俺はまた溜息をつく。今度はやや深めだ。
「また……テメーらの勝手な都合で、俺を使おうって魂胆か?随分と虫が良く便利な道具になったもんだな、俺って奴は」
「……………」
「俺は、便利屋じゃねー。ドラグニアが滅んだ以上テメーらとは無関係になった。分かるか?もう他人なんだよ俺とテメーらとの関係は。それをテメーは何?友達に頼むかのように助けてだ守ってだ……やってられるかボケが」
「カイダ、さん……」
ミーシャはカタカタと震えている。何に対しての震えなのかどうでもいい。さらに言葉をぶつけてやる。
「いいか?今の俺のテメーに対する心象は最底辺にあるってことをよく憶えておけ。当然だろ、勝手に召喚しておいてこんな世界で死なせたんだからな。全部テメーら王族の方針のせいだ。これに関しては一生根に持ってやるからな。
なあ王妃さんよ、テメーがあんな王子なんか産んだりするから、俺は落とされて死んだんだ。もちろんテメーに対する心象も最悪だからな」
「……………」
俺の暴論にシャルネ王妃は黙って俯いてしまう。何も知らない有象無象どもからしてみれば、今の俺はいつまでも引きずって根に持っている小さい男だと思えるだろうな。
だがそれがどうした?それこそクソくらえだ。俺にとってはそれだけ最低最悪なことだったのだから。いくら暴言を吐いても足りないくらいだ。
「………本当に、ごめんなさい。それでも今の私に出来ることは、カイダさんに縋ることしかないのです…!どうか、どうか……!」
これだけ言われてもミーシャは、目に涙を溜めながら俺に必死に頼み事をしてくる。
「マルスのことは、私にも責任があります。ミーシャは今まで本当にドラグニアの為に必死に頑張ってました。今度はカイダさんのことは決してぞんざいにしたりはしません。望みがあるなら、時間をかけてでも何でも叶えて差上げますので。シャルネ・ドラグニアの名にかけて…!」
ミーシャを守るようにシャルネ王妃は前に立ってそう言ってくる。
「コウガさん、もう良いでしょう?お二人はコウガさんを決して悪いようにはしないと、私はそう確信しています。コウガさんのお気持ちはもっともなのかもしれませんが、いい加減にお二人のことをそうやって邪険にするのは………」
「黙ってろクィン」
咎める口調で言ってくるクィンを黙らせる。そして今度は彼女の方を向いて話を続ける。
「俺は………王族を嫌悪している。唾棄すべきゴミクズだと断定している。それはドラグニアの連中だけじゃねぇ………お前んとこの国も同じだ」
「……!?」
予想外の言葉だったらしく、クィンは驚愕で目を見開く。そんな彼女にずかずかと距離を詰めて、彼女の顔、肩部分、腰に付いている徽章、剣を順番に睨みつける。
「コウガさん…?」
「よぉどうせ見てんだろ?クィンを介してテメーも俺を監視してんだろ、サントの国王さんよぉ?」
「な………!?」
またも驚愕して動揺するクィン。アレンたちもびっくりしている。
これは、前からそうじゃないかって思っていたことだ。俺を監視させる為に遣わせたクィン。しかし本当に彼女だけに任せていいのだろうか?そう考えた国王どもは、クィンにも内緒で彼女のどこかに小型のカメラとか盗聴器とかを仕込ませて俺を監視・監査していた。あり得そうな話だ。まあこれはあくまで憶測だから本当かどうかは分からない。だが念の為に苦情の一つくらい、クィンを通して言わせてもらおう。
「俺が信用出来ない奴だってのは分かるよ、俺たちは一度も面と向かって話したことも無い関係だからな。けどな、俺にとってもテメーは微塵も信用出来ない他人なんだよ。そんなどこの馬の骨か分からない野郎から一方的に監視されるとか、もの凄く不快なんだけど?ホント王族とか、地位と権利持ってる奴はこう、自分本位で自分の利益しか考えていない奴らだよな?俺が嫌がることも平気でしやがる、最低最悪の人間め」
そこまで言ったところで反応があるか少し待ってみる。返事は無い。
「だんまりか。図星を突かれて何も言えないってか?まあいい。とにかく俺がこれ以上サント王国の良いように動くことと思わねーことだな。人を勝手に利用しようとしてんじゃねーぞ」
そう吐き捨ててクィンから離れる。そんな俺に周囲から兵士たちが非難してくるが、返事として中指を突き立ててやった。
