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栄会郷の天狗


 アリスはいつの間にか飛んでいました。

「わあ。すごいわ、きれいだわ」

 高いところから見る栄会郷さかえざとはきらきらとにぎやかで、とっても輝いています。だからアリスは飛んでいることなんてひとまず忘れて大はしゃぎしました。

「はしゃぐんじゃない。落ちるぞ。つーか落とすぞ」

 アリスの下で何者かが言います。見てみますとアリスは誰かの背中に担がれていて、その誰かは翼を広げた人間のような姿をしていました。そしてそう。うしろ頭越しでも突き出て見える、長いお鼻を持っています。

「天狗だわ」

 アリスはお友達の天狗に会えたことが嬉しくて、そして天狗の背中に乗ってお空が飛べたことも嬉しくて、もっとはしゃぎます。天狗山てんぐやまでおわかれしたみんなは天狗の背中に乗ってあっちこっちに飛んでいったので、なんだかそれがうらやましかったのですが、ようやくアリスも天狗の背中に乗れたのでした。

「はしゃぐなって言ってるだろ! 話を聞かない子かおまえは!」

 天狗がぐいんってお顔を(そして長いお鼻を)アリスに向けて言いました。アリスは反省します。

「どうしてわたしは天狗さんの背中に乗っているの?」

 おとなしくしてアリスは聞きました。ぺしぺしと天狗の背中を叩きます。

「いい質問だな。それをぜひ、わが師にも問いただしていただきたい」

 あと背中は叩くな。天狗はアリスに言いました。

 アリスはちょっとだけ考えて、ポケットからおまんじゅうを取り出しました。

「どうしてわたしは」

「和菓子じゃねーよ! おもしろいお嬢さんだなおまえ!」

 天狗がなにを言っているのかアリスにはわかりませんでしたが、なにかが違ったみたいなのでおまんじゅうを食べました。


        *


 天狗の飛翔はすぐに終わりまして、アリスはお山の奥深くにおろされました。そういえば栄会郷に入らなきゃいけないって思い出しましたが、よおく見ますと栄会郷からそんなに離れたお山ではないみたいです。なのでちょっとくらい寄り道してもだいじょうぶでしょう。

「ここにわが師がいらっしゃる」

 天狗が先に進みながら言いました。と思ったら足を止めて振り返ります。

「まんじゅうじゃねーぞ。だんごや落雁らくがんでもない」

 大まじめなお顔で言うのですこしだけアリスは笑ってしまいます。そうかお師匠さまがいるってことなのねとアリスもわかりました。でもだからって、アリスがここに連れてこられた意味はわかりませんでしたが。

「お師匠さまって誰なの? アタゴたちのお友達?」

「我ら天狗の長だ。友とは別物だろう」

「王さま?」

「まあそれに近しいな」

 またアリスが聞き間違いをしているような気がしたのですけど、でもだいたい似たようなものなので天狗はなにも言いませんでした。

「より正確には祖と言うべきか。神と言ってもあながち間違いはない」

 草根をかき分けて天狗が言います。まあ威厳はないが。そうも付け加えて。

「到着だ。わが師!」

 そう言って、道を開き、天狗はアリスに先に入るように促しました。


        *


 天狗のお師匠さまはやっぱり天狗でした。でもアリスが天狗山で見た天狗たちとはだいぶ違います。

 お鼻は高々しています。でも天狗山の天狗たちみたいに真っ赤なお顔はしていなくて、つやつやした山吹色です。山伏の格好はしていますが、天狗山の者たちは暗めの色合いばかりでしたのに、この天狗は新品みたいなまっ白い服装でした。そして首からかける結袈裟ゆいげさの色は金色でした。

「はっはっは。よお来た、よお来た」

 お師匠天狗はほがらかに笑ったままでアリスに言いました。ずっとずっと笑っているお顔が変わらないのでアリスは銅像かなにかなのかもしれないわと思います。『童話の世界』にもハピネスっていう銅像の王さまがいるので似たようなものかもしれません。

「どうしてわたしは天狗さんの背中に乗っているの?」

 アリスはさっそく聞きました。ここまで運んできた天狗が、その質問をわが師に聞いてくれって言っていたのを思い出したのです。ですけど、ちょっと聞きかたが違いました。

「じゃなくって、どうしてわたしはここに連れてこられたの?」

 アリスは言い直します。

「おぬし、栄会郷に入りたいのだろう?」

 お師匠天狗が言います。栄会郷の名前が出てアリスはびっくりして、よろこびました。

「入ってもいいの!?」

「ダメじゃ」

「えー!」

 もしかしたらお師匠天狗が栄会郷に入れてくれるのかと期待したアリスでしたが、すぐにダメって言われてがっかりです。大喜びしたぶんがっかりも大きめでした。

「栄会郷の門は逢魔が時から丑三つ時まで閉じておる。その間、妖怪たちは郷の外で騒ぎ、人間たちを驚かす」

「『怪談の世界ここ』に人間たちはいないでしょう?」

「まあそれはそれ、これはこれじゃ」

 お師匠天狗はずっと笑ったお顔のまま、『それ』をどこかに置いて、『これ』もどこかに置くようなしぐさをします。アリスにはちんぷんかんぷんですが、とにかく問題は、いまは栄会郷に入れないってことなのでした。

「急いで栄会郷に入らなきゃいけないのに、どうしましょう、どうしましょう」

 アリスは頭を抱えてうずくまります。もうめんどうなのでとりあえず天狗さんたちとお茶会をして、そして眠ってから考えればいいわと心の中でもうひとりのアリスダークアリスが囁きました。でも、そういうわけにもいかないのです。

 戦争ははじまっています。こうしているいまもみんな、戦って、傷ついているのです。こんな意味のわからない戦いは、止めなきゃいけません。そのためには、いち早く栄会郷に入って、妖怪たちの王さまと話さなきゃいけないのです。

「なんとかしてよ、お師匠さま」

 アリスはニコニコのお師匠天狗に言いました。頭を抱えたまま。

「うむ、よかろう」

 お師匠天狗はなんでもないことみたいに言いました。やっぱりあいかわらず、ほがらかな笑顔のまま。

「わーい。やったわ」

 うずくまった状態からアリスは一気に飛びはねてよろこびます。笑顔のアリスと笑顔のお師匠天狗のおそばで、ひとりだけアリスを運んできた天狗がいやそうなお顔をしました。

「あほうがふたりになってしまった」

 天狗はがっくしと肩を落とします。





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