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第36話 盗らないから


 空の上から眺めること幾年。人々は変わった。争いだけが日常だった幾百年も昔。自分が何かできるとおごり手を出した。それが元で争いが続いていくとも知らずに。


 今は世界の国と言われるところで数々の争いがおこる中、自分はここにたたずんでいる。いや動けずにいる。もう終わらせたいとも思う。誰かこの想いを受け止めて欲しい。


 今はただ眠りたい。 元々いた場所に帰れるとは思っていない。帰る気もない。

 この場所で、この土地で眠りたいただ今はそれだけをこいねが




 わたしは今、とてつもなく心の中につまらなさを感じている。

 カレン事、私と他のみんなで二日間、藤堂兄妹とうどうきょうだいナシで過ごす事になったんだけど……


「なんか……つまんなくない?」

「そうねぇ……」

「二人とも寂しいだけでしょ?」

 少し歩けばこの市川邸が保有しているプライベートビーチに行けるのだが、今日は何か行く気にならない。やっぱりなんか物足りない感じなのよね。だから、この理央りおの言葉にも否定できなかったんだけど、なんだろう? 響子まで黙っちゃったけど。


「ねぇ、カレン……」

「な、なぁに?」

「真司君と何かあったの?」

「え!? な!? えぇぇぇぇ!!? どうして!?」

 響子から振られた言葉に完全に動揺してしまった。

「なんだか…少し前、夏休みに入る前位から様子がおかしいから……かな?」

「べ、別に何もないけど!?」

「「ふぅ~ん」」


――さすが双子だなぁって思う。返事がそろっちゃうんだよね。


「あ、あのね、実はあたしシンジ君と約束してた事があってその話をちょっとしたかな?」

「どんな約束?」

「その……か、カノジョになってあげるって……」

「「えぇぇぇ!!」」

 なんて話をしていたら聞こえてきた音。


ブブブブ ブブブブ ブブブブ


 そろった声を聞いたタイミングで、脇に置いておいたスマホが震えだした。表示されているのはその男の子。慌ててその場の緊張感から逃れるようにスマホを耳に当てる。

「も、もしもし?」

「あ、カレンか? 今って大丈夫か?」

 噂の本人から突然の電話。タイミングがいいのか悪いのか。


――なんだか久しぶりに声を聞いたような気がする。

「え、あ、うん。周りに響子と理央もいるよ」

「そうか、ならみんなに頼みたいことがあるんだけど……」

「え、あ、ち、ちょっと待って!! 今ハンズフリーにするから……」

 スマホから手を放して、二人にも聞いてって感じのジェスチャーをする。

 顔を見合わせてから、頭に[??]を浮かべたまま市川姉妹も近づいて来てスマホから語られる言葉に耳を傾ける。


「い、いいよ!!」

「あ、うん。じゃぁみんなに改めてお願いがあるんだ。――と、いうわけなんだけど……こっちに来てくれないかな?」

 その内容から電話から、この夏初めてにして最後かもしれないイベントが開始されることになった。珍しいことにシンジ君からのお願い。見るだけで色めき立つ響子と、静かに気合の入った理央を見て苦笑いが洩れつつも自分も少し興奮していることに気づいた。


 そして件の事件解決後。

「とりあえずお疲れさまぁ」


バンッ、ババンッ

 一斉に車から降りて別荘へと向かって歩いて行く。

「うん、結構疲れたねぇ」

「結構歩いたからね……あれ?」

「? 理央どうしたの?」

「ううん。気のせいだったのかな? 誰かに声を掛けられたような気がしたから」

 キョロキョロと辺りを見渡す理央。残念ながらここにいるメンバーの中に、ソレらしいものが視えたりする能力がある人はいない。理央はかれていたこともあって、ちょっとだけ敏感みたいだけどあの兄妹きょだいとは比べられないくらいに低い。だから完全に視えているわけじゃない。何かあったらやっぱりあの二人に頼るしかないのが今の私たちの現状なのだ。



 その頃俺と伊織は。

 日暮宅にて二日間の巫女演舞を無事に終えた俺達は、これから市川邸に向かうべくお迎えに来るというので外に出て待っていた。


 お世話になった日暮さん夫妻には、もちろんしっかりと挨拶を済ませてきたんだけど、その時に次回の演舞にもと真剣な顔をした日暮父に誘われた伊織って凄いと思う。普通に巫女さんでいいんじゃないかと思ったりもしたけど、またいつものように「義兄あにの面倒見なくちゃいけないから」とか言って断っていた。しかしいつ聞いてもそれって理由になってないと思う。というか伊織は何かあると俺をダシにしてお断りする。兄としては複雑な心境だ。

 それから俺達の父さんは、初日の演舞を見終わってすぐに二日目の演舞も見たいからと、事件の話を聞く為とか理由をつけて所轄に掛け合ってたみたいだけど、あっさりバッサリ断られたみたいでずっとこっちを眺めながらウチの方へと戻って行った。後でしっかりと撮っておいた動画と画像を、仕事の都合で来れなかった義母かあさんのスマホと一緒に送っておいてやろう。


 そして俺の体調なのだが、治ったような気配がない。どうもこの体の重さの原因は日暮綾香さんのせいではなかったらしい。あの時舞台の上で消えた綾香さんは、自分が亡くなった時の心残りがあの時に解消されたんだと思う。その妹の綾乃さんは演舞が終わった後、人目をはばからず大粒の涙を流していたんだけど、掛けてあげられる言葉を俺は持ち合わせていなかった。

