昼休み後の4限。
それが終わった5限との間の休憩時間。
約束通り、松島さんはつくしを引き連れてアタシの元へ来てくれた。
「春ちゃん。言ってた通りつくし連れて来たから、どっか別のところ行こっか」
にこやかに言う松島さんだけど、連れてこられたつくしは狩人に捕まった動物みたいで、逃げようともがいてる。
向こうの方で別の友達と会話してる尾上さんも、こっちが気になって仕方ないみたいな感じだった。
今がチャンスだ。
5限までの時間は10分ほどで、たくさん話すことはできないだろうけど、大切なことは訊けると思う。
松島さんも協力してくれてるんだし、ここで動かないとダメだ。
アタシは頷いて席を立った。
そんな折につくしと目が合って、
「……春……いつの間に松と手を組んでたの……?」
と、冗談っぽい涙目で問いかけてくる。
もっと深刻な感じかと思っていたけど、どうもそんな雰囲気じゃない。
少し拍子抜けだったものの、気まずいよりかはマシだ。
アタシは軽く頬を掻きながら、
「……昼休み……かな?」
と答えた。
つくしは歯ぎしりして、
「ほんとはアタシも一緒に食べたかったのに……」
なんて言ってた。
それを聞いた松島さんはため息をつき、
「まあ、色々聞くよ。つくしは今、とにかく反省するこったな」
「反省って、そんな私は――」
「はーいはい。いいからいいから。別の場所でな? ここでごちゃごちゃ言うと、周りの奴らも聞いてるから」
「っ~……」
何か言いたげなつくし。
でも、そういうスタンスでいてくれてたなら、アタシとしてはすごく気が楽になった。
つくしは、昨日のことがあって塞ぎ込んでる。
きっと、キスしていた男子とのことで、アタシに隠したいことがある。
アタシへの好意が揺らいでる?
なんて思って悲しくなってたから、ホッとしたような、変な感じ。
こんなに冗談っぽいなら、どうして朝はアタシのことを避けてたんだろう。色々勘繰っちゃうじゃん……。
「春ちゃんよ。言っとくが、許すのはまだ早いぞ? 他の男とキスする裏切者には、しっかり話を聞かないとダメだ。すぐに許したら次も不貞行為に走る」
「は、はい!? 松、何言っちゃってんの!? 別に私は――」
「はいはい。行くよー。なんかあんたのお仲間もそろそろこっち来そうだしねー」
仲間っていうのは、たぶん尾上さんのことだ。
遂に友達との会話を切り上げて、こっちへ歩み寄ってきた。
「ちょ、り、里緒菜!? つくしちゃん連れてどこ行くの!? それに先川さんも――」
「汐里、ちょうどいい。あんたも来な? 私が直々に色々問い詰めてやる」
松島さんが言って、尾上さんは動揺する。
有無を言わせなかった。
尾上さんの動揺が消えないうちに、とんでもない爆弾発言を松島さんが繰り出す。
「木下のことで、変につくしを巻き込んでるみたいだからさ」
「「――!」」
つくしと尾上さんが同時に体をビクつかせた。
やっぱり、松島さんの言ってたことは本当らしい。木下君絡みで色々変なことになってるみたいだ。
「あと、巻き込んでるといえば、汐里? 春ちゃんも色々悩ませてるの、自覚しときなよ?」
「……っ……」
「というわけで、行く。汐里も来て」
松島さんが歩き出し、つくしは引きずられ、アタシと尾上さんはその後ろをついて行った。
●〇●〇●〇●
「――そんで、汐里? あんた、テスト週間目前のこの時期に何をしてるの?」
松島さんの問い詰めが、いつもアタシとつくしの使ってる空き教室で始まった。
ここを便利に利用してるのはアタシたち二人だけかと思っていたから、ちょっと今後は気を付けないといけないかもしれない、なんて考えつつ、生唾を飲み込む。
「……な、何って……別に変なことをしてるつもりは無いと思うけど……?」
ぎこちなく返す尾上さん。
松島さんはそれを聞いてため息をつき、
「質問にちゃんと答えなって。変なことしてるつもりは無いとか、そんなことは訊いてない。つくしを使ってこの時期に何をしてるのかって訊いてるの」
「つ、つくしちゃんを使って……って……」
そのまま尾上さんは押し黙ってしまう。
「だってそうだよな?」と松島さんが切り出した。
「つくし。聞けば、あんたには好きな人がいるらしいじゃん?」
「え!?」
黙り込んでいたつくしが驚きの声を上げた。
うつむき気味だった顔も上がり、丸くさせた目を松島さんに向ける。
松島さんは、呆れるようにして首を横に振り、
「それなのに、誰の指示も無く木下や間島と遊びに行ったりなんてしないよな? 汐里からのお願いを聞いた。そんで、仕方なくって感じだろ?」
問われ、チラッと尾上さんの方を見るつくし。
事実として、つくしが木下君と間島君の二人と遊んだのは、尾上さんに誘われたからだ。
それをすぐに認めればいいのに、なぜか視線を下にやって、
「……松? あの……春と何を話したのか、私には詳しくわからないけど、空気読んでね……?」
……空気?
