「聖女様、お願いでございます!!」
「どうぞ、殿下を……殿下をお救いくださいっ……!!」
それはもう、まもなく夜明けがくる、という時間だった。
ロアノーク聖王国の聖女を務めるクラリッサの元に、慌ただしい足音とともに人々の一団が飛び込んできた。
「聖女クラリッサ殿。この通りだ。どうか、我が子を救ってください。近く王太子になるはずだった、王位を継ぐ我が息子を」
国王自らが頭を垂れる中、クラリッサは静かにベッドから立ち上がると、言った。
「殿下の元へ、連れて行ってくださいませ」
* * *
いったん人払いをした後、聖女に仕える侍女が、すばやくクラリッサの支度を整えてくれた。
純白のドレス。
光のような、明るい金色の髪は自然に肩から背中へと豊かに流れる。
青い海のような色をした、大きな瞳。
いつも微笑を絶やさない口元は、まさに聖女のイメージどおり。
神殿の聖画を見ているようだ、と讃えられる。
支度を整えた聖女を、人々は感嘆の表情で見守った。
しかし、聖女の後ろに従う護衛騎士の表情は
「聖女様」
「……大丈夫よ」
クラリッサは、騎士を勇気づけるように微笑んだ。
案内された王子の寝室では、イーサン王子が、目を見開いたまま、ベッドに横になっていた。
「イーサン王子殿下……? お久しぶりです……クラリッサでございます。わたくしの声が、聞こえますか……?」
クラリッサがかがみ込んで声をかけるが、反応がない。
青ざめた顔。
かすかな呼吸。
しかし、イーサン王子の鮮やかな赤い髪、ちょっと皮肉屋さんなところのある、クールなグレーの瞳は、変わらない。
クラリッサより一歳年下の王子は、それこそお互いが子どもの頃からよく見知った幼なじみだった。
もっともその関係は、クラリッサが、正式に聖女となったことで、大きく変化したのだったが。
「王妃は自害した」
国王がぽつりと呟く。
「王妃は、イーサンを亡き者にしようとして、毒薬を飲ませたのだ。なぜそんなことになってしまったのか。聖女殿、イーサンの命だけは……助けてくれないか。私はこの子を王太子にしようと決めていたのに……。どうか、イーサンを」
国王が再び、クラリッサの前で頭を下げようとした。
クラリッサは身振りでそれを制した。
「国王陛下、全力を尽くします。どうぞ、わたくしにお任せくださいませ」
人々から一斉にもれる安堵のため息。
しかし、クラリッサは背後で聞いた、彼女の護衛騎士のため息が、全く別の意味を持つことを、知っていた。