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第33話 袴姿


「とりあえず荷物を置こうか」

「あ、うん……」

 これは俺も予想してなかった。まぁ兄妹なのだから同じ部屋になっても不思議ではないんだけど、これまでの俺の人生で伊織と二人きりの部屋に寝るいうシチュエーションは無かった。こういう時どうしたらいいか困る。


「「あの」」

――こういう時にハモッちゃうあたりは兄妹きょうだいぽいんだけどなぁ。


「あ~と、伊織がお先にどうぞ」

「え、あ、と、その、わ、私は別にだいっ丈夫だよ。うん」

「そ、そうか……まぁ伊織がイイなら俺も別にいいんだけどな。兄妹きょうだいだし」

「そ、そうだよ!! 兄妹なんだよ!! やだなぁお義兄にいちゃんって何言ってるのかなぁ」

 わたわたと荷物を下ろしたり持ったり繰り返してるって事は、伊織もまだかなり動揺してるみたいだな。

――俺は特に何も言ってないんですけどまぁいいや……


 それにこの家に入ってから感じるこの空気感の事を少し伊織にも話しておいた方がいいかもしれない。

「伊織」

「ぴゃぅ!!」


――ぴゃぅ!! ってなんだよ。声かけただけでそんなにビックリしなくてもいいのに、兄ちゃんちょっとショックだぞ。


「ご、ごめんお義兄ちゃん。なに?」

「あ、うん。伊織は本当に大丈夫なのか? けっこう俺は感じてるんだけど」

「う~ん」

 アゴに手をにせて考え出す伊織。

――考え込むことで少し落ち着いたかな?


「私はそんなにつらくなるほどじゃないんだけど、お義兄ちゃんはどんな感じなの? 感情とか流れ込んできたりしない?」

「感情……か。そうだな。なにかいろいろなものが混ざった感情が流れてきてはっきりとは言えないけど、一番強いのは「帰りたい」そう思ってるみたいだな」

「帰りたい……か」

「母さんは何か言ってこないか?」

「残念だけど、この辺りに来てから呼びかけても返事がないんだよ」


「えと、お邪魔かな?」

 考え込んでいた俺達二人のそばまで日暮さんが来ていた。

「いや、大丈夫だよ。少し考え事してただけだから」

「そう? 落ち着いたかなって思って。お茶の準備ができたから呼びにきたんだ」

「ありがとう」

 日暮さんのお誘いをありがたく受けることにした。のどが渇いていたって事もあるけど、何よりこの辺りの土地に詳しい人たちから話を聞きたいと思ったからだ。そのまま素直に後についていく。


 通された場所は客間というか大広間というか、百人程度は入れると思えるくらいかなり広い部屋だった。外側から見ただけでも大きいとは思っていたけど、中にはいって感じるのはそれ以上かもしれない。

 落ち着いた俺達がテーブルのある一角に腰を落とすと、相馬さんがお菓子を日暮さんがお茶を持って入ってきた。少し遅れて日暮さんのお父さんも何やら古そうな書物を抱えて部屋に入ってきた。


 淹れてもらったもらたお茶がのどを潤していく。とても甘くおいしい感じがするくらい俺ののどは相当乾いていて、身体も同じくらい水分を欲していたと感じる。俺が一心地ついて落ち着いた事を確認するように、周りでも安心したような顔をしてお茶をすすり始める。


 様子を見ていた日暮さんのお父さんが、書物を開きながらこの辺りにまつわる話や、伝わってきている話をゆっくりと語り始めた。


 語られる話は日暮さんも初めて聞く事が多くあるみたいで真面目に聞き入っている。伊織は何やらメモを取りながら話を聞いている。さすが優秀な妹は違うなぁって感心してしまう。相馬さんはすでに飽きているようで持ってきたお菓子をパクパク口に運び込んでいた。ゴハンを食べる前にそんなに食べて大丈夫なのかと心配になってくるけど、女の子には言えない。



