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第34話 くすっ


「これで良し!!」


 隣で気持ちよさそうに眠る伊織を起こさないように、静かに部屋を抜け出して朝早くから出かけた俺は、舞台の表側を一回りしてから観客席側へと移動して、目的のモノを回収・修理をしていた。

 もちろん昨日の話から推測した事件の裏側をつぶすために。


 日暮さん親娘から聞いた話だと、綾香さんはこの舞台から落ちて命をなくしたことが分かった。そして名前の挙がった三人。少し調べたら前にも同じことが何回か起きていた。まず関係してるとみて間違いないだろう。そして今年も舞のお披露目がある。その三人がまた何かをしてくるのは少し考えればわかる事。

 そうはさせないためには、初日と明日の舞は事前の安全確認を完全にしておかなければならない。朝の確認は俺がやっておいたし、写メも念のために撮っておいた。変化があればすぐに分かるだろう。


 一息ついて日暮邸に戻る。玄関先でぷんすか怒っている伊織が待ち構えていた。どこ行って来たのかしつこく質問攻めにあったけど、頭をなでなでしてやって説得し何とか落ち着かせることに成功した。

 最近、伊織はなでなでしたりすると大人しくなることを発見した俺は、こういう時に実践してみる。今のところ効果は抜群のようだ。


――さて、ここから忙しい二日間がはじまるなぁ。

 中庭を見渡せる廊下で空を見上げながらそんな気持ちが込み上げて来ていた。




 その間にも影でうごめく者たちがいた。

「どうなってるんだ!? ちゃんとやっておいたのか!?」

「へい!! 昨日見た時にはちゃんとなってましたけど」

「クソ!! 間に合わんか!! すぐに始めろ!! もう一度やるんだ!!」

「し、しかしこれ以上やったらバレますぜ!? それでも……」

「構わん!! 多少の事は潰してやる。それにまだあの二人の事もあるからな」

「わ、分かりやした」

 舞台の近くで怪しく動き回る影が数人舞踊開幕まで残り約四時間。





一方では。

「さてと……そろそろ支度しなくちゃ」

「綾乃ちゃん頑張ってねぇ!」

「ありがとう夢乃。じゃぁ藤堂クン達も後でね」

「うん。楽しみにしてるよ」

「気をつけてくださいね」

 日暮さんはこれから着替えて舞台へと赴いて、リハーサルなどをこなして本番を待つことになっている。その間にしなくてはいけない事。これは俺一人ではできないから手伝ってもらうしかないんだけど。


「で? 私たちは何をすればいいの?」

「え!?」

 突然こちらを向いて真面目な顔を向けてきた相馬さん。

――何も言ってなかったのにどうして……。

「わかるよ。前もそうだったけど、一人でどうにかしようとしてるの良くないと思うよ。私ももちろん手伝うから言ってよ。さぁ何をすればいいの!?」


――エスパーここにも降臨!!


