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第34話 ざわつきを覚えない?

 テスト週間が近付いてる。


 周りの人たちも勉強をしてるかしてないかで雑談したりしてて、学校全体が本格的にテストの雰囲気になりつつあった。


 そういうアタシも月曜日くらいから勉強を始めたし、今日の放課後はつくしと青宮君の三人でお決まりの時間を過ごすつもりだったわけだ。


 ……けど。


「――ごめん、春! 申し訳ないんだけど、今日の放課後勉強会はパス! 急遽外せない予定が入っちゃって!」


 一限目と二限目の授業の間。休憩時間。教室にて。


 つくしは、自分の顔の前で手を擦り合わせて謝ってきた。


 私はそれに対して疑問符を浮かべるしかない。


「外せない用事……? 先生に呼び出されたとか?」


「ううん。そうじゃなくて、ちょっと尾上ちゃんたちと遊ぼうかな、と思って」


 つくしの声が尾上さんに聴こえたんだと思う。


 向こうの方から彼女が申し訳なさそうに小走りでやって来た。


「ご、ごめんね、先川さん……! 今日の放課後だけつくしちゃん借りるね……!」


 申し訳なさそうな勢いそのままに謝り、頭を下げる尾上さん。


 遅れて松島さんと三木さんもやって来た。


「ごめんなー、先川さん。テスト週間もあと3、4日で始まる時期なのに汐里しおりが勉強仲間さらって行って」

「まあまあ、さすがのしおりんもあの人のお願いとあっちゃ断れんわな――っぶ」


 瞬間的に三木さんの口を塞ぐ尾上さん。


『あの人』という言葉に反応してるようにも見えたし、さっきつくしが言ってた『尾上ちゃんたち』なんて言い方も気になる。


 つくしと尾上さん以外に、誰かが絡んでるのかもしれない。


「え、えっと……つくし?」


「ん?」


 アタシが声を掛けるとつくしは反応してくれて、


「さっきつくし……尾上さんたちって言ってたけど……」


「……うん。言った」


「それって……他に誰かいるってこと……?」


 つくし以外にも、尾上さんたちが揃ってる場だ。


 どことなく訊きづらい雰囲気があったけど、アタシは疑問を口にする。


 すると、つくしは尾上さんの方をチラッと見て、目配せを受けた尾上さんは頷くのを確認。


 状況がどういうことなのか、アタシに教えてくれた。


「遊ぶメンバーは全員で4人。私と、尾上ちゃんと、間島君と、それから木下君。A組の男子なんだけど、春は知ってる?」


 知ってる。


 間島君は印象が薄いけど、木下君はすごく明るい人らしくて、よくアタシたちのクラスの男の子たちとも絡んでるのを見る。


 どっちかと言うと、アタシなんかとは無縁の世界の人って印象だ。


 事実、会話したこともなければ、目も合わせたことがない。


 アタシのことを認知されてるかすらも怪しい。


 ……まあ、それはそれで別に構わないんだけど。


「……知ってる。木下君は……こっちのクラスにもたまに来るし」


 頷いて返すと、つくしも小さく頷く。


「だよね。私もその印象強くて、それで覚えてた」


 そんなアタシたちのやり取りを受け、尾上さんが付け足すように説明してくれた。


「一応ね、アタシ吹奏楽部に入ってるんだけど、間島君も同じ部員なんだ」


 同じ部員。そうだったんだ。


「それで、その間島君と木下君がそこそこ仲良しでね。今回私たちも入れて遊ぼうってことになったの」


「こんな時期になぁ」


 松島さんが冗談っぽく意地悪な感じでそっと言う。


 尾上さんは「からかわないで」と松島さんの頭にチョップを入れていたけど、アタシは何か引っかかるものを感じていた。


「ぅ……そ、その……ちょっと……いい?」


 なかなか堂々とはできない。


 場合によっては一線引かれかねないようなコミュ障感を出してしまいながら、おずおずと手を挙げるアタシ。


 それでも、皆何も不快感を出さずに首を傾げてくれた。


 疑問をそのまま続ける。


「遊ぶっていうのは……勉強するってこと……? それとも……言葉通り、本当に遊ぶってことなのかな……?」