「――と、言うのがこの土地にまつわる話だよ」

 それから一時間ほど話が続いて、その言葉で締めくくられた。

「少し質問してもいいですか?」

「なんだね?」

「この日暮家とはそもそもこのやしろを守る宮司さんなのですか?」

 この家に来てから感じていたことを素直に聞いてみる。

「うちは宮司ではないのだよ。もともとこの社には宮司さんとかはいなくてね。代わりに巫女様のような管理してくれている人たちが代々守ってきたモノらしいんだ」

「では日暮さんの家系というのは……」

「うむ。その巫女様のなかの一人の血筋なんだよ」


 明日から行われるお祭りも、巫女様を中心としたものらしい。

 それから少し巫女様の話になり聞き入っている間に、日暮さんも明日の舞台の練習の時間が近づいてきたので、俺達二人はは部屋に戻ることにした。



『お待ちしてました』

 部屋に入るとすぐに俺は固まった。

 伊織が前に廻りこんでくる。

『そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。ここは私の家でもありますし何もしませんから』

 その部屋で待っていた

『ようこそ、藤堂クン。お待ちしてましたよ』

 彼女は日暮綾香。綾乃の姉である。

「綾香……さん?」

『はい』


 こちらを見据えるようにじっと見つめている。

 こうして正面にいるかのじょは髪の長さが違うくらいで、顔の造りなどは妹の綾乃さんにとても似ていた。


――怖くってよく見ていられなかったって言うのが正直なところだけど、こうして見るのが初めてだ。


 俺はここまで来る間、日暮さんの後ろに居たはずの彼女の姿が見当たらないことをずっと不思議には思っていた。もしかしたらカノジョは日暮さんにだけいているわけじゃないのかな。そんなことまで考えていた。


「あの、待ってたって言うのは?」

 固まってしまった俺にお代わりに伊織がクチを開いた。

『そうね。あなたを待っていたのは、あの子を止めて欲しいからなんです。あの子は私がこの姿でいることが我慢できないし、納得できないんでしょうけど、それは仕方ないことなんです。あれは事故……そういうことにしなければあの子が同じ目にあってしまうでしょう』

「そ、それはどういう事ですか?」

 伊織の疑問に答えることなく下を向いてしまう綾香。

「それは巫女様の舞う儀式と関係あるんですね?」

 俺は考えていたことをクチにした。綾香は答える代わりに一度だけコクっとうなずく。

「伊織、俺達も練習を見に行くぞ!!」

「うん!! そうだね!!」


 急ぎ体を反転させ、練習に行くと言っていた日暮さんの方へ走っていく。

『お願いねぇ……』

 後方から綾香の声が走る俺達の背中に届いた。




 そこは、広い敷地の中に演台が一段高く造られ、幅も五十メートルもあろうかというようなたもう一つの社で、舞台と呼ぶのに相応しい建物だった。

「ここで……踊るの? 大勢見てる前で……俺には無理だな」

「ふふふっ」


 笑い声に驚いて振り向くと日暮さんがすぐ後ろに立っていた。

 心の中で言ったつもりだったけど、クチから漏れてしまっていたみたいだ。

「そんなことないよ。小さい頃から踊ってれば、これが普通になっちゃうから」

「す、すごくかわいいです!! 綾乃さん!!」


 伊織の眼がキラキラしている。気持ちは分かるけどね。日暮さんの恰好が巫女さんの袴姿だったから。どうして女の子って、こういう姿になるとカワイイ感じに見えてきちゃうんだろう。

