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第39話 かしこまることないよ

「つくし……! ご、ごめん、ちょっといい……?」


 朝。


 教室に入って、カバンを自分の席に置き、真っ先につくしの元へ行く。


「は、春。おはよ。どうかした……?」


 どことなくぎこちない。


 やっぱり、昨日のことが頭にあるのかも。


 直接聞くのは勇気がいる。


 だけど、ここで二の足を踏むわけにはいかなかった。


 意を決するようにして、アタシは言葉の続きを口にする。


「訊きたいことがあるの……。さすがにここじゃ無理だから……いつもの空き教室……行かない?」


 アタシの提案を受けて、つくしは一瞬言葉を詰まらせ、やがてチラッと別の方を見る。


 そこには、尾上さんがいた。


 彼女も、少し不自然にアタシたちの方を見てる。


「……ごめん。先にどんな話なのか、こっちから訊いてもいい?」


「えっ……?」


「あ……えっと、ほ、ほら。なんか春、神妙な感じだし。私としても気になるというか……」


 二つ返事でオーケーされるかと思ってた。


 少し戸惑ってしまう。


 どんな質問か。


 直接的な表現はどう考えてもできない。


 どんな言い回しがいいか、5秒ほど考えて、アタシはつくしに伝える。


「昨日のこと……かな? 尾上さんたちと遊んでどうだったか……みたいな」


「……あ、あぁ〜。尾上ちゃんたちと遊んで、かぁ〜」


 明らかにいつもとは違うつくし。


 動揺が見て取れる。


「でも、それってここで話してもよくない? わざわざ空き教室まで行くことかな?」


「え……?」


「あ、私、まだ今日の授業の予習できてなくてさ。何だったら春、教えてくれない?」


「えっ、で、でもアタシ……」


「ていうか、昨日は私がいない間に青宮君と二人きりで勉強してたんでしょ〜? 妬けちゃうな〜」


 誤魔化そうとしてる。


 たぶん。本当に何となくだけど。


 つくしはアタシが訊こうとしてること、推測できてるんじゃないのかな。


 木下君か、間島君か。


 二人のうちのどちらとキスをしたのかはわからない。


 やっと同じ気持ちで悩みを共有できたばかりなんだ。


 問題なんてもう起こらない。


 何もなくて、アタシはただ変わってしまった自分の体に向き合えばいい。


 そう思っていた矢先にこれだ。


 有耶無耶になんてしたくない。しちゃダメ。


 逃げようとして、作り笑いを浮かべるつくしを見つめる。


 そして、アタシは自分の席までメモ用紙とペンを取りに行って、つくしの席まで戻ってから、訊きたかったことをその紙に書き込んだ。


「は……春……?」


 疑問符を浮かべるつくしだけど、アタシはそれを無視してひたすら文字を書く。


 書き切ったものをつくしに見せた。




『昨日、いったい誰とキスしてたの?』




 つくしの表情が一気に強張る。


 青ざめてる表情なんて初めて見るかもしれない。


 ふるふると首を横に振って、つくしは何かを否定しようとした。


「ち、違っ……は、春……! ていうか、やっぱり見て……」


「……うん。見てた。たまたま。青宮君と勉強してた帰りに」


「っ……」


 唇を噛み、泣きそうな表情になるつくし。


 訳アリなのは明白。


「……お願い。何も隠して欲しくないよ。あったこと、何でそうなったか、ちゃんとアタシに教えて……?」


「は、春……」


「アタシ……つくしを信じてるから……」


「……!」


 挙動不審気味だったつくしの視線が、ようやくちゃんとアタシと合った。


 これで全部を話そうと決心が固まったような、そんな表情だったのに、だ。




「さ、先川さん……? どうかした……? つくしちゃんと何か揉めてる……?」




 尾上さんがアタシたちの元までやって来て、問いかけてくる。


「う、ううん。……揉めてはない、です。ただ、つくしに訊きたかったことがあっただけで……」


「えっと……何かな? 訊きたかったことって。差し支えなかったら教えてもらえる?」


 どうして?