「とにかく、王族なんて信用ならないし、したくもない。地位と権力を持った人間なんてみんな汚い思考を持ったのばかりだ。身を以て学んだからな」
「コウガさん!それは偏見が過ぎます!私たちの国王様はコウガさんが思ってるようなお方じゃありませんし、ミーシャ王女とシャルネ王妃も決して悪い人ではありません!!」
クィンは食い下がり、俺の意見を否定しにかかる。その顔は悲しげだ。見るとアレンもどこか悲しそうにしている。いや、俺を心配してるようにも見える。
「………」
「………」
「………」
全員しばらく沈黙する。やがて俺が小さく溜息をつくことでその沈黙を破った。
「今の俺は鬼族の味方をしている身だ。少なくとも人族の大国どもの味方になる気はないし下る気もない。だから俺に何か頼みたいって言うなら、俺とテメーらは対等な位置であるということを認め、相応の見返りを用意する必要がある。分かるな?」
「は、はい。ですからお母様が仰った通り、どんなお望みであろうと時間をかけてでも必ず叶えてみせると………」
「本当に何でも叶えてやれると、言い切れるのか?どんな望みでも、本当に」
「は、はい!こ、この身を望むと言われても、迷うことなく差し上げる所存、です………」
「………………」
刺すように確認の問いかけをしたらミーシャはそんなことを言い出す。最後の部分は弱弱しかったが。彼女を言葉を聞いたクィンは狼狽え、シャルネ王妃はまあまあと色めき立っている。
何なのこいつら、ふざけてんの?もう無視して帰ろうかなぁ…。
そう考えたのだが、「どんな望みでも叶える」って宣言した以上、ならばそうしてもらおうじゃないかって考えたりもする。
ミーシャは頬を赤らめてこちらを上目遣いで見てくる。なんか…俺がいかがわしいことを要求すると思い込んでる気がするな。ふざけんな、俺をそこらの男と一緒にするな。誰に対しても欲情するサル野郎じゃねーんだよこっちは。
そんなものよりも強い強い欲求がこっちにはあるんだ。そう、この世界に呼び出されてからずっと抱いている望み…野望…最終目標が。
それは―――
「元の世界へ帰せ」
「………!!」
その一言を聞いたミーシャは目を見開いて固まる。
「こんな世界での生活よりも、元の世界での日々が俺は好きだ。こんな世界よりも娯楽がたくさんあるし、打ち込めることもたくさんある。あそこにはやりたいことがたくさんあってやり残していることもまだ残っている。そんな世界に俺は帰りたいんだ」
「………………」
「そういうわけで、俺を勝手にこんなところへ呼び出した責任として、テメーらが率先して俺を元の世界へ帰す方法を見つけて、実現させろ。それが俺が求める見返りだ」
また沈黙が訪れる。俺はミーシャとシャルネ王妃を険しい目で凝視する。どうなんだど詰問するようにジッと見てやる。
俺が醸し出した緊張の空気が流れること数秒、ミーシャは俺の顔をしっかり見つめて返事を発した。
「分かりました。カイダさんを元の世界に帰すことを約束します。必ず、あなたの望みを叶えてみせます…!」
その目は嘘を言っていない。絶対にそうしてみせるという強い意志が感じられた。本気だってことが伝わった。
「と、お姫さんが言ってるけど、あんたはどうなんだ、王妃さん」
「もちろん、私もミーシャと同じです。こんな病弱な身ですが、私に出来ることを精一杯やるつもりです。それがカイダさんに対する償いであり、相応の恩返しだと思ってます…」
シャルネ王妃も俺の見返り内容を受け入れるつもりだ。
「その…ですから、私たちを…世界をどうか……!!」
ミーシャは再びあの頼み事を言って俺に縋ろうとしてくる。シャルネ王妃も懇願するように見つめてくる。
「………クィン。お前…というかサント王国が出した依頼クエストをこなす見返りとして、サント王国そのものが俺が元の世界へ帰ることを協力するを要求したこと、覚えているよな?」
「えっ?………ええはい。国の機密情報もあなたに全て開示する、そういう約束でした…よね?」
突然の話題転換に戸惑いながらもクィンは答えてくれる。そんな約束をしていたのかと、サント兵士たちはどよめく。ミーシャたちも少し驚いている。
「あれ、無かったことにしてくれ。はい白紙白紙」