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第40話 頼れる松島さん

「へぇ~、なるほどね。つくしが木下か間島か、どっちかわからない男子とキスしてたんだ。なるほどなるほど」


 会話に熱を入れ過ぎてるのかもしれない。


 いや、松島さんに甘えてる?


 どういう表現をするのが正しいのか、わからないけど。


 アタシの話すことを何でも聞いてくれて、優しく受け止めてくれる松島さんは、なんだか聖母か女神か、そんな存在のように思えた。


 ある程度言っちゃいけないことのラインは守りつつ、アタシは松島さんに色々打ち明けていた。


 開けたままのお弁当にはしばらく手を付けていない。話してばかりだ。


「そうなんです……。なのに、つくしはアタシへちゃんとしたことを教えてくれなくて、挙句の果てには尾上さんに連れて行かれて、また今も木下君と間島君の二人を交えてお弁当を食べてる。なんかもう……頭がおかしくなりそうなんです。ぐるぐるぐるぐる良くないことばかり想像しちゃって」


「いやぁ、でもそいつは仕方ないよね。大事なつくしが木下か間島に取られそうなんだし。気持ちはわかるよ、すっごくさ」


「一応、LIMEのメッセージは送ったんです。昨日のこと、放課後でよかったら聞かせて欲しい。放課後が無理なら家に帰った夜にでもまた、って」


「ふんふん。それで、返信は?」


「返って来てないです……。既読は付いてるのに……」


「えぇ~? つくし、既読付けてんの~? あいつ、ほんと何考えてんだ~?」


 アタシの持ってるスマホ。


その画面へ顔を近付けながら、眉をひそめてくれる松島さん。


 やれやれ、と呆れながら嘆息していた。


「アレかね? 既読を付けたのはいいものの、たまたまタイミング悪く誰かにスマホを見られそうになってポケットにでもしまったか。それとも返す言葉が思いつかなかったか。今、春ちゃんと会話したくないか」


「っそ……! そ、そんなことつくしに思われてたら……正直死ねます……」


 顔をうつむかせながらアタシがそう言うと、松島さんは小さく笑った。


「死ねる、かぁ」と。


「何々? さっきから敢えて訊かなかったんだけどさ、もしかして春ちゃん、つくしにガチ恋してる感じ?」


「……へ……!?」


 うつむかせていた顔を勢いよく上げてしまう。


 本当、反射的にそうしてしまった。


 きっと表情にも動揺が表れてたんだと思う。


 すぐさま松島さんの顔にはイタズラな笑みが浮かんで、


「あ~、もういいよ。大丈夫。その顔見せられて一発でわかったから」


「え……!? あ、あの、ちょっと……!」


「へぇ~、そっかそっかぁ~。春ちゃん、つくしにお熱かぁ~。これはスクープですなぁ~。校内新聞が沸き立つぞ~」


「い、いや、アタシは――」


 言葉を続けようとしたところで、松島さんがアタシの唇に指を押し当て、


「しー……。別に私は他の誰にもこのことを言うつもりはないから。安心して?」


「っ……」


「そもそも、人の恋の形はそれぞれっしょ? 前から薄々そんな気はしてたし、実を言うとすっごい驚いたってわけでもないんだよね。私」


 囁くように言って、ウインクしてくる松島さん。


 何となく思ってしまった。


 この人、実は裏でかなり女の子からモテてそうだ、って。


「ていうか、ワンチャン両想い? つくしもさ、私たちといるといつも春ちゃんの話すんの」


「……え……」


 そう……なんだ。


 渇いていた胸の奥が、じんわりと潤うような感覚。


 嬉しかった。


 つくしが、松島さんたちといる時もアタシの話をしてくれてるなんて。


「ほんとだよ? 『今日は春がね~』とか、『春が昨日は~』とか、なんかずっと春春春だもん」


「え……えぇぇ……」


 顔が熱くなる……し、状況が状況だから、涙が出そうだった。


 ニヤケてしまいながら、アタシは顔をうつむかせて目元を隠す。


 ただ、そんなことをしても、松島さんにはすべてアタシの気持ちなんてお見通しかもしれない。


 微笑むようにして、話の続きをする。


「何なら、つくしの方が春ちゃんに矢印かと思ってた。女子だけに限った話じゃないけど、同性での恋って厳しいぞー、でも応援するぞー、みたいなスタンスだったよね。私も、加奈だって」