 アタシに集まってた視線が、一気に尾上さんの方へ向く。


 尾上さんはそれを受けて、少し焦ったような感じで一呼吸置き、


「勉強じゃないんだ。遊ぶっていうのは、本当に勉強せず遊ぶってこと。4人で」


 だったら。


 そこに松島さんや三木さんが含まれていないのは何でなんだろう。


 訊きたかったけど、なぜかそれを訊くのはダメな気がして。


 アタシは納得したように頷くしかなかった。






●〇●〇●〇●






「――なるほどね。そのせいで、今君は勉強にまったく集中できなくなってる、と」


 ショッピングセンターのフードコート。


 向かい合って座ってるのは青宮君ただ一人で。


 アタシは、テーブルの上に広げた参考書のさらに上で突っ伏すような形になってた。


「…………こんなの集中する方が無理だよ……」


 なんてことも言ってしまう。


 愚痴を聞かされる青宮君からしたら迷惑極まりないかもしれないけど、それでも抑えられなかった。


 彼も彼で、小さくため息をつく。


「でも、それは松島さんや三木さんも誘われてないんだよね? だったら別に君一人が気に病むことなんてないんじゃないか?」


「……そんなのわかんないよ。アタシ、尾上さんたちとそこまで仲良いってわけじゃないから、三人は三人で裏で繋がってるかもしれないし」


 今度は鼻で笑われてしまった。


 全然可笑しくないんだけど……。


「そんなことまで考え出したらキリがないよ? 深く悩むのはある程度までにしておいて、君は君でやることをやるしかないんじゃない?」


「……それで、もしもつくしが間島君か木下君と仲良くなったらどうするの……?」


「そうなったらそうなったまで。深い関係になったばかりの君を差し置いて、他の男の元に行くなら、彼女はそういう人だったってことさ。こっちから背を向けてやればいい」


「はぁぁぁ……」


 深々とため息をしてしまう。


 そんなに簡単な話じゃない。


 もしもそんなことになってしまったら、傷付くどころの騒ぎじゃなくなる。


 また学校に行けなくなって、今度こそアタシは廃人になってしまうかもしれない。下手をしたら一生立ち直れないかも……。


「……やれやれ。まったくだね。ため息なら、つきたいのは僕の方だよ」


「……ごめんなさい……アタシがうざいですよね……」


「うざいよ。姫路さんが羨ましくなるくらいには」


「何でそこでつくし……?」


「そんなの決まってる。勝手に誰かと遊ぶだけでそこまで先川さんを悩ませる姫路つくしって存在が、妬ましく思えるから」


 言って、青宮君もシャーペンを置き、参考書の上に肘を突く。


 テスト勉強をしに来てるのに、アタシたちはまるで集中できていない。ダメダメコンビだった。


「……しかしねぇ……」


 ため息交じりに青宮君が口を開く。


「人間関係の悩みというか、拗れというか、そういうものは尽きないね。気にしなかったらいいと言われればその通りなんだけど」


「気にしないでいられるのができたら誰も苦労しないよ。まあ、アタシは人一倍考えこんじゃう性格だと思うけど……」


「だね。それは言われなくてもわかってる」


 即座に言われて、アタシは思わず小さく笑ってしまった。ですよね、と。


「わかってるんだけど、さ。もう、僕も前々から訊こうと思ってたこと、この際訊いちゃっていい?」


「いいよ。何?」


「会話の流れに全然関係ないことだけれど」


「うん。いいよ」


 アタシが了承すると、彼はふざけた声を出して、わざとらしく咳払いした。


 何それ、って感じ。


「単刀直入に訊く。君は、僕を見ても胸にざわつきを覚えない?」


「……え?」


「男子になって男子を恋愛対象として見てしまうようになった。それなら、僕のことを一度でもそういう目で見てしまったことはない?」


 ――そう訊きたい。


 青宮君の問いかけを受けて、アタシは口をポカンと空け、彼のことをジッと見つめるばかりだった。


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