夕飯まで旅館で自由時間になった。外に出るとまたシャワーを浴びるハメになるので、俺たちは夕食が運び込まれるまで部屋で時間を潰すことにした。
俺は寝間着。トアリは部屋用の青ジャージ姿。
「京都ってケッコー色々あるんだな。足が疲れた……」
「まったくです」
二人して足を伸ばして座っていた。
「暇だよな……何かやること――」
ガララ! と部屋のドアが乱暴に開かれた。
「お邪魔するわ!」
「騒々しいですね。何か用ですか?」
「ふん! 用件は一つよ! 仕方ないから今から私が夕食まで付き合ってあげる!」
暇だから構ってってことね、はいはい。
「……別にいいけど」俺は言った。「きちんと綺麗になってから入れよ?」
「そーですそーです」トアリも続けざまに言う。「シャワーを浴びるだけではありません。その後、ちゃんと洗った綺麗な服に着替えなければなりませんよ?」
「つまり、トアリの部屋に入るため用の、綺麗な服や下着を予め用意していないと無理な話だってことだ。分かったらさっさと自分の部屋に戻――」
ドサッと、加藤はビニール袋を置くことで、俺の言葉を遮った。その中にはジャージやら下着やらが入っている。
「心配ご無用。こんなこともあろうかと、綺麗に洗った後、外界に汚染されていないジャージや下着を持ってきているのよ」
加藤は戦後最大のドヤ顔を見せたのだった。
「分かった? じゃあお邪魔するわよ!」
すると信じられないことに、加藤は俺の目を気にせず汚染区域で制服を脱ぎだした。
「な、何してんだよ!」
俺はすぐさま逆側を向いた。
「脱いでるのよ! 見ないでよ!」
脱ぐ前に言え。
およそ三十分後に加藤はシャワーから出てきた。ピンクのジャージ姿になって。
「あースッキリした。やっぱりシャワーは良いわね」
言いつつ、加藤はトアリの側に座った。
「つーかおまえらって仲良いの?」
トアリと加藤は顔を見合わせてから、
「普通よ!」と加藤。
「まあ腐れ縁ってやつですかね?」トアリが続いた。
ふーん、と俺は声を出す。
「で?
「トアリ、でいいですよ」
トアリが言った。えっ? と加藤が困惑した様子。
「よそよそしいので名前だけでケッコーです。私も今から律子さんって呼ぶので」
言いつつケータイ(元フルビニケータイ)をポチポチするトアリ。なるみちゃんにでもメールしているのだろう。
「ふ、ふん! 言われなくてもそうしようとしてたとこよ! トアリ……さん!」
顔を真っ赤にして名前を呼んだ加藤が、ちょっと可愛らしくも見えた。
「距離が縮まって何よりだー」俺は棒読みで言った。「で? 何して時間潰す?」
「それならもう決まってます。
何を出させる気?
「……なんかとんでもねーもんじゃねーだろーな……」
「大丈夫ですって。いいから早く出して下さい。荷物の中で一番大きなものです」
俺は汚染区域に行ってトアリのリュックを開けた。中のものは全てビニール袋に入っている。タオルやらジャージやら下着やら、乾パンまで入っている。
(どっか避難にでも行くみたいだな……)
ビニールに入った一番大きなもの……それは人生ゲームだった。丁寧にビニール袋に包まれている。
「なるほど、これか」
俺はフルビニ人生ゲームを取りだした。そういえば昨日トアリがやりたいと言っていたな。
俺は中に入った人生ゲームが汚染されないよう、トアリたちの前に慎重に出してから手を洗った。
「さー始めましょうか」
トアリは上機嫌で言った。
「人生ゲーム、ね。小さなころ、家族とやって以来だわ」
初めて加藤と意見が合ったことを、俺は胸にしまっておいた。
「ほらほら二人とも、早くやりましょうよー」
トアリは人生ゲームの箱を開けた。
そしてそれぞれ車の駒を用意した時だった。
「ああ城ヶ崎くんの駒はそれじゃありません」
「え?」
「城ヶ崎くんのはこれです」
トアリは俺から青い車の駒を受け取って、ある茶色い駒を渡した。
「特別ですからね?」
トアリから受け取った駒は、テレビだとまずモザイク処理されるほど、細部まで精巧に作られたゴキブリの駒であった。
(え、ええええええええええええええ?)
なにこれ気持ち悪ぅ。
「私が丹精込めて作った特別な駒です。それを使えるのですから誇りに思うことです」
まさかの自作? つーかゴキブリ嫌悪してるくせに何でこんな精巧なもん作れんの?
もしかして逆に好きだったりする?
「あっ、城ヶ崎くん。あまりそれを私に見せないでください。気持ち悪い!」
テメーが作ったんだろがああああぁ。
「ちょっと! あんただけズルいわよ! トアリさん! 私の分はないの?」
そしておまえは何を目指してゴキブリの駒を求めてんだ。
「律子さんはまだゴキブリの域に達してないのでダメです」
「ウソでしょ? ちっくしょおおおおおおおおおおお!」
うるせえよ。そこまで悔しがるほどの価値はねえよ。