「えっと、じゃぁお願いしようかな」

「もちろん私もお手伝いしますよ!!」

 伊織もグイっと会話に混ざり込んでくる。

 俺の中で伊織の事だけがどうしようか迷っていた。昨日の舞い……。もしかしたら伊織が必要になるかもしれないからだ。


悩んだ末に出した答えは。

「伊織は日暮さんの側で待機しててくれ。それと、昨日の舞い覚えてるか?」

「え!? 私は待機なの? 舞い? うん覚えてるけど……どうして」

「もしかしたら伊織が必要とされるかもしれないからさ」

 伊織には今回の事をすべては話していない。もしかしたら、万が一なんて嫌な言葉だけど、今回はそうなってしまうんだろうなぁ。

「じゃぁ、日暮さん俺と一緒に来てもらえるかな?」

「りょうかぁ~い」


 伊織だけが納得していないような顔をしてたけど、それでも俺の言った通りに待機してくれるみたいだ。やっぱりいい子だなぁ。

 その足で俺と日暮さんは舞台の裏の方へ歩いて向かった。舞踊開幕まで約三時間。





「そこで何してるんです?」

 俺と相馬さん二人の前に人影が二つ。

 そこは舞台の前にある先端部に続く花道の一つ。その真下に位置する場所だ。そして踊り終わりに近づいた日暮さんが通る場所でもある。

「な、なにって」

「何もしてないぞ。ただ今日の舞台の調子とリハをしてただけだ」


 そういう人影の片方はたぶん[鶴田]という男方の一人だろう。もう一人はこの男に使われてるだけだとは思うが、万が一のためにすべてをなすり付けるための保険かな。

「そうですか……変ですね」

 俺はその男たちのいた場所を見ながら切り出した。

「な、何がだ」

「朝、俺が見た時とは仕掛けも道の上も形状が違ってます」

「な、なにを言っている。そんなことがあるはずないだろう」

 明らかにうろたえ始める二人。


「いえいえ、朝来た時に写真を撮っておいたんですよ」

 そう言って二人に向けてスマホをかざす。ノドがなる音が二人から同時に聞こえた。

「そ、そんなモノだけで何の証拠になる」

「あぁ~、それと今してたことも撮ってもらってました」


 俺のあげた手を合図に少し離れたところに止めてある車から三人の女の子が降りてきて、こちらの方にゆっくりと向かってきている。


 俺が昨日電話をした事の一つは、この用事を済ませる為。もちろん呼んでおいたのは今日から近くでお泊りをすることになっているカレンと市川姉妹だ。車を運転してくれてた市川夫妻にも後で感謝を述べなくてはならないけど。


「さて、もう言い逃れはできませんけどどうしますか?」

「く、くそっ!!」

「つ、鶴田さん!!」

 すると突然冷気が漂い始める。ピリピリと肌に感じ始めたこの感情は最近も感じたことのある物で。男二人をにらみつけるようにその側に立つ綾香の姿がそこに現れようとしていた。

 だんだんと濃くなっていくその姿は、たぶんここにいる皆にも視え始めたかもしれない。それほどまでに強力な感情が流れていた。


 そしてその腕が一人の男に向けて伸ばされる。その先にいるのは鶴田だ。



「だ、ダメだ!! 綾香さん!!」

 俺は急いでその男の元に走り出していた。

 男の元に走り出していた俺は、男に向けられた憎悪を伴う綾香の腕を振り払おうと。

『やめなさい。あなたの子の腕はこの人をあやめるためのものじゃないでしょ?』

「か、母さん!?」

 その前に幽体である母さんが綾香さんの腕を振り払った。


『な!?』

『落ち着きなさい。あなたは仮にも神に舞を奉納する巫女様なのでしょ。汚れるような事はせずに、きれいな身体でいなきゃいけませんよ。まして……自分の事しか考えてないこんなヤツの為に汚しちゃいけません』


「ひ、ひぃぃ」

『さぁ、あなた方もまだ死にたくはないでしょ? 全部話してしまいなさい。さもないと……この子は本気のようですよ?』


――うわぁぁ幽霊にニコってされたらこえぇぇよぉぉ。


 まぁ、結果的に母さんのニコォって言うのが二人の戦意を失わせることになったようで、その場に崩れ落ちた。近くにいた警備員の方に連絡してもらってこの催しの関係者の方に来てもらい、証拠画像と映像ともを一緒に引き渡した。後はしっかりと調べてくれることを祈るばかりだけど、たぶんそれも難しいと思う。何しろ前からあった事柄なのに、今日この日までこの鶴田が参加できているという事がその証拠だ。何らかの力を使ってもみ消してきたことは想像に難しくない。


