「え~っと……お
光に包まれた俺が戻ったとき、隣には先ほどお願いしてきた少年が何事もなかったように立っていた。どうしたもんか一人で考えるよりも、みんなと相談した方が良さそうだと判断した俺は、自分に割り当てられた部屋の中に荷物を置いて広間の方へと歩いて向かって行った。そこで出会ったのが
――そりゃぁそう言うようなぁ……。
分かってはいたんだけど、言われると少し申し訳なさが込み上げてくる。ここには楽しみに来たはずなんだけど、もうその目的も崩壊したのと同じだから。
「うん。説明は後でみんな一緒の時にするんだけどね。そういえば……君の名前を聞いてなかったよ」
「名前……か」
隣に並んでいる少年は、その質問に考え込んでいるようだ。
「ないの?」
「君たちの言う名前……とは私を呼ぶためのモノなのだろう? なら……無いかもしれないなぁ」
「違うよ!!」
話を聞いていた伊織がツカツカと近づいて来て、少年の前にヒザを曲げて目線を合わせる。
「名前は君自身を表すもの。今ここにいる君の存在の事だよ、ただ呼ぶためのモノじゃないよ」
「ふむ……君はなかなかいいことを言う。では君が名前をつけてくれないか?」
「え!?」
伊織が「困ったよぉ!!」って顔して俺に視線を向けてきたけど、そんな簡単に名前なんて思いつくものでもないし。俺にそんな能力は備わってない。
「な、名前かぁ……う~ん。じゃぁレイジとか?」
「レイジ……か。良いだろう、これから私はレイジだ。よろしく頼む」
「決まっちゃったよ……」
――あれ? そういえば、このコと一緒にいるのになぜだろう嫌な感覚がない。
体は重い状態が続いてるのに、いつもなら
――この子っていったい何だ?
そんな考えが脳裏にうかびつつ、伊織と一緒に広間へと歩いて行った。しかし俺の警戒心はけっこうな勢いで上がっていった。
広間にはソファーに座ってティーカップを手にした市川姉妹の姿しかなかった。俺が言うのもなんだか変な感じがするけど、この二人もかなりの美人さんである。今日の理央はメガネをしているけど、少し短めの黒髪にそのメガネ姿がいつも以上に知性を感じる姿だし、響子は夏休みに入ったからか髪色が明るくなっていてふんわりした軽い髪形になっている。この二人が並んでるだけども絵になると密かに思っている。
「あれ? その子は?」
「なぁに?」
広間に入った俺達を先に気付いたのは理央だったんだけど、すぐに響子もこっちに視線を流した。
「あれ? 二人とも視えてるの?」
顔を見合わせる理央と響子。
「見えるのって……その子の事? ばっちり見えてるけど」
「そうねぇ……三人に見えますけど」
そういうと俺と伊織の前に一歩だけ出て頭を下げるレイジ。
「私はレイジと名前を付けてもらったモノ。よろしくお願いしたい」
「あ、こちらこそ」
「よろしくレイジさん……で、どちら様ですか?」
立ち上がった二人は礼儀正しくお辞儀で返したけど、めちゃくちゃ不思議そうな不審者を見るような顔をしている。突然自分たちに面識のない子が現れたんだから無理もないけど。
「う~ん。今から説明するよ。あれ? みんなは?」
「相馬さんと日暮さんは庭を回ってくるらしいわ。カレンはマネージャーさんから連絡が入って電話してる。お母さんは早速お夕食の準備しなきゃって張り切ってるわ」伊織とレイジに視線を順に移してからまた市川姉妹に戻した。
「実は俺達にもこの子が何者なのか分からないんだ」
市川姉妹の座るソファーまで移動した俺達は、理央の出してくれた紅茶を飲みながら昨日までの事などを話しながら三十分ほどの時を待ち、その場でみんなが集まってくるのを待ってから、自分が知る限りの中でナゼこの子がこの場にいるのかについて話し始めた。
「じゃぁこの子……レイジクンだっけ? どうするの? あなた家とかないのかな?」
「ふむ、家か……ある事はあるけど、今は無いと言った方がいいかな」
「ウチは一人くらい増えるのは構わないよ。ね? お母さん」
「そうねぇ。お父さんの分が減るだけですから全く構わないわよ? それにこの子かわいいじゃない?」
はじき出された格好で俺はソファーのある場所から近い柱に背中を預け寄りかかっていた。分かった事がある。しれは市川家でのお父さんの存在と位置付けだ。
――頑張れお父さん!!