 そして今になっても綾香さんが現れないという事と、この体の重さを考えれば別の事が関係しているんだと推測している。それが何なのかは今は分からないけど。


「お待たせぇ」

 考え込んでいたところに市川家のワンボックスカーが目の前に停まって、中からなぜか我が家のモノみたいな感じのカレンが飛び出してきた。

 その後に苦笑いしながら市川姉妹が降りる。運転席には市川夫人の姿があった。


「わざわざすいません」

 ペコっと挨拶する俺と伊織。

「あらぁ!! いいのよぉ!! 真司君たち兄妹きょうだいの為なら、うちの家族はいつでも全力でサポートするんだから」


――うん、普通に重いです……。

 市川一家から凄い重さの気持ちをいただきました。持ちきれません。


 車に乗り込んで、伊織が乗り込もうとしていると、やしろの方から日暮さんと相馬さんが、凄い勢いでこちらに向かって走ってきた。俺はてっきりお見送りかと思ったんだけど……。


「ふぅ~、間に合ったね綾乃ちゃん!!」

「うん!! 良かった!! あ、市川さんのお母様ですか? この度はお招きありがとうございます」

 何やら車に乗ってきた二人が丁寧に夫人に挨拶してるけど。そのまま席に座ったため自動的に俺達が一番後ろへと追いやられる形になる。


「え、え~っと……どういう事かな?」

「あ、言ってなかったっけ? 私と綾乃ちゃんも一緒に参加することになったんだよぉ。だからよろしくね」

「「……」」


 俺と伊織は無言で顔を見合わせた。とても「聞いてないよぉぉ!!」なんて叫べるような状態じゃなかった。


「はい、着きましたよぉ」

 こちらを振り向いてにっこりとする市川夫人。近くで見ていると確かに響子・理央姉妹のお母さんだなぁって感じる。姉妹に表情がそっくりなのだ。


日暮邸から、きゃぴきゃぴ声が響き渡る車で走る事一時間。途中で一回だけ大きな道に出たけど、それからまたすぐ小道に入り直して林の中を走る事十分。目の前に大きな洋館のような建物が見えてきた。


「ここって……」

「わぁ……おっきぃ」

「お城?」 

 車を降りながらそれぞれが感想を述べる。

それほど大きくてとても日本にいるとは思えない家……ではないな、欧米にでもある様な屋敷が建っている。中世のヨーロッパ風なたたずまいを持つこの建物は、とても個人で所有できそうなものには見えなかった。


――そして気になる事がある……。


「この感じは……」

「お義兄にいちゃんこれって……」

 伊織も感じるようになったみたいだけど、この俺の体が重くなる感覚はこの街に降り立った時から感じてるモノ。それが、ここにきて急に強くなった。近くに影響してるモノがあるのかもしれない。ただ今はそれを探したりするよりも考えなきゃいけないことがある。


――そう……。


「え~っと、すいません。今日からここに泊まるってことですけど、ご主人はどちらに?」

「いないわよぉ」

 何ともあっさりに言い放った市川夫人。

「いないって……男は俺だけって事ですか!?」

「そうですよぉ。あら? あららぁ? なにかまずいことでもあるのかしらぁ?」

 荷物運びしてる俺の近くに、市川夫人が凄く楽しそうで面白がっているような表情をしながら体を近づけてきた。

「いや、べ、別にないですけど。ちょ、ちょっと近いです!!」

「あら、照れちゃってかわいいわねぇ」

「ちょ、ちょっと!! お母さん!!」

 救援を求める俺の眼を感じ取った市川姉妹が夫人を引き離してくれた。


「あら妬いてるのぉ? 大丈夫よぉ。あなたから盗ったりしないから」

「な!!」

「え!? どういう事!! ねぇちょっと!! 理央!!」


「はぁ~」

 結局荷物は残されたままで、俺が運ぶことになるのかとガッカリしたらため息が漏れた。

 俺の部屋は下に当てられたので荷物を持って部屋の前まで移動すると、廊下からスーッと消えていった何かが視えた。そのまま部屋の前に荷物をどさっとおいてそのモノが消えていった方に歩いていく。


「なんだろ?」

 そのまま角まで歩いて行くけど、何も気配を感じない。何も視えてない。

「あれ? 確かに視たんだけ……」


ピカッ!!


 廊下のから窓越しに外に視線を移したときその光が突然目に映り込んできた。

「うわ!! 何だ!?」

 未だチカチカする眼を少しずつ開いていく。慣れるまでもう少しかかりそうだ。



「ほう……まさか私に付いてこれる者がいるとはな」

「あれ? どこから声が……」

 声がする方向へ顔を向けるが何もいない。更に辺りを見回した。

「おい!! 君!! けっこう失礼な奴だな!! 下だ!! しぃ~たぁ!!」

「はえ!?」

 言われた通り視線を下に向けると、目の前には白い作務衣のようなものを羽織った一人の少年の姿があった。


「私は君のような者を待っていたのかもしれないな……」

「な、なにを?」

「私の事が視える者、つまり君をだよ」

「嫌です!!」

 先に言っておかないと、なんだか嫌な予感がする。日暮さんのトコを解決したばかりで、すぐに厄介ごとに巻き込まれたくない。そうでなくてもこの頃は自覚しつつあるのに。

[俺は霊感体質で巻き込まれ体質なのか]って事に。


「あははははははは!!」

「??」

 思ってもみなかった反応が返ってきた。彼は本当に面白そうに腹を抱えて笑っている。


「うん。やっぱり君だな。面白いよ、いや実に面白い。だからお願いする」

「な、なんですか?」

「おや? 嫌なのではないのか?」

「そ、そりゃまぁ」

瞬きしたその瞬間に彼はもう目の前にまで移動してきていた。


「頼む。 もう一人の私を探してはもらえないだろうか?」


――やっぱりこうなっちゃうんだよねぇ……。


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