 即座に頭の中で疑問符と文字列が浮かぶ。


 尾上さんは、アタシとつくしの仲には関係のない人だ。


 アタシの訊きたかったことなんて教える義理は一つもない。


「……っ」


 あなたには何の関係もない。


 突き放すような、そんな一言が気兼ねなく言えたらどれだけ楽だろう。


 でも、アタシにそんな勇気なんてあるはずがなくて。


「……ごめんなさい。ちょっと言えなくて……」


 控えめにこんなことを言って、ただ身を引くしかなかった。


 最悪だ。


 せっかくつくしにキスのことをちゃんと訊こうと思ってたのに。


「は、春……!」


 走り去るアタシを呼び止めるように、背から声を掛けてくるつくしだけど。


 立ち止まれるはずのないアタシは、そのまま教室から出て行くしかなかった。






●○●○●○●






 その後、教室から出はしたものの、アタシは朝のホームルームに間に合うよう席へ戻った。


 つくしは何か言おうとしてこっちを見てくるけど、始まるホームルームと挨拶に流され、ちゃんとアタシの名前を呼べない。


 一限の授業の合間には、こっちからまた声を掛けようとしてみるけど、尾上さんがつくしを守ってるみたいで、なかなか話しかけられなかった。


 本当に何でなんだろう。


 尾上さんの行動理由がわからない。


 邪魔しないで欲しかった。


 嫌な感情が頭の中を埋め尽くす。


 本当に色々うまく行かない。


 自分が呪われてるんじゃないか、と思うほどだ。


 体が男子化したところから、つくしと付き合えたのはよかったけど、色々と他の問題が発生し過ぎてる。


 何でもかんでも青宮君に相談するっていうのもできない。


 昨日のことが首を絞めてた。


 彼も彼で、アタシのことを考えながら色々悩んでる。


 近いようで、距離があった。


 どうしたらこの距離を本当の意味で詰められるんだろう。


 難しい……人間関係って。


「……はぁ……」


 時間は流れて、昼休み。


 アタシは、一人で体育館裏の日陰でお弁当を広げてる。


 つくしは、尾上さんが奪って行った。


 別のクラスの教室かどこかで、木下君や間島君も含めた4人でご飯を食べるらしい。


 久しぶりのぼっちだ。


 アタシの本来あるべき姿。


 男子化して間もない時も、こうやってむなしく昼ごはんを食べてたっけ。


 ストーカーしてくれてる青宮君も今日はいない。


 ストーカーと言っても、すごく粘着してくるってわけでもないから。


 基本的に、アタシはつくしがいないとぼっちなのだ。


 友達も、二人以外いない。


 根暗で、思ったことや言いたいことも、よっぽどのことがないと言えない。


 そんな人間……。


「…………ぐすっ」


 気付けば、勝手に涙が出てくる。


 もっと器用だったら、色々他の人に頼れて、上手く生きていけてるのかな。


 わからない。


 人が周りにい過ぎるのも、アタシにとっては疲れる種にしかならないかも。


 そう考えたら、本当にどうしようもないなと思う。


 口の中に入れたウインナーは、いつもより味が淡白なように感じた。


「……いいや。ゆっくり食べて、ギリギリで教室戻ろ……」


 すぐに食べて戻ってもどうせ一人だ。


 それなら、いっそのことギリギリでいい。


 つくしにはLIMEのメッセージを送って、夜に電話をかけてみよう。


 そう思い、スマホの電源を点けた矢先だった。




「寂しそうな昼ごはんだね、春ちゃんやい」




 背後からいきなり声を掛けられる。


 びっくりして、思わず持っていたスマホを地面に落としてしまった。


「あっ! おいおい、大丈夫か? 画面割れてない? 驚かせちゃったか!」


 そこにいたのは松島さんで、落としたスマホとアタシのことを心配してくれる。


 浮かべていた涙も焦って袖で拭いた。


 なんでこんなところに彼女がいるんだろう。


「ご、ごめんなさい。びっくりするつもりはなかったんですけど……」


「いやいや、謝んなくていいよ。なんか色々朝から大変そうだったから。心配だったんだよね。春ちゃんのこと」


 春ちゃん。


 アタシは、基本的につくし以外の人から名前で呼ばれることはない。


 だから、その呼ばれ方には慣れないものがあった。


 少し気恥ずかしくて、でも嬉しい。


「まあまあ、とりあえずさ。横いい? 今は私一人だけだし、ちょっくら話さない?」


「え……」


「ああ、もちろん嫌ならいいよ? 断られたってなんだコイツ! なんて思うこともないし、いきなり話しかけたのは私だからね」


 いつもの元気な口調とは違う、優しいものだった。


 突然話しかけられて驚きはしたけど、会話するのを断るとか、そんなことまではしたくない。


「……お願いします。お話、させてください」


 アタシが頭を下げると、松島さんは笑った。


 そんなに畏まることないよ、と。


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