「……お邪魔します」
何だかんだつくしがアタシの部屋に来るのも久しぶりかもしれない。
いや、でもたぶん実際にそんなことはなくて。
一週間も経っていない、五日ほど前に来てくれてる。
すごく時間が経ってるように感じるのは、きっとアタシが心底寂しかったから。
そして、その寂しさは、アタシをとんでもない行動に駆り立てた。
「っ……!」
アタシは、気付けば玄関扉を閉めたばかりのつくしに抱き着いていた。
許可も何も取らない、本当に自分勝手なハグ。
罪悪感は当然湧いてくるけど。
でも、欲しかったつくしの匂い、温もり、感触が、全身から伝わってくる。
ようやくアタシの元につくしが帰って来てくれた。
もう、絶対にどこへも行かせない。
つくしはアタシだけの大切な存在。
木下君とか、そんな人は何も関係ない。
つくしをこの部屋の中に閉じ込めて、完全に、絶対的に、独り占めしたかった。
抱き締めている手に自然と力が入る。
もしかしたら、つくしは痛がるかもしれない。
でも、その痛みさえも我慢して欲しいと思うアタシはどうしようもない。
これはつくしに対するちょっとした罰。
アタシの元から離れて、唇を男子なんかに明け渡した罰だ。
「……春……」
つくしは少し苦しそうにアタシの名前をポツリと呼ぶだけで、それ以上何も言わない。
なぜか嬉しくなった。
つくしを征服できているような気持ちになって、嬉しさを覚えてる。
それはどう考えても危険な思考でしかないわけだけど、今はそんな『おかしい』と思える理性すらもかなぐり捨てたい気分だった。
「……つくし……」
「……!? は、春……!?」
普段だったら絶対にやらない行為。
剥き出しになっていたつくしの首筋に、アタシは歯を立てる。
「んっ……! んんぅっ……!? は、春……やめっ……! あぁっ……」
当然つくしは抵抗するわけだけど、男子化して無駄に付いた力を活用する。
アタシはつくしの抵抗を静かに抑え、淡々と首筋に歯を立て続けた。甘噛みを繰り返す。
「はぁ……はぁ…………はる……やっ……やぁぁ……」
「…………嘘」
「ふぇ……?」
アタシの呟きを聞いて、つくしが息絶え絶えの中、疑問符を浮かべる。
焦らすように噛むのをやめて、また噛んで、アタシは言葉の意味を囁くように口にした。
「……つくし……本当はやめて欲しくないんでしょ……?」
「……!」
つくしの体がビクッと震えた。
気持ち悪がられないか。
いつもだったら絶対に言えないセリフで、状況に酔ってる今だからこそ口にできた言葉だったけど、思いのほかわかりやすい反応が返ってきてゾクゾクしてしまった。
にやけるのを我慢できない。
半笑いになってるのをつくしに悟られないようにしながら、アタシは続けた。
「……最初からこうしておけばよかったのかも。首筋に噛み痕とか、キスマークとか、たくさん付けてたら、木下君もつくしにキスできなかったんだよ」
「そ、そんなこ――んひゃぁぁ!」
「……そんなことあるよ……? きっとそうなの……。つくしが誰のモノなのか……ハッキリさせておけばよかった……」
程よい力で、ぐりぐりとつくしの至る所へ歯を立てるアタシ。
首筋だけだったそれは、気付けば耳にまで達していて、何度も何度も柔らかい耳たぶを噛み付けていた。
「あっ……あ……あぁぁっ……」
思わず小さく笑ってしまう。
つくしは恍惚状態になっていて、ぼんやりとした声を口から意図せずに漏らすだけになってる。
足腰が震えてるのもわかる。
今までにないくらい体の奥がズクズクした。
耐えられない。
つくしが可愛くて、アタシはにやけるのを止められない。
「つくし……可愛い……可愛いよぉ……」
「うぅ……あっ……は……はる……はる……」
「いつからそんなに……つくしは弱くなったの……? 前までは……アタシのことをいつも引っ張ってくれて……頼りになってたのに……」