「私はここにいてもいいのかな?」
「「「もちろん!!」」」
――決まったみたいだけど……皆分かってるのかな? この子……やっぱり普通じゃないチカラがある。でもやっぱり[嫌]って感情が湧いてこないんだよなぁ。俺とか伊織がそういう感情にならないって事は、みんなはそれ以上に気持ち的には落ち着いてるってことだろうけど。
一つ思いついた。伊織が座る場所の後ろまで指導して、肩をツンツンと突いた。
「ん? なぁに?」
ちょうどヒザを曲げていた俺と、振り向いた伊織の顔がちょうど目の前の位置で止まる。
――く!! ち、近い!!
「ふわぁ!!」
「ん、っとその、何でレイジって名前なんだ 」
「お、お
「ご、ごめん!! 俺もそう思った!!」
慌てて俺は少し後ろに下がり、伊織はぐるんと頭を戻した。
「ん、名前の事だっけ? そ、その……幽霊の霊とお義兄ちゃんの司を足して
「「「おおぉ~!」」」
カレン以下女子組の皆さんが納得してる感じ。俺はナゼ俺の名前を使うのかよくわからないんだけど。相馬さんが何やらニヤッとする。
――なんか流れ的に嫌な予感……。
「伊織ちゃんってさ……ブラコンなの?」
静まり返る室内と、あれ?って顔する相馬さん。これは分かるね。この静けさなんか久しぶりなような気がする。いつもきゃいきゃいしてるから最近忘れてた。
「ひゃう!! ブ、ブラコンとか…そんなんじゃないんですぅ~~!!」
叫びながら立ち上がって走っていく伊織。
「あ、逃げた」
ぽつりとつぶやく日暮さん。顔を見合わせるカレンと市川親娘。
――なんだこれ……。
「私はどうしたらいいのかな?」
「レイジはそのままみんなと話をしててくれればいいよ」
「ふむ。理解した。そうさせてもらうとしよう」
で、俺はというと逃げていった。いや、走り去って行った伊織を追いかけていく。自分の部屋に割り当てられたところをノックしたけど返事がない。何度かたたいたけどそれでも部屋から反応が無いので、恐るおそる中をのぞいてみる。
伊織の姿は見当たらなかった。そのほかに行くところと言えば、浜辺の見える中庭くらいか。俺はそちらの方に足を向けた。
海の潮の匂いの混じった柔らかい風が顔をなでていく。そんな感覚の中、走って行った伊織を追いかけて中庭まで来たんだけど、その伊織の姿が見当たらない。もう少し浜の方に行ったかもしれないと、浜に続いているだろう道を歩いて行く。少し入ったところに小さくかがんだ女の子がいた。
後ろ姿で分かる。妹だ
「伊織探したぞ!!」
振り向いた伊織は悲し気な表情をしていた。眼に涙がうっすらと溜まっているようにも見える。
「ど、どうした!?」
「お、お義兄ちゃん。これ……」
視線を移していく伊織。その視線に合わせて俺もその後を追う。
そこには草むらの中にポツンと一体だけ石でできた人形のようなものが無造作に横になって転がっていた。
「こんなところに……」
「お
「それはちょっと考えられないというか…。ここは個人所有の土地だからね、その敷地の中にお地蔵さまって普通はないよ。とりあえず一回みんなのところに戻って市川姉妹のお母さんにでも聞いてみよう」
「うん……そだね」
その石でできた物体を掴みに伸ばしていた腕を静かに戻していく伊織。
