言葉で誰かへの好意を諦めると言っても、それはたぶん、諦められていない。
自分の気持ちで諦められる踏ん切りがつかないと、口で何を言っても無駄なんだ。
それは、仮に自分がそういう状況に陥っても、言えることだと思う。
今のアタシは逆で。
実際に、傍で青宮君を見ていてそう思った。
――君のことが好き。
一番初め。
青宮君が真剣に告白してきてくれた時のことを思い出す。
もちろん、何度もアタシへの好意を口にしてくれる今だって、冗談を言ってるようで、きっとそれは不真面目なモノじゃない。
だとしても、あくまでも一番初め。
彼は『好き』という言葉の前にこう言ってくれた。
『こんな感情を抱いたのは初めてで、もしかしたらこれから先も君以外の人に対して思わないかもしれない』
……と。
好きだ、という言葉に隠されていた、青宮君の大切な気持ちだと思う。
もしも、アタシに好きな人がいなかったら、あのまま告白されたタイミングで付き合っていたのかもしれない。
付き合ってからの生活はなかなか想像できないけど、きっとそれはそれで楽しいんだろうな、とか考えたりする。
青宮君とのデートは、古本屋とかに行ったりするのかな。
ちゃんとはわからない。
つくしがいるから、その辺を深く想像したことがなかった。
「――さてと。じゃあ、今日はここまでにして帰ろうか」
向かいの席に座って勉強してた青宮君が、それまで黙り込んでたアタシに対してそう言ってくれる。
黙ってたと言っても、そこはアタシも勉強してたから何も喋ってなかったわけで。
ただ、色々会話してた最初と比べたら、アタシたちの静かさは天と地ほどの差があった。
勉強してたのは、あくまでもアタシが逃げただけ。
青宮君は何か話し掛けて欲しそうにしてたけど、どんな会話をしたらいいのか途端にわからなくなった。
彼といてここまで気まずくなるのは初めてかもしれない。
それくらい青宮君の想いが本物だって思い知らされた。
「……ねえ、先川さん?」
前後に並ぶようにして歩いていると、前から青宮君がアタシに声を掛けてくる。
思わず体をビクつかせてしまった。
このまましばらく無言だろうと思ってたから。
「な、何……かな?」
ぎこちなく返すと、彼は歩きながら、けれどもアタシの方へ振り返って続ける。
「この後、すぐに家へ帰る?」
アタシは頷いた。
だって、勉強しないといけないから。
「もしかして、僕といるのは嫌?」
「……え……?」
心臓が重たく跳ねた。
青宮君を見てる目が見開く。
思わず立ち止まりそうになった。
「なんとなく気まずいし、僕の求める答えなんてあげられないから、とか。そんなこと考えてくれてたりするのかい? それとも、シンプルに嫌われてるとか」
「ち、違っ……! そうじゃないよ……! そうじゃなくて……!」
「どの部分の推測が違ってる? 全部? それとも一つ? 二つ?」
「……気まずいってところ以外」
アタシがボソッと言うと、青宮君は軽く吹き出して笑う。
笑わせるつもりなんて一ミリも無くて、あくまでも真剣なのに、って感じ。
「なるほど。今、僕と一緒にいるのは気まずいんだ」
「……なんか、そういう風に言えるの、さすが青宮君って感じだね」
「どういうこと?」
「図太いなーって」
皮肉っぽく言ってあげる。
けど、彼はそれに対して特に思うところなんて無いみたいで、面白そうにしていた。
「……けど、初めてかも。青宮君がそうやって吹き出したりするところ見るの」
「うん。僕もあんまりそういう経験無いね。先川さんといるとこういうことばかりだ」
「……なんかキザっぽいセリフが出てきそうな雰囲気……」
「だね。キザっぽいこと言おうとしてる。先川さんはいつだって僕の初めてを奪ってくれる運命の人なんだ、って」
「『キザ』というより『キモ』だった……」
「ふふふっ……! そういうストレートな罵倒も、君からなら傷付かない。優しさが内包されてるのを知ってるから」
なんかいつの間にか元の雰囲気に戻って来てる気がした。
アタシの方も緊張感が取れて、思わず笑んでしまうくらい。
「どうですかねー。アタシ、案外こう見えて非情なところはありますから。青宮君にだけ」
「いいじゃん。僕にだけ、っていうところに君の優しい所が溢れてる」
「えぇ……?」
可笑しなことを言うなぁ……この人……。
「だって、僕以外の人には基本的に優しいってことだ」
「……え」
「そんなの、惚れないわけがないよね。地球上に君より優しい女の子がいるとは思えない。うん」
「い、いや、ツッコミどころ満載だけど、一応アタシ、今男の子ですからね……?」
「知ってるよ」
「知ってるんかい」
じゃあ、何で女の子って言った……?
