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2章24 前世の夢

「ふぅ……今日は寝不足でボンヤリするわ」


昨夜、禁断魔法の記述を夢中で読んでいた。気づけば空が白み始めていたので、今朝は寝不足もいいところだった。


寝不足のせいか、身体もだるい。


「学校が終わったら、今日は早目に帰って……」


そこで、私は足を止めた。

前方にリオンとロザリンが一緒に歩いている姿があったからだ。


2人は仲良さそうに話をしている。


「リオン……」


私は昨日、ロザリンと彼女の取り巻きたちにカンニングの濡れ衣を着せられた。大騒ぎになったので、当然リオンの耳にも入っていたことだろう。

リオンの馬車で家まで送ってもらったのに、結局私がロザリンにされた嫌がらせに対する謝罪どころか話すら出てこなかった。


リオンを幸せにすること。

ヒロインが現れるまでの間、彼に降りかかる災いを振り払うこと。

それが自分の役目だと思っていたのに……。

今では、自分が彼から置き去りにされてしまったような寂しい気持で一杯だ。


「ひょっとすると……私を家まで送ることが……謝罪のつもりだったのかしら……」


ボンヤリする頭でそんなことを考えていると、背後から肩を叩かれた。


「おはよう、ユニス」


振り向くと笑顔のエイダがいた。


「おはよう、エイダ」


「大丈夫? 何だか今朝はすごく具合が悪そうに見えるわよ?」


「うん、ちょっと寝不足で」


「寝不足? でも顔も赤いわよ」


エイダは私の額に手を当てた。


「やだ! すごく熱いわ! 熱があるんじゃないの? すぐに医務室に行きましょう!」


「熱? そう言えば身体も熱いかも……医務室なら1人で行けるから大丈夫よ」


「でも……心配だわ」


「私なら大丈夫。それより私と一緒にいたら風邪をうつしてしまうかもしれないもの。代りに医務室に行ったことを先生に伝えておいてくれる?」


「分かったわ。ユニス、気をつけていってね?」


「うん、行ってくるわね」


エイダとその場で別れると、私は1人で医務室へ向かった。


**


――コンコン


医務室に到着し、扉をノックした。

すると、すぐに扉が開いて白衣姿の若い女の先生が現れた。


「あら? 初等部の子ね? どうかしたの?」


「はい。体調が悪くて診ていただきたいのですが」


「そう言えば、顔が熱いわね。とりあえず、中に入りなさい」


医務室の中へ入ると、すぐに先生の診察が始まった。


「……喉も赤いわね。熱もあるし……とりあえず風邪薬を調合してあげるからベッドで休んでいなさい」


「はい、ありがとうございます」


先生にベッドまで案内されて、横になるとすぐに眠気が襲ってきた。

きっと寝不足と風邪のせいなのだろう。

目を閉じると、そのまま私は眠ってしまった――



****



 夢の中で私は前世の自分に戻っていた。


奨学金で女子大に通っていた私は勉強とアルバイトで忙しい日々を送っていた。そんな私のささやかな楽しみが乙女ゲームをプレイすることだった。


特にお気に入りだったゲームが『ニルヴァーナ』という乙女ゲーム。

登場人物たちが私と同じ大学生というのも魅力的だった。

男性キャラは5人出てくるのに、そのうちの1人は決してヒロインとは恋愛関係になれない気の毒な男性、それがリオン。


暗い過去を持ち、人間不信に陥っていた彼が恋に落ちてしまう。

でもリオンは決してヒロインとは結ばれない。


そんなリオンが気の毒でならなかった。


『どうして、リオンは幸せになれないのだろう? 私だったらリオンを幸せにするために、何だってしてあげるのに……』


ゲームをプレイしながら、私は呟き……。


****



「あ……」


不意に目が覚め、眼の前に真っ白いカーテンが見えた。


「夢……見てたんだ」


久しぶりに前世の夢を見てしまった。記憶を取り戻してからは一度も見ていなかったのに。


「今、何時かしら」


眠ったからだろうか? 体調は少しだけ良くなっているように感じた。


「ユニスさん。起きたのかしら?」


私が起きた気配に気づいたのだろう。カーテン越しから先生が話しかけてきた。


「はい、起きました」


「そう、失礼するわね」


カーテンが開けられ、水の入ったコップが乗ったトレーを手にしている。


「具合はどうかしら?」


「はい。眠ったおかげか、少し良くなりました」


「それは良かったわ。薬を調合したから、お飲みなさい」


「はい」


紙包みを手渡され、開くと粉が入っている。早速口に入れてコップを受け取ると飲み干した。

かなり苦い薬で、思わず顔をしかめてしまう。


「フフフ、苦いでしょう? でも良く効くわよ」


「ありがとうございます。先生、今何時ですか?」


「もうすぐ15時になるわ。そろそろ授業が終わる頃ね」


「え!? 15時!?」


まさか、そんな時間になっているとは思わなかった。


「ユニスさんが眠っている時、担任の先生がカバンを持ってきてくれているわ。誰かに送ってもらったらどうかしら? もし、心当たりの生徒がいるなら声をかけてくるわよ?」


一瞬、リオンの顔が思い浮かんだけれども彼には頼れない。多分ロザリンと一緒に帰るはず。

迷惑がられるのだけは避けたかった。


「いいえ、1人で帰れるので大丈夫です」


「え? 大丈夫なの?」


「はい、お陰様で大分楽になりました。1人で帰れます」


ベッドから降りると、靴を履いて先生の前に立ってみせた。


「……分かったわ。それじゃ、気を付けて帰るのよ?」


「はい、色々ありがとうございました」


先生に挨拶すると、少しふらつく足取りで私は医務室を後にした――



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