少しの間二人でその物体を見つめていたあと、後ろ髪をひかれるような感覚にとらわれながら屋敷の中へと戻っていった。中庭と屋内を繋ぐドアを開けようとしたノブに手を伸ばすと、ちょうど向こう側から開けられるところだったようで慌てて腕を引っ込める。
出てきたのは日暮さんだった。
「良かった。伊織ちゃん見付かったんだね」
「あ、うん」
「ごめんなさい。心配をおかけしました」
何も言わずにただ微笑む日暮さん。それから海の方を静かに眺める。
「あ、あの日暮さん」
「はい?」
「何かあったんですか? その……中で」
「ごめんなさい、特に何もないのだけど。私的にはものすごく楽しく過ごさせてもらってるわ。こんなに楽しい夏休みなんて本当に久しぶりだと思う。いつも実家に帰って演舞の練習とかしてたから」
ふふふって感じに笑う。
「なんだか……ここに来た時からなんだけど、誰かが私たちを見てる感じがするのよ。だから少し一人で見て回ろうかと思って出てきたんだ。あなた達が居るとは思ってなかった。なんだかあなたたち
「そうかなぁ? 普通のどこにでもいる兄妹だと思うんだけど」
伊織と二人顔を見合わせる。
「うん、やっぱり不思議だわ。あなた達二人には何か兄妹って感じ以上のモノを感じるもの。それが何かは私には分からないけどね。それじゃまた後でね」
そういうと彼女は浜辺の方へと歩いて行った。
――どうだろうか……。
最近ではあまり考えなくなってしまっていたけど、改めて言われると俺と伊織はちゃんと兄妹に見えているのだろうか……外見は誰が見ても似ていないことは確かだ。性格もどちらかと言えば正反対のような気がするし、頭の良さなんて比べられるようなものじゃない。人気はもちろん伊織の方がはるかに高い。だけど俺達は兄妹なんだ。
「お
伊織から声を掛けられてハッと我に返ると、目の前はもうすぐ広間へと繋がるドアの前まで来ていた。
「どうしたの?」
「え? いや、何でもないよ」
「そうかなぁ? 考え事して悩んでるのは見ただけで分かっちゃううんだからね?」
下から覗き込むように伊織が見上げてくるその顔は、小さい時から良く見知っている女の子の顔で
「??」
「うん。本当に何でもないよ。ちょっとレイジの事を考えてただけさ」
「そう? ならいいけどね」
そしてドアを開けて中へと入って行った。
「ねぇシンジ君」
「なんだよ」
夕飯前に広間に集まってそれぞれに談笑していた時、隣に座っていたカレンから声を掛けられた。
「あのレイジクンだけど、なんだか悪い子には感じないのよ」
「ん、ああ、それは俺も同感だけどね」
「うん。むしろ話を聞いてあげるって感じよりも、聞いてもらってるって感じなのよね」
「うん? ちょっとソレ詳しく」
今もテーブル越しの向かい側では相馬さんと日暮さん、そして伊織を含めた四人が仲良く相槌を打ったりして話し込んでいるのが見えている。
「どう言ったらいいのかわかんないけど、神社とかにお願いしたりするじゃない? あんな感じなのよね」
「そ……そうか!! カレン、時々いいこと言うなぁ!!」
「な!! 時々って何よ!! いつも言ってるでしょ!!」
隣でムキー!! ってネコみたいになってるカレンをなだめながら、向かい側のレイジを見る。なるほど、もしかしたらカレンの言う事もそんなに間違いじゃないかもしれない。
――もしかしたらこのレイジは……でも初めて会った時にレイジは何故あんなことを?
俺はまた考え込んでしまっていた。周りの視線を浴びているとも知らずに。