさせないだろうし」


ユリエルの説明を納得しながら、ゴンドラは地上に到着した―――






―――地上に到着したゴンドラから降りると、


「おおっ!黒帝陛下!ようこそいらっしゃいました」


そこに出迎えに来てくれたのは―――聖法王ジェローム=エステヴァンその人だった。


「戴冠式以来ご無沙汰しております、聖法王猊下。この度は突然の来訪でフォックの皆さんの御心を乱してしまい、申し訳ありません」


八雲はまずこの騒ぎについての詫びを伝える。


「いえ、何事も初めての事となれば上手くいかぬことはよくあること。天空から来訪する船を見ることなど一生に何度もあるようなことではありませんからな。ですが今後は天を翔ける船を見れば神龍様の船と、皆が認識することでしょう」


ジェロームは柔らかな微笑みを讃えて八雲にそう告げると、八雲の後ろに控えているユリエルに視線を向ける。


「おかえり。ユリエル」


微笑んでユリエルに言ったジェロームにユリエルも少し瞳を光らせて、


「ただいま戻りました。御爺様!」


ジェロームの伸ばされた手を取り、元気なことを目一杯伝えようとするかのように笑顔を向けた。


その様子を見て、八雲も家族の微笑ましい姿に胸の奥が温かくなる。


「そろそろ余と紅蓮も挨拶を交わしてもよいのか?」


八雲の横に出てきたのはイェンリンだった。


「貴女は!?ノルドのヴァーミリオン皇国の剣聖陛下ではありませんか!何故、黒帝陛下と?」


「フフッ♪ 随分と聖法王らしい言動が出来るようになったではないか?小僧、いや猊下と呼ぶべきかな?」


イェンリンの存在に驚いていたジェロームに対して、彼女の言った言葉に今度は八雲達が驚く。


「イェンリン!?お前、聖法王猊下と知り合いだったのか?てか、小僧って……」


驚いた八雲はイェンリンに訊くと、


「ハハハッ!!―――このジェロームはな、かつて修行と言ってヴァーミリオンにも来訪したことがあるのだ。その時に、コイツは無謀にも余に挑んできてな!なかなか骨のある奴だとは思っていたが、まさか聖法王になっているとは驚いたぞ♪」


「オゥ……流石は天聖神拳ニ十二段……」


「け、剣聖陛下!?その御話は!もう六十年も前の話しでございますので、どうかご容赦を!後その頃はまだ八段でした」


普段は穏やかなジェロームが見たことがない取り乱し様に八雲は、


(余程若気の至りがあったんだろうなぁ~)


