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第2幕06 共闘、決戦コキュードス

六十八.わたしとクランベリーは相性抜群のようです

 回転する尻尾。一瞬で周囲を凍らせる瘴気。振り下ろされる巨腕。地を抉る爪撃そうげき。最早中庭は原型を失い、凍った噴水と隆起する地面は純白の世界へと変化している。


 クランベリーを正気へ戻す事に成功したわたしは、ようやくコキュードスとルージュが対峙している場へ意識を集中する事が出来た。パラソルを失ったルージュは魔力の障壁シールドで自身を護りつつ、氷魔神の攻撃を紙一重でかわしていた。


「射貫け――紅の魔槍ルベルスランス


 ルージュが掌へ顕現して放った臙脂えんじ色の槍は、恐らく彼女ので創った槍。巨大な槍が鋭く回転しつつコキュードスの体躯を貫こうとする。が……硬い氷の鱗に覆われた氷魔神の体躯を貫く事はなく、回転する槍はそのまま氷漬けとなり、砕け散ってしまう。


「殲滅せよ――紅の霧雨刃ルベルスコール


 コキュードスの上空から降り注ぐ臙脂色の雨。それは、驟雨しゅううのように降り注ぐ鋭い血の刃。コキュードスの体躯は臙脂色の煙に包まれ、一瞬姿が見えなくなる。が、煙の中から竜のように巨大な尾が真っ直ぐルージュ目掛け襲い掛かり……小さな侍女へ首をもたげた氷魔神は、ゆっくりと声を発する。


「無駄だ」

「そうであろうな」


 刹那、氷魔神の尾を両手で掴んだルージュが、そのままコキュードスを投げ飛ばそうとする。ルージュの手には濃い臙脂色の手袋グローブ。自身の血で創った手袋グローブにより、瘴気による氷漬けから身を守ろうとしたんだろう。一瞬、コキュードスの体躯が持ち上がるかに見えたその時、彼女のそんな攻撃を嘲笑うかのように氷魔神は顎門あぎとを開き、瘴気を籠めた白い氷塊を放った。


 この時ルージュは両手で尾を掴んでいたため、一瞬、反応が遅れてしまった。咄嗟に彼女が創った血による障壁を易々と打ち破った氷塊はルージュを呑み込もうとし……。


「――遠隔防壁展開パーテーションモード発動!」

愛の爆烈陣ラブビックバン!」


 ルージュの身体を魔回避維持結界ソーシャルディスタンス遠隔防壁展開パーテーションモードで護り、彼女とコキュードスの間にわたしは立つ。と同時、蝶のはねを羽搏かせ、上空からクランベリーがコキュードス目掛け桃色の短刀ダガーを放ち、氷魔神の体躯を覆う瘴気へぶつかった瞬間爆発する!


「アップル様!」 

「お待たせ! ルージュ。もう大丈夫よ」


「お役に立てず申し訳ございません」

「そんなことはないわ。それより、あそこ。バルコニーで余裕ぶっこいてるマロン司祭を捕らえておいて。コキュードスの件が終わったら彼と話したい事がいっぱいあるから」

「畏まりました。我が責任持って奴を捕らえます」


 わたしが促した先は、神殿のバルコニーの上。こちらの様子を見て楽しんで居る様子。彼が油断している今が絶好のチャンス。片膝をついて軽く頭を下げたルージュは姿がその場から消失する。これでマロン司祭が逃亡する最悪の事態は阻止出来た。あとは眼前のコキュードスへ集中するのみ。


愛の爆烈陣ラブビックバン♡ 愛の爆烈陣ラブビックバン♡ 三分の一の百合百合な感情トライアングルリリーボム~!」


 いつの間にかクランベリーの攻撃が、桃色の短刀から桃色の爆発へと変わっていた。瘴気に護られた氷魔神の体躯を貫く事は出来ないが、留まる事を知らない連続攻撃に、流石のコキュードスも嫌気がさしたのだろう。ルージュへ先程放った氷塊をクランベリーへ向け連続で放っていた。


 しかし、高速移動で旋回するクランベリーは氷塊を回避し、被弾しそうになった際はわたしが遠隔防壁展開パーテーションモードで彼女の身体を護る。そうする事でクランベリーは攻撃へ集中する事が出来た。そして、何十、何百の爆発が続いた後、遂にコキュードスの体躯から濃い藍色の体液が飛散したのだ。


「なん……だと!?」

三分の一の百合百合な感情トライアングルリリーボム!」


 コキュードスの体躯が初めて揺れる。初めて翼を広げた氷魔神がクランベリー目掛け突進するも、遠隔防壁展開パーテーションモードで防ぎ、クランベリーはわたしの横へと降り立った。