「伊織ちゃんも着てみる?」

「え!? いいんですか!!」

「良いよう。今日は練習だけだしね。明日は残念ながら出してはあげられないんだけどね」


 きゃいきゃい言いながら二人で着替えに楽屋の方に戻って行った。

――伊織の巫女さん姿か……。

 見てみたい気もするけど、見たくないないような気もするし、誰かに見せたくないような気もしてくる複雑な兄心だ。


「お、お義兄にいちゃん、どうかな?」

 そこには俺の知らない巫女姿の美少女がいた。

「あ、あう……」

「あれれ? 藤堂クンどうしたの?」

 面白がってのぞき込んでくる日暮さんの後ろでもじもじしている美少女。

「い、伊織……か?」

「ほかに誰もいないよ?」

 首をかしげて不思議がる伊織。


「くっ!!」

 じぃ~っと見るだけで何も言えず固まる。信じられなかったから。少し化粧しているみたいだけど、普段の伊織とは雰囲気が違ってた。こんな感じは今まで経験したことが無い。

「じゃぁ、伊織ちゃん少し踊ってみる 」

「よ、よろしくお願いします」


 シャン

 シャンシャン

 ポンッ


 シャンシャン


 舞台の上で日暮さんがキレイに舞い始めた。

 それに沿うように少し遅れて伊織が舞い始める。


 それが凄くきれいだった。眼が釘付けになるほど。


「いいね、伊織ちゃん。上手いよ」

「そ、そうですか?」


 シャンシャン

 シャン


 舞台の上で礼をして袖の方に下がってきた。

 俺は何も言えないままこちらに歩いてくる二人を迎える。日暮さんにつられながらとはいえ、一曲踊り切ってしまった伊織にまず驚く。運動神経がいいのは知ってたけど、あれだけ見たモノをすぐにできるようになるなんてこれは才能じゃないかと思う。

「伊織ちゃん、次は少し見ててね」

「はい」


 日暮さんはそのままもう一度舞台の真中へと移動して止まった。


 音楽がなり始める。


 ゆっくりと動き出す日暮さん。

 優雅にそして繊細に流れていく踊り。


 俺は再びそのまま動くことが出来なくなった。

『今度はあの子がこれを踊るのね』

 突然聞こえた声にギョッとして振り向く。

 俺と伊織の真後ろに同じようにちゃんと座って、、舞台上で舞い続ける日暮さんを優しい眼で見つめる綾乃さんが居た。






 そんな俺の後ろに隠れた感じで舞台を見ている人影が三人。

「なんだアレは? 綾乃だけじゃなくてもう一人増えてるぞ!!」

「どういう事!? 私たちのどちらかが落とされるの?」

「そんなはずはないよ。あの子は……知らないけど」

 一人は男で二人は女。

「予定通りに進めておいてくれ」

 男が話すその言葉に無言で二人の女がうなずいた。俺たちに見えない場所でこのような話が進んでいた。





『今度はあの子がこれを踊るのね』

 優しい眼をして舞台を見る綾香さんは本当に嬉しそうだった。

「今度は……と事は前は綾香さんが?」

『そう。こうなる前はね』


 少しだけふわりと浮いて見せる。

 前に会った時もそうだったけど、このひとからは悪意のようなものが感じられない。

 だからなぜこの世界に留まっているのか、俺には分からないでいた。


『本当はこうなるって分かってたから止めたかった。でも裏目に出ちゃったみたいでこうなっちゃった。私は綾乃には同じ道を歩んでほしくない。だからあなた達にお願いするの。どうかを止めて欲しいの』

 綾香のその言葉が出た瞬間、周りにすごく暗い影と震えるくらいの寒気が襲ってきた。


 伊織の方を見てうなずくと、伊織もうなずく。やはりひとを救うのはその事を解決しなければならないみたいだ。

「あの人たち……て誰の事ですか? 綾乃さんを救いたいのなら教えてください」

『もう二人の巫女、松田由紀まつだゆき北方万由美きたがたまゆみ。それと男性方の鶴田剛明つるたたけあきこの三人よ』


「そうですか。それからこれは大事な事なのですけどあなたは死んだときの事を覚えてますか 」

 先ほどよりも更に冷気が満ちてくる。

『ええ。覚えているわはっきりと』


 そうクチにした途端、綾香さんは振り向いて消えていった。

 気になった俺は、その向いた方へ歩いて行った。それともう一つやることがある。電話を掛ける事。


 舞台袖、その裏まで一通り見て回ってきた俺が戻ったときには、日暮さんは舞終わっていて伊織の横に座り談笑していた。邪魔しないように離れたところに立ってその様子を見つめる。