と自ずと察する。


「まあ、その辺りはまた後程聞かせてもらうとして―――」


「―――黒帝陛下まで!?」


「猊下、此方が紅神龍の紅蓮=クリムゾン・ドラゴンと白神龍の白雪=スノーホワイト・ドラゴン、そして蒼神龍のセレスト=ブルースカイ・ドラゴンです」


「おお……神龍様にはご尊顔を拝しまして、フォック聖法国聖法王として至上の喜びでございます」


「いいのよ。そんなに気を使わなくても。私達は貴方達の世には関わらない存在だから、後イェンリンがごめんなさい……」


紅蓮の気さくな返事にジェロームの緊張した顔も少し綻んだ。


「猊下、此方が白神龍の御子の草薙雪菜と蒼神龍の御子のマキシ=ヘイトです」


聖法王猊下を前に雪菜とマキシも緊張していたが、そこから挨拶を交わすとジェロームの話す穏やかな空気に段々と落ち着いていった。


そんなところに八雲達の前に現れたのは―――


「―――相変わらずやることが派手ですわね♪ 御子様」


「エヴリンじゃないか!?それに、エディスまで!」


―――突然姿を現したのはレオパール魔導国の重鎮であるエヴリン=アイネソンと、その娘で八雲の『龍紋の乙女クレスト・メイデン』でもあるエディス=アイネソンだった。


「留学に出発して別れた時以来ですわね。お元気そうで何よりだわ♪」


「おいエヴリン!お前はまた我を驚かそうと、こんなところまでやって来たのか?」


ノワールが前に出て早速エヴリンに噛みついていくが、彼女は微笑みを向けると、


「フフッ……貴女の顔が見られて嬉しいわ。ノワール」


そうノワールに告げる。


「ウウッ……調子が狂うだろ!だが、我も……嬉しいが/////」


長年の友であるエヴリンとの再会はノワールにとって素直に喜ばしい出来事だった。


「八雲さん、ご無沙汰しています。貴方のお顔が見られて……本当に……私……ぴ、ぴぇええ~ん!」


八雲の顔を見た途端にエディスが感極まったのか、泣き出してしまう。


「お前らしくないな、エディス……あ、いや、お前はギルドでも、いつも泣いてたわ」


「もう!そこは慰めてくださいよぉ~!びえぇええ~ん!」


そう言って八雲の胸の中に飛び込んできたエディスのことを、落ち着かせようと頭を撫でて宥める。


エディスの頭を撫でながら、


「それで?エヴリンが態々、娘と観光旅行でもしようなんて理由でフォックまで足を伸ばした訳じゃないんだろ?」


エヴリンに八雲は真顔で問い掛けた。


そこでエヴリンは少し表情に影を落として答える。


「ええ。今オーヴェストには動乱が始まるかも知れない……そんな状況におかれているわ」


「動乱!?一体……どういうことだ?」


余りに大きな内容だったことに八雲は驚いて、その内容に迫った。


そこでジェロームが八雲にそっと手を差し伸べる。


「その御話は此処では……まずは中にお入りになって、ご用意した部屋でお話ください」


そう告げたジェロームの連れ立っていた神父達が、八雲達一行を丁寧に案内してくれるのだった―――






―――聖法庁の貴賓室


この部屋に案内されたのは―――


シュヴァルツ皇国皇帝

九頭竜八雲


黒神龍

ノワール=ミッドナイト・ドラゴン


龍の牙ドラゴン・ファング序列一位

アリエス


龍の牙ドラゴン・ファング序列二位

サジテール


龍の牙ドラゴン・ファング序列三位

クレーブス


ティーグル公王領第三王女

ヴァレリア=テルツォ・ティーグル


フォック聖法国『聖女』

ユリエル=エステヴァン


レオパール魔導国代表相談役

エヴリン=アイネソン


エヴリンの娘

エディス=アイネソン


エレファン公王領第三王女

アマリア=天獅・ライオネル


そして、フォック聖法国聖法王

ジェローム=エステヴァンと高位の教会上層部という面々と―――


「―――黒帝陛下、皆様。此方の方をご紹介いたしましょう」


そう言ってジェロームの隣に座っている三十代ほどの立派な貴族の衣装に身を包んだ茶色の長い髪に青い瞳をした八雲よりも背が高く大柄の男に手を差し伸べる。


ジェロームに促されて席を立ったその男は―――


「黒帝陛下、黒神龍様には初めてお目に掛かります。吾輩はレオパール、フォックに隣接するウルス共和国の国王バンドリン=ギブソン・ウルスと申す」


―――と、大きな声でハッキリと自己紹介を行って頭を下げる。


「ウルス共和国の……確かレオパールとフォックの間にある国ですよね?」


八雲の問い掛けにバンドリンは黙って頷く。


「黒帝陛下のお噂は以前から吾輩の元にも届いておりますわい。先に聖法王猊下のところに相談事を持ち込んだところに、こうして黒帝陛下と巡り合えたのはまさに天の采配!神の御導きでしょうな!!」


豪快な喋り方のバンドリンに八雲は苦笑い気味だったが、


「それで、どうしてそのウルス共和国の国王陛下が此処にいらっしゃるんですか?エヴリンが此処にいることにも関係が?」


「それは私から説明させてもらうわね?此処に同席してもらったのは、オーヴェストに関係する人達だけにしてもらったわ。これから話すことが他の勢力圏に直接知られることは、たとえ黒帝陛下の身内のような方々でも今此処では避けたいからです」