「ん……うぅっ……あぅぅ……」
「もう……まともに返事もできなくなってる……。ふ、っふふふっ……! で、でもいいよ……それでいいの……つくしは……それでいい……」
これも、もっと早くに気付くべきだった。
オドオドして、いつもつくしの後ろをついて歩くだけだったけど、本当はもっとアタシだって責めてよかったんだ。
責められるつくしは、こんなにも弱くて、こんなにも可愛くて、こんなにもこうなることを望んでいた。
頑張ってたんだと思う。
頼りないアタシを守ってくれようとして必死だったんだ。
だから、訳のわからない木下君の押しにも負けた。
毛色の違う、思った以上に強かった押しに。
「――きゃっ……!?」
……だったら、もう今日でそれもおしまい。
木下君がそうやってつくしを篭絡しようとしたなら。
アタシは、彼以上のことをして、つくしを絶対に逃がさないようにする。
そうだよ。
そうだったんだ。
アタシの体が男子になった理由。
それは、たぶんつくしが他の男子に取られないようにするため。
恋愛嗜好で男子を好みやすくなったのはよくわからないけど、とにかく体だけはきっとそう。
つくしを逃がさないための力を神様がくれたんだ。
だったら、それを使わない手はない。
安直でいい。
今は、こんなにもゾクゾクしてる。
つくしに夢中になってる。
アタシはホモじゃなくなりつつある。
前みたいに、つくしへの想いを100%にできつつある。
「――んむっ……!?」
抑えるものはない。
我慢することもない。
アタシはつくしを押し倒し、そのままキスをした。
唇と唇が触れ合うだけの半端なやつじゃない。
舌を絡ませ合うような、そんなもの。
こんなの、たぶん木下君はつくしにしなかった。
惜しいなぁ。
この場に木下君を呼びたい気分。
好きな人が、目の前でどうしようもないくらいのキスをしていたら、彼はどんなことを考えるんだろう。
嫉妬でおかしくなる? それとも、悔し涙を流すかな?
想像するだけで笑える。
笑えるけど……。
木下君には、これだけ伝えておきたい。
「んんんっ……! は、はっ……!?」
「だめ……逃げないで……つくし……」
「んぶっ……!」
――元々、つくしはアタシのだよ。
あなたのものじゃない。
いつから勘違いして手を出してもいいと思っていたのか気になるけど、正真正銘アタシのなんだ。
はっきり教えてあげないとなぁ……。
どうしたらいいかなぁ……。
やっぱり、キスを目の前で見せる……?
それとも、直接は厳しそうだから、色んなことをしてるところ、動画に収めて見せつけるとか……?
あぁ……早く木下君の困惑する顔が見たい……落ち込む顔が見たい……。
……絶対……ぜったい……ぜっっっっったい……。
つくしはあなたにも、他の誰にも渡さない。
アタシだけのもの。
アタシだけの……。
「……つくし……脱がせるよ……?」
●〇●〇●〇●
もしかすると、ホモになったはずのアタシは幻想で、何かの間違いで起こった思い違いみたいなものだったのかもしれない。
それくらい、アタシはつくしとの行為に本気になれた。
ただ、完璧に男女としての行為を済ませたわけでもなくて。
体温を絡ませるような抱擁と、キスと、それから熱を確かめ合うだけのことをしただけ。
純粋なセックスなんて、アタシたちにはあまりにも眩しい。
歪んでいて、狂ってるような愛情の確認行為。
それだけ。
だけど――
「……春……好きだよ……」
つくしは、行為の後にアタシへ好意を伝えてくれながら、そっと抱き着いてきてくれる。
それを受けて、アタシも同じように返すだけ。
「もう……絶対に他の人と二人きりにならない……。私には……春しかいないって……気付かされた」
だって、つくしはこんなにも可愛いんだから。
「――……うん。アタシも」
……アタシも、絶対につくしを離さないよ。
……絶対に。