老婆を助けた騒動により、俺たちは旅館で遅めの昼食を取ることになった。勿論、シャワーを浴びて身を清めてから汚染区域で食事した。
「この後、旅館の近くを自由行動、か」
俺は呟いた。机の向かいにはジャージ姿のトアリが座っている。
「おばあちゃん、無事で良かったよな」
「そうですね。ホントに良かったです」
しばらく沈黙。
「よく病院で防護服を脱いだな。顔だけだけど」
「おばあちゃんには、ちゃんと顔を見せないと、と思いましてね」
「……そうか……」
また一歩、明るい頃の『
思えばこんなにトアリと見つめ合ったのは初めてだった。
トアリの目を見られたのは初めてだった。
俺とトアリは、謎の吸引力によって、目を離すことができずにいた。
「あらあら、何だかお邪魔だったかしら?」
不意に、部屋の入口から声が。その方を見ると、
「もうすぐ旅館の側で自由時間なんだけど、お邪魔だったかしら?」
そんなことないです! と俺たちは声を揃えた。
「あらそう? じゃあそろそろ出てきてね。クラス委員長さんたち?」
岩田先生は顔を引っ込めた。
「何だか誤解されたみたいだな」
「まったくです。ホント、大人の女性ってめんどくさいですよねー」
……あなたがそれ言いますか……。
「よーしトアリ。じゃあ行くか」
トアリが深紅のフルアーマー化してから旅館を出た。もう自由時間は始まっているらしく、生徒たちがそれぞれ動き出していた。
「しっかし、もうやることなんて限られてるしなあ……」
俺はお土産屋さんで買い物をする生徒たちを見て言った。
「そうですねえ……。あっ、
トアリが指差した先には、小さな神社があった。あそこでもお土産を買う生徒が居る。
「神社でお参りしたいです。そこでなるみのお土産を買います」
「よし、決まりだな。じゃあ行こうぜ」
行ってみると、そこは『ほぼ何でも願いが叶う』との神社だった。胡散臭いというか何と言うか……。
「いいですねー。叶えちゃいましょうよ城ヶ崎くん」
こういう時はトアリのような単純な奴が羨ましい。
「何でも、ね。叶うなら誰も苦労してないっての……」
ボソッと言ってから、俺はトアリと一緒に神社の奥に進んだ。そして賽銭箱の前に着き、一緒に目を瞑って念じた。願い事は声に出さない方が良いらしいのだが……。
「――を――い――」
トアリは何か唱えている。ソーッと耳を傾けてみると、
「まずは全世界からゴキブリを滅して下さい。でも城ヶ崎くんだけは可愛そうなので滅さないようにしてあげて下さい」
おい。
「いえ、言葉を間違えました。城ヶ崎くんをゴキブリから人間にしてあげて下さい」
もとから人間だわ。
「私の顔に免じて」
どんな権限があって言ってる。
「人間が無理なら、いっそ城ヶ崎くんを空間除菌ジェルにしてくれてもいいので」
ふざけるな。
「城ヶ崎くんが人間になってからのことですが」
だから生前生後から既に人間だ。
「城ヶ崎くんの顔をもうちょっとマトモにしてあげて下さい」
大きなお世話だ。
「あんな顔じゃ一生彼女もできないと思うので」
やかましいわ。
「ふ~。こんなところですかね。ふ~」
何が『ふ~』だ。
「あっ、城ヶ崎くん。くれぐれも、神の御前で『彼女ができますように』とかよこしまなことを願っちゃ駄目ですよ」
オマエの願いこそ神の御前で言うべきではないことだ。
「まあ閻魔大王に願うのならまだしも」
その言葉そのままそっくり返させてもらうわ。
「で? 城ヶ崎くん(人間タイプG)は何を願うんですか?」
人間タイプGって何だ。
もしかして叶った? 人間になったの俺?
ってもとから人間だわ。
「……もう願ったよ……」
「何をです?」
と、ギシュリと小首を傾げるトアリ。
「……トアリの潔癖症が治りますようにって願ったんだよ」
「へー、城ヶ崎くんもですか? 実は私も同じです」
嘘をつけ。
「神の御前では嘘をつけませんしねえ。例えヨーロッパでも」
今嘘をついたのはどこのドイツだ。
「さーてと、なるみのお土産買いに行きましょうか」
切り替え早いな。
「城ヶ崎くん。私、お金触るの無理ですから。汚いと思ってるので。お支払いは城ヶ崎くんに任せますね」
まさか俺が負担するワケじゃないだろうな。
「安心して下さい。お金は払います。城ヶ崎くんがいくら人間タイプG(ゴールド)でしても、お金を払っていただくわけにはいけませんし」
GってゴールドのGだったの? 良かったゴキブリのGじゃなかったんだ……って何で喜んでんだ俺は。
「あっ! スミマセン失礼しました! タイプGのGはゴキブリのGでした! 失礼な発言をお詫び申し上げます!」
いやそれ大変失礼度が増しただけ。
「はあ……まあいいや……。トアリらしいっちゃらしいのかな、これが」
お土産コーナーの方へ歩き出したトアリの背中を見て、俺は言った。