確かにこの部屋にいるのはオーヴェストの国々で王族や重要人物と言える者達だ。


「そこまで厳重な体制を整えるくらいの話しってことか?」


「ええ。さっきも言ったけど、この件の対応は下手をするとオーヴァストの争乱の元になり兼ねない。それはどこの国でも望んではいないことでしょう。発端はイロンデル公国からの使者を名のるダニエーレ=エンリーチというティーグルの侯爵がウルスとレオパールに使者を送ってきたことに始まるわ―――」




―――エヴリンの話しによると、


イロンデル公国のワインド=グラット・イロンデル公王から送られてきた親書が―――


『シュヴァルツ包囲網構築条約』


―――の参加を呼び掛けるものだったことだ。




『この度、オーヴェスト諸国に対し何の断りもなくティーグル、エーグル、エレファン、リオンの四カ国が統一され、ひとつの国家としてシュヴァルツ皇国なる新国を立ち上げたことはオーヴェストの他の諸国に対して絶大なる脅威である。


シュヴァルツにて皇帝位に就いた黒神龍様の御子とされる九頭竜八雲の望みはオーヴェストの残った諸国を侵略、統一することに他ならないことは明白である。


故に我がイロンデル、フォーコン、フォック、ウルス、レオパールの五カ国による連盟を確立することで、


『シュヴァルツ包囲網構築条約』


の署名をもってシュヴァルツ皇国に対する防衛の要を建立することが諸国の平和、安寧へと繋がる道である。


諸国の代表たる各々方々には自国とオーヴェストの平和を全うする意志と尊厳に賛同して頂き、条約への署名を御願い申し上げる。


イロンデル公国 公王

ワインド=グラット・イロンデル』




その親書を見せられた八雲は顔を顰めながら、


「随分な言われ様だなぁ~!これはまるで俺が世界征服を狙ってる悪の元締めみたいな書かれ方してるぞ?」


呆れた声でノワールにその親書を渡す。


書簡の示す包囲網とは―――


レオパール・ウルス・フォック・イロンデル・フォーコンと東西に帯状になって連なる国家によるシュヴァルツ皇国南部の包囲を意味するのだが、レオパール魔導国はシュヴァルツと独自の同盟を組んでおり、フォック聖法国は元々中立国家である。


ウルスの身の振り方はこれからではあるが、此処に同席している時点で包囲網への参加は現実的ではない。


そう見れば何ともお粗末な包囲網としか言いようがない。


「黒帝陛下と関わりのある私や聖法王猊下なら黒帝陛下の人柄も分かっているけれど、イロンデルやフォーコン、それにウルスからしてみれば、突然大国を構築した陛下は脅威の対象というのも分からない話ではないわ」


「元々、俺が立ち上げた訳じゃないんだけど?……しかし、そう言われると諸国への外交に対して俺も消極的だったかも知れないけど、ここまでするか?」


「そうね……本来なら使者を送り合って様子を見てからになると思うけれど、今回はかなり性急な動きをしてきたわ。ねぇ?今回の使者になったダニエーレ=エンリーチって侯爵、ティーグルの貴族らしいんだけど、どういう人物か知っている?」


そう訊かれて八雲は、


「ダニエーレ=エンリーチ……う~ん、どっかで聞いたことが……あるような……」


と呟きながら思い出そうとしていると、


「八雲さん!あのゴルゴダ山の鉱山でリッチを倒したクエストのこと覚えてますか?あの時のクエスト依頼主がダニエーレ=エンリーチ侯爵ですよ!」


エヴリンの隣に座っていたエディスが大声で八雲に伝える。


そのエディスの言葉を聴いて―――


「ああ!―――あの時の!!」


―――八雲はあの時の依頼書に記載されていた、その名がダニエーレ=エンリーチだったことを思い出す。


これがシュヴァルツ皇国包囲網の発端となるのだった―――



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