一瞬、アタシは疑問符を浮かべてしまう。
その短いセリフですべてを察するのは無理な気がする。
少なくとも、アタシにはつくしの言ってることの意味がわからなかった。
空気を読む……?
それは、これ以上突っ込んだ質問をしないで欲しい、ということなのかな……?
「……何? それって、あんたと春ちゃんのこと? それとも、汐里とのこと?」
「……尾上ちゃんとのこと。これ、結構複雑だから」
複雑って。
つくしの言い方に、モヤッとした思いが生まれた。
でも、それはアタシ一人じゃない。
松島さんも感じ取ってくれたみたいだった。
「複雑って、だったら早く何があったのか春ちゃんに教えてあげたら? 朝もだんまりで、つくしは春ちゃんのこと大切に思ってないわけ?」
「……松にそんなこと言われたくない。春のこと、一番わかってるのは私だから」
わかりやすく松島さんは舌打ちをした。
「わかってるんだったら、キスの件がどういうことなのか、早く春ちゃんに教えてあげなって言ってんの! 黙ったままやり過ごせるとでも思ってる?」
つくしの表情が一変した。
怒気を孕んだ松島さんの声と同じように、怒りの色がつくしの顔にも浮かぶ。
でも、浮かんでいたのは怒りだけじゃない。
焦りのようなものもあって、つくしの傍にいた尾上さんは、呆然としながら疑問符を浮かべた。
「……キス……? どういうこと……?」
バツが悪そうにしながら視線を下にやり、やがて松島さんを睨み付けるつくし。
「松……ほんとにあんた最低なことした……!」
松島さんは、そんなつくしを見て鼻で笑い、
「最低なことって? 木下とキスしてたこと、まだ汐里に言ってなかったんだ? 最低なのはどっち? 春ちゃんにも隠そうとして、汐里にも隠そうとしてたんだ、あんた」
「だって、あんなの事故以外の何物でもなかったんだよ!? どこまで昨日の状況のことを知ってるのかわからないけど、少なくともアレは私の意思でしたものじゃない!」
真剣に言うつくしは、松島さんの方も見ていたけど、アタシの方もジッと見つめながら言ってくれた。
……でも。
じゃあ、それが朝の段階でアタシに言えなかったのは何でなんだろう……?
「――言えなかった理由は決まってる!」
つくしがアタシの心の声を読むようにして訴えてくれる。
……けど。
「……やっぱり。そうだったんだ。木下君は……やっぱり……」
「――! お、おい、汐里!?」
松島さんの声が響く。
アタシたちに背を向け、尾上さんが空き教室から出て行った。
追いかけようとして、松島さんが出入り口の方を見やるけど、そのタイミングで休憩時間の終了を知らせる鐘の音が鳴った。
大事なところだったのに。
「……っ。なあ、つくし? わかってると思うけど、今日の放課後、勝手なことはさせない。私と、春ちゃんに全部洗いざらい話してもらうぞ?」
松島さんが言って、つくしは少し間を作った後、小さく頷いた。
それから、アタシの方をそっと見つめて、
「……本当にごめんね、春。私、あれからずっと謝ってばかり」
こんなことを言ってくれるのだった。