 それを解消するための人がもうすぐ来るはずなんだけど、その前にまだやらなきゃいけないことが残っている。


「急に頼み事してごめんな、みんな」

 ペコっと頭を下げた。

「なんか楽しそうだから全然いいよ」

「そうそう待ってるのつまんないしね」

「カレンがうるさいから連れてきちゃった」

 市川姉妹の発言に不快そうで恥ずかしそうな表情をするカレン。でも三人とも楽しそうだ。

「で? 電話じゃまだやることが有るって言ってたけど、これからどうするのよ?」

 俺の肩に手を置いたカレンが少しもごもごしながら言う。


「ゴメン、力を貸してくれ!!」

「何しに来たと思ってるの? そんなの当たり前じゃない」

 響子と理央もうなずく。

「じゃぁ今から説明するからよろしく頼むよ」

 俺の胸に温かいモノが込み上げてきたけど、今はその感情に浸ってる場合じゃない。一通りの説明をした後、俺達はそれぞれの目的の場所へ散っっていった。




 舞台袖の楽屋近くでは。

義兄にいちゃんから電話が来て、外で起きた事とこれからみんなで行う事の内容を聞いて、自分がこれからしなくちゃいけないことを確認した。

「ちょっと、連絡来ないんだけどどうなってるかしら」

「由紀ちょっと落ち着きなよ!! あんまり騒いでると気付かれちゃうよ!!」

「うっ!! そ、そうね」


「もう遅いと思いますよ」

 少し離れたところで今話し終えたばかりのケータイを片手に持ち、私は隅でこそこそと話をしている二人の方に静かに歩いて行く。

 この二人が、綾香さんから聞いていた女性に違いない。


「今、義兄あにから連絡が来ました。お二人のお待ちになってる男性からの連絡は来ないと思いますよ」

 声を掛けられた二人は体を大きく震わせて、明らかに動揺しているようだ。

「な、なんの事かしら」

「そ、そうね。なんの話をしているのか分からないんですけど」


 演舞の準備のため集まっていた人たちも私たちの子の話し合いに気付いたみたいで、手を止めてこちらに顔を向け始める。綾乃さんも気づいたみたいで静かに近寄ってきて、私の横まで来ると立ち止まった。そのまま二人を見つめる。


 私は一つ大きなため息をついた。

「そうですか。素直に言ってくれれば事を大きくせずにこのまま引き取ってもらおうと思っていたんですが……」

 隣にいる綾乃さんに視線をチラッと向けてまた前にいる二人に戻す。

「??」

 視線に気づいた綾乃さんが不思議そうに私を見てきたけど、その視線に微笑みだけを返した。本当ならここから先の話は聞かせたくなかったんだけど……。


 周りに人が集まって輪になりつつあり、ざわざわとし始める。

「松田さんに北方さんですよね? お二人なんですね綾香さんの亡くなった事件の犯人は」


「な!?」


 目の前の二人はもちろん、隣にいる綾乃さんも含めこの言葉を聞いた周りの人たちからざわつきが消えた。

「向こうで男性二人がすべて話してくれましたよ。すべてはあなた方二人が真ん中で踊るって事の為だけに綾香さんに手をかける計画をして、男性二人がその準備をしてあなた方がそこへ綾香さんを誘い出したと」


「ちょ、ちょっと!! 何を証拠に言ってんのよ!!」

「そ、そうよ!! 言いがかりだわ!!」

「義兄と一緒に私の知り合いの方たちが、いろいろな場所にある証拠を集めてこちらに向かってますけど……それでもお認めになってもらえませんか?」


「あ、当たり前でしょ!!」

「あたしたち、し、知らないし!!」

 改めて二人を見つめる。


――くすっ

「??」

「何がおかしいのよ?」

 私の顔は今すごく嫌な表情をしているに違いない。この人たちはたぶん言っても分からないし認めようとはしないだろうな。そんなことは分かってた。だけど……このひとにはどうだろうか?

「二人とも、このひとの前でも同じこが言えますか?」


「え、そ、そんな……」

「ま、まさかそんな……だって」

 二人の前に現れ始めた薄い霧のようなモノ。それは時間と共に少しずつこくなって行き、一人の姿へと変わっていく。


「「あ、綾香」」


『お久しぶりね二人とも』

 そのひとは二人に優しいい笑顔を向けた。


 その表情とは違い、二人に向けられた言葉は私の肌にも鳥肌が立つほどの、とても冷たい感情に覆われていた。


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