「み、三木さんまで……」


 恥ずかしいお話です。


 気付かないところで、松島さんたちはつくしとアタシの関係を推測してたみたいだ。


 しかも、その推測が結構当たってるっていう……。


「そういうわけだからさ。今さら感? 春ちゃんがつくしのことを一方的にラブだとしても、二人が付き合っていても、超ド級の驚きではないわけ。スクープだね、ってのも冗談。安心なされい」


「…………は、はい」


 アタシが弱々しく頷いたところで、彼女はクスッと笑った。


「敬語もやめな? 私たち、同級じゃん?」


「あ、は――……じゃなくて、……う、うん」


「うんうん。よろしい」


 満足げに頷いて、松島さんはアタシの頭を撫でてきた。


 距離感、近いなぁ。


 でも、今はその近い距離感も安心に変わる。


 何度も言うけど、本当に松島さんに惚れてる子何人かいそう。女の子で。


「ただなぁ……。なんか、今回の件はごめんね? 木下とか間島とか、男子二人組のこともあるけど、まずはウチの汐里が迷惑かけたよ。本当にさ」


「え、い、いや、う、ううん……! それは……松島さんが謝ることじゃないと思うし……アタシは尾上さんに対しても怒ってないというか……」


「怒ってなかったとしても、嫌な気持ちには今なってるじゃん? そういうの、全部木下とか間島とか含めて、つくしを誘った汐里が悪いよ」


「……そんなこと……」


 アタシが口ごもっていると、松島さんは首を横に振った。


「そんなことあるんだよ。あの子、普段は真面目で気配り上手だけどさ、いざテンパったりしちゃうと一気にダメになるんだ」


「テンパる……?」


 どうして尾上さんがテンパるんだろう。


 男子に慣れてないとか……?


 木下君と間島君がいるし。


「うん。……まあ、何て言うか……。春ちゃんだけに秘密を暴露させるのもフェアじゃないから教えてあげる」


「……?」


「汐里の奴ね、実は木下のことが好きなんだ」


「え……!?」


 驚く。


 じゃあ、もし仮に昨日の夜、つくしにキスをしていたのが木下君だったとしたならば、それはかなりの修羅場に発展するのでは……?


 アタシの思惑を感じ取り、松島さんは頷きながら続けてくれる。


「そしたらまあ、昨日の夜、つくしにキスしてた奴が誰かって話になってくるじゃん?」


「う、うん……」


「これ、私が思うに、たぶん木下なんじゃないかなー、って予想する」


「……!? な、何で……?」


 動揺しながら疑問符を浮かべるアタシと、腕を組んで眉をひそめる松島さん。


「難しいもんだよな。この木下がね、つくしのことを好いてるんだよ。6月にあった運動会がきっかけだったらしい」


「え、えぇぇ……!?」


 全然知らなかった…………けど。


 つくしが男子から好意を抱かれるのは仕方ない気もする。


 あんなに可愛くて、男子が苦手とは言っても人当たりが良かったら、好きになる人がいても不思議じゃない。


 何でなの、っていう気持ちと、そうだよね、っていう気持ちが混在してる。


 複雑で複雑で、どうしようもなかった。


 思わずアタシもその場で腕組みしてしまう。


「だからね? 木下の奴がめちゃめちゃ勇気出したんだろうな、って感じ。よくやるなー、とは思うけど」


「……よくやるな……どころじゃないよ……」


「だよね。次の日に学校で噂が広まってて、とか考えないのかい? とは言いたい。ますますつくしと付き合えなくなりそうなのに」


「……」


 複雑過ぎる思いのせいで、アタシは続く言葉を上手く口にすることができなかった。


 そのタイミングで、昼休み終了5分前の鐘が鳴る。お弁当はあまり食べられてない。


「つくしからはメッセ返って来た?」


「え……? あ……」


 言われ、スマホのメッセージ履歴を見るけど、そこに新規のものは何も無かった。


 アタシが首を横に振ると、松島さんは何かを強く決めたようで、アタシの手を握りながら頷いた。


「わかった。じゃあ、後で空き時間に私と一緒につくしんとこ行こ?」


「一緒に……?」


「うん。私も春ちゃんに加勢したげる」


 松島さんの言葉は、すごく頼れるもので。


 アタシは、彼女のことをジッと見つめたままお腹の音を鳴らした。


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