 先ほどの綾香との会話を思い出す。

――全てが真実とは限らないけど、まして相手は霊だ。憎しみや恨みが全くないとは考えにくい。その想いがある以上覚えていることも少し増幅された形で残った物なのかもしれないし。ただ、綾香さんの心残りはそれじゃない。やはり舞台上で穏やかに談笑を続ける妹の綾乃さんの身なんだと思う。綾香さんを救えるのはやはり綾乃さんしかいないか……。


「お義兄にいちゃん。戻ってきたなら声かけてよ」

 すぐ目の前まで来ていた伊織が少し拗ねた顔をして立っていた。

 気付かなかった俺も俺だけど、足袋ってすごい!! 足音が分からなくなる。

「伊織」

「なあに?」


 下から視線をゆっくりと上げていく。

「その姿……似合ってるぞ。かわいい」

「にゃにを!? も、もう終わり!! 着替えてくる!!」

 そういうなり、猛ダッシュで楽屋の方に走って行ってしまった。

「藤堂クンそういう事は初めて見た時に言わないとね」

 クスクスと笑いながら俺の横まで歩いてきた日暮さん。

「ちょっといいかな? 少し話がしたいんだけど」

「あれ? さっきと違って真面目な顔ね。いいわよ」


 それから具体の袖で日暮さんと少し話してから、俺は舞台から降りて出入口付近へと戻り、日暮さんは先に伊織の入って行った楽屋へ戻っていった。



 日暮邸に戻った俺達に待っていたモノ。それは豪華な夕食だった。祭り前夜のすごくにぎやかなうたげもよおされていく。俺はもともとボッチ……というわけじゃないけど、人の中で会話したりするのが苦手だ。その中にいたら視たく無いまで視ちゃうからなおさら嫌なんだよね……。伊織は昼間の巫女姿での舞の事もあって、みんなから質問攻めにあっているようだけど、あの子のコミュ力からしたら全く問題にならずに中でなじめるはずだ。


 だから一人その場を後にする。静かな夜の庭へと歩き出す。宴の声など遠くに小さく聞こえるほど静かな中庭で、一人ゆっくりと星空を見上げて腰を下ろす。


 見える星の瞬きが心を落ち着かせてくれる。小さい時から結構な数の日を星空をながめて過ごしてきた。何度見ても見飽きることは無かった。

『あなたは一人が好きなのね』


 俺の隣に座る綾香さん

「好きなわけじゃないですよ。慣れてるだけです。ちなみに失礼な話ですけど、あなた方のようなモノにも慣れてるわけじゃありませんよ」


『ふふっ。あなたは優しいのね』

「どこがですか。伊織にもあきれられてますよ、頼りない兄貴だって」

『伊織ちゃん……か。あなたはどう思っていても、あの子は一人の女の子なんですからね。その事を忘れないで上げてね。優しいお義兄ちゃん』


「なっ!!」


 ふふふっ

 そんな言葉を残すとふっと消えてしまった。


「お義兄ちゃん、お待たせ!!」

 いつの間にか伊織が後ろまで来ていた。

「べつに……伊織を待ってたわけじゃないけどな」

「いいからいいから」

「な、なんだよ」

「いこっ!! 眠くなっちゃったよ」


 伊織が珍しく腕を組んできた。ちょっと恥ずかしい気持ちはあったけど、その懐かしい温かさを感じながら二人で部屋に戻る。


 すでに布団が敷いてあったけど……。

 なぜかくっついて敷かれていた。これではまるで新婚さんだ。二人でわたわたと少し離したところに敷きなおして、その布団の中に潜り込む。


「お義兄ちゃん、おぼえてるかな? 小さい頃こうして一緒に寝たことあったよね」

「なんだ伊織あの時のこと覚えてるのか?」

「覚えてるよ。だって……」

「伊織?」


 横に顔を振ると、すでに伊織はすーすーと寝息を立てていた。表側ではめいっぱいの元気キャラでいるけど、ホントは相当に気をつかってたんだろう。


「おやすみ、伊織」


 そして俺も布団に潜り込んだ。

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