呆れるようにしてアタシが苦笑いしてると、彼は出入り口の自動ドア前に立って、こっちを見ながら言ってくれる。
「体が男子になっていても、君の心が女子でいたいと願うなら、僕は先川さんのことを女子だと思って接する」
「またキザシリーズ……」
アタシが毒突くように言うと、青宮君は首を横に振った。
「キザシリーズじゃなくて、先川さん第一主義者と言って欲しい」
「やっぱり青宮君、今日テンションおかしいよ」
「おかしくないよ、大丈夫。先川さんへの好きが溢れてるだけ」
もうアタシは敬礼した。
自転車置き場のところで立ち止まってハッキリと言う。
「無表情で告白してくるのも不気味だったけど、そうやってちょっと笑み交じりなのもまた不気味だって勉強になった! ありがとう!」
「どういたしまして。やっぱりお互いに学び合える関係っていいね。僕は先川さんと一緒にいると『ときめく気持ち』を勉強できる」
「イヤァァァ……!」
わざとらしくドン引きの仕草。
それを見て、青宮君は声高らかに笑った。
本当、初めてだ。
こんなに笑う彼を見るのは。
「でも、ありがとう先川さん」
「……まだ何か……?」
「そんなに警戒しないで欲しいけど、うん」
また青宮君は笑んで、
「こんな僕と一緒にいてくれて」
そう言ってくれた。
正直、彼からこの言葉をもらうのは初めてじゃない。
初めてじゃないけど……。
「……アタシも……ありがとう。傍にいてくれて」
今までで一番刺さってた。
アタシの気持ちに、グサリと。
渋々感を出しつつも、気持ちは本気。
青宮君が、アタシの中で大切な人になってるのは本当だ。
つくし程とまではいかないけど。絶対に。そこは絶対。
「……よし。ということで前置きが長くなったけど、ちょっと君を連れて行きたい場所があるので、今からそこへ行こう」
「は、はい……? 連れて行くって、今から……?」
とっさにアタシはスマホの電源を入れて時間を確認する。
時刻は19時に近い。
「青宮君電車は? 今からどこかへ行って、家に帰れるの?」
「わからない」
「わ、わからない……!?」
何を言ってるんだこの人は……!?
「わからないってどういうこと!? 家に帰れないじゃん、それだと!」
「そうなったら君の家に泊まる」
「バカなこと言わないでってば! 無理だよ、そんなの! 絶対に無理! つくしに言いつける!」
「じゃあ、そうなったら姫路さんと戦う」
構えを取る青宮君。
アタシは叫んだ。
「つくしとアタシの仲を引き裂きたくないって言ったの青宮君じゃん! ダメ! 絶対!」
「そいつは困ったな。じゃあ、野宿でもするしかない」
「……そこまで……? そんなに行きたいんだ……その場所へ……」
頷く青宮君と、それを見てため息をつくアタシ。
すぐに続けて家に帰るよう促そうとするけど、アタシが喋るのを青宮君が真剣に止めてくる。
彼の視線の先に、アタシはいなかった。
見ているのは遠い向こう。
アタシの背後。
「……先川さん……見ない方がいい」
「……? 何言って――」
言いながら、アタシの振り返った先。
瞳に映ったのは、つくしが男子にキスをされてるところだった。