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第35話 君が僕を変えてくれた

「僕のことを一度でも恋愛対象として見たことはない?」


 いきなり考えてもいなかった質問をされてしまった。


 テーブルに突っ伏すような体勢なのは、アタシも青宮君も同じで。


 続いていた会話がそこで途切れてしまう。


 返答に困った結果、アタシはどうしようもない苦笑いで返した。


「……前もしてこなかったっけ? その手の質問」


「したような気がするね。君と姫路さんの仲が拗れていた時」


 だらけた体勢はやめた。


 ちゃんと起き上がって、青宮君の方を向く。


 彼も起き上がり、アタシの方をジッと見つめてきてくれる。


「青宮君、言ってたはずだよ? ズルいことはあまりしたくないって」


「だね。それも言った」


「今そういう質問してくるの、ちょっとズルいんじゃない?」


 アタシが言うと、彼はこっちを見つめたまま頷いて、


「でも、思うんだ。いつだったらズルくないのかな、ってさ」


「……え?」


 疑問符を浮かべてしまう。


 青宮君は続けた。


「これは昨日宣言したばかりだけど、君と姫路さんの仲をめちゃくちゃにしたい願望なんて僕に無いし、誰かの大切なものを奪ってまで自分の欲求を満たしたいなんて気持ちも無い」


「……だったら、さっきの質問は矛盾してるんじゃ……?」


 彼は首を横に振る。


「矛盾はしていない。別に、僕は姫路さんから君を奪おうとしていないからね」


「……でもそれは――」


「奪うんじゃなくて、拝借するっていうのが正しいのかもしれない。今みたいに、君とこうやっていられる時間がもっと増えないかな、って。昨日あんなことを言いながら、まだ僕は心の奥底で願ってるみたいだ」


「……」


「軽蔑してくれて構わないよ。何なら、ここまでの告白をしたんだから、嫌われても仕方ないとさえ思える。拝借するって、君の捉え方によっては叩かれていてもおかしくないからさ」


 ――うん。


 アタシは頷く。


「最初のセリフ聞いた瞬間は本当に軽蔑しかけたけど、後の言葉でなんとか持ち直した。拝借って、アタシのこと借りて好き勝手するみたいじゃん。都合のいい相手、みたいな感じで」


「そういう意味でもないんだけど、そういう意味として捉えられてもおかしくないね。ごめん」


 無表情のまま、青宮君は頭を軽く下げた。


 そのまま続ける。


「どうしたらいいか、とはずっと悩んでるんだ。言葉で君と姫路さんの仲を応援するとは言ってみても、なかなかそれ通りに気持ちが行ってくれない」


「……」


「いっそのこと、君以外の誰かと仲良くなろうかとも考えたんだ。だけど、それは先川さんとの距離を作ることでもあるし、あからさま過ぎるのも嫌でね。そもそも、女子ウケの悪い僕が、君以外の女の子から好かれるとも思い難い。結局そこに行き着くんだ」


「……そんな女子ウケばかり気にしなくてもいいんじゃない? 男子も狙うとかは?」


 珍しく苦笑いをする青宮君。


 今のこのやり取りが本音だってわかる。


 普段はここまで表情を、感情をぐらつかせない。彼は。


「ハードルが高いね。僕が良くても、相手が無理なパターンが多いよ。同じ男子は」


「……まあ、そっか。だから、なおさらアタシだと都合が合うんだ」


「そう……なのかもしれない。少し気持ち悪い言い方をすると、だけど」


 会話が途切れた。


 続く言葉を紡げず、アタシは何気なく別の方を見やる。


 ここのフードコートはそこそこ広い。


 アタシたち以外にも勉強してる人は何人かいた。


「……で、話を戻していい?」


「……ダメ……ってことにしておかない?」


 アタシが別の方を向きながら言うと、彼は即座に返してきた。「どうして?」と。


 そんなの決まってる。


 決まってるけど……明確な理由はどうにも口にしづらかった。


「……アタシは……今やっとつくしと付き合えてるから……かな?」


「……そっか」


 また、少しの沈黙が流れて、青宮君がそれを破る。


「……色々、難しいね」


「…………うん」


 頷いてみせるけど、その色々っていうのがそれぞれ何を明確に指し示しているのか、アタシにはわからない。


 ただそれでも、断片的には何となくわかる。


 何となくわかっていたものが、アタシを頷かせていた。


「……ねえ、青宮君?」


「……ん? 何かな?」


 彼がアタシの方を見つめて、軽く首を傾げる。


 その瞳は、ハッキリとアタシに言いたいことがあるのを示していて。


 けれど、それが具体的に何なのか、絶対に訊けなくて。


 ギリギリのラインで保たれているアタシたちの関係は、踏み込んだやり取りで一気に崩壊してしまう。


 諸々を承知の上で、アタシは続けた。


 ここで黙り込んでおくのはズルい。


 青宮君に、ひどいくらいの我慢を強いてしまう。


 そういうのは、人として、友達として、絶対にあってはいけないと思うから。


「……これ以上、今アタシはあなたと深入りするような話をしない方がいいってわかってるんだけど、それでもこれだけは、敢えて言わせて欲しいんだ」


「……何だろう?」


「アタシは、君のことも好き」


 一瞬、時が止まったような感覚になる。


 青宮君の無表情が、ゆっくり、少しずつ崩れて、動揺の色が灯って。


 アタシもそれを眺めるみたいにして、彼を見つめながら続く言葉を言うのにためらってしまう。


 ただ、それでも、と。前に進んだ。


 苦笑交じりに続ける。


「だって、そうじゃなかったら、つくしがいないのに二人きりで勉強しようだなんて思わないよ。これは嘘じゃない。本当のこと」


「……っ」


「こんなこと言うの、もしかしたら偉そうかもしれない。好意を向けられてるからって、調子に乗ってるように見えるかもしれない。でも。だけど、アタシは――」


「――いや」


 アタシの言葉を遮るように、青宮君は首を横に振った。


 顔はうつむかせていて、はっきりと表情が見えない。


 さっきみたいに苦笑いはしてなかった。


 でも、だからって、いつもの無表情ってわけでもない。


「偉そうでも、調子に乗ってるようにも見えやしないよ。安心して欲しい」


「……よかった……って。これも言っていいのかな?」


「いい。別に、僕にそこまで気を遣うことはない。もっとストレートに感情をぶつけてくれたって構わない。君は優しすぎるんだよ」


「……そんなこと――」




 ――ある。そんなことある。




 顔を上げて言い放った青宮君の声は、普段からは考えられないほど大きくて、力がこもっていた。


 周りの人がチラホラこっちを見てる。


「だけど、僕はそんな優しい君だから好きになった。本ばかり読んで、どうしようもなかった僕に唯一声を掛けてくれて、その行為を好奇心だと勝手に笑い隠して、さも偶然のように歩み寄って来てくれた」


「……青宮君……」


「大袈裟かもしれないけれど、世界が変わったんだ。君は、僕を確かに変えてくれた」


 また。


 さっきみたいに。


 アタシは彼へ対して、自分の存在がそんなに大きいものじゃないと。


 否定しようとしていた。


 ……だけど。


 それは、あくまでもアタシの考えでしかなくて。


 青宮君の中のアタシは、言葉の通り大きいものなのかもしれない、と。


 反省するように思った。


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