「やったわねクランベリー。無事?」

「アップル様流石ですわ。愛の力で負ける気がしません。どんどん力がみなぎってきます」


 そう、姿が変わったとはいえ、彼女の全身はわたしの魔力で出来た乳液ミルクローションと化粧水で覆われていた。愛の力を魔力として変換し、爆発させる彼女のスキルはどうやらわたしの魔力を与える事で、力を増すらしかったのだ。


 わたしが遠隔防壁展開パーテーションモードでコキュードスの攻撃から護ってあげる度、彼女はわたしの魔力に覆われていた。その度彼女はわたしの魔力を吸収し、攻撃力へと変換していった。


 つまり、成蝶形パピリオスリーズとなった今の彼女は、聖女アップルに護られれば護られるほど、どんどん強くなっていくのだ。


 いまのわたしとクランベリーは戦闘に於いても最強の仲間バディーとなっていた。


「……嘗めるな小童共」 


 コキュードスが上空へと舞い上がり、そのまま翼をはためかせる! 


 周囲を一瞬にして凍らせてしまう吹雪。わたしは両手を広げ、魔回避維持結界ソーシャルディスタンスの範囲を一気に中庭全体へと広げる。


 普段見えることのない魔回避維持結界ソーシャルディスタンスの結界がドーム状に白く染まっていく。わたしのスキルでなければ恐らく一瞬にして全員氷漬けだ。


愛のラブ三連撃トライストライクー! 愛しさシェリーと! 切なさとモンク! 心強さとラスランーー!」


 クランベリーが放ったのは桃色の光に包まれた輝く三本の矢。わたしの聖なる魔力とクランベリーの愛の力を併せて創ったものらしく、魔回避維持結界ソーシャルディスタンスの外側へと飛んでいく桃色の矢はコキュードスの体躯へと直撃する。


「煩わしい羽虫め」


 結界が軋み、大地が揺れる。


 あろうことか、コキュードスは絶対防御の結界へ向けて腕を振るい、爪をたてたのだ! 


 くっ、なんて力なの……!?


 魔回避維持結界ソーシャルディスタンスがなければ一瞬で終わっていた。尾を振るい、爪をたて、結界へ向けて攻撃を仕掛ける氷魔神。わたしは掌を前へ出し、普段自動発動している魔回避維持結界ソーシャルディスタンスへ向け魔力を送る。


三分の一の百合百合なトライアングルリリー……」

「無駄だ!」


 その時わたしの脳裏にはコキュードスの巨大な爪によって身体が引き裂かれ、そのままバラバラになって氷漬けにされる映像が浮かんだ。


 ソーシャルディスタンスは保たれている。今のは……殺気による威圧だ。わたしが見たものは、強烈な死のイメージ。


 きっとクランベリーも同じ映像を見たんだろう。連続で攻撃を放っていたクランベリーが一瞬ひるんだ。放たれた桃色の閃光はコキュードスの放つ瘴気を前に相殺されてしまう。


「クランベリー大丈夫よ。この結界はあの魔王グレイスでも打ち破られなかった結界だから」

「はい……、ちょっと油断しました。もう大丈夫です」


 わたしの手を取り、立ち上がるクランベリー。このくらいでわたしたちが負ける訳ないもの。


「魔王だと!? 彼奴を……知っているのか!?」

「え?」


 開かれた顎門あぎとより放たれた氷塊は憎しみと怒り、満ち満ちた瘴気が籠められており、結界にぶつかった衝撃で、結界の内側にも関わらず中庭の大地が隆起し、先ほど凍っていた噴水の水が砕け散ってしまう。


「彼奴はどこだ!」

「なっ! 待って!」


 凍っていた魔回避維持結界ソーシャルディスタンスの結界へ再び振るわれた鋭い爪撃そうげき。そして、白く凍った結界へ亀裂がはしり……。


 ――激しく揺れる大地と共に魔回避維持結界ソーシャルディスタンスの結界は、ダイアモンドダストのように煌めきを放ちながら崩壊した。


「……嘘でしょう?」

「言う気がないのなら……そのまま死ね」


「クランベリー逃げて!」


 わたしはクランベリーの前へ立ち、両手を広げて魔力による結界を創り出す。迫る巨大な氷塊。長い歳月、魔王に封印された事による絶望と憎しみと怒り。様々な負の感情が籠もった氷塊はわたしの眼前に迫っている。


 だいじょうぶ。クランベリーは、わたしが護るもの――


「アップル様ぁあああああ!」


 わたしの視界は白い光に包まれて……。

 周囲は静寂に包まれる。もしかしてわたし、凍ってしまったのだろうか?


「間一髪だったな。間に合ってよかった」

「え?」


 そんな事を考えて居たわたしの脳裏に甘く低い声が響き、わたしはゆっくり眼を開けた。漆黒の外套マントへ身を包んだ、背の高い黒髪の男。切れ長の瞳を一瞬だけこちらへ向け、わたしの無事を確認した後、彼は上空で羽ばたく氷魔神を見据える。


「グ、グレイス!」

「待たせたな、アップル。此処からは蹂躙の時間だ」




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