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第44話 そうでもない

 この土曜日と日曜日、つくしはアタシの家に泊まっていた。


 テスト週間が始まったから、勉強会をするために、というわけでもない。


 金曜日の夜にあんなことがあって、アタシたちの距離は前以上に縮まって。


 だから、その流れでなし崩し的に二日ほどいた、という感じだった。


「……ねえ、春? もう寝た?」


 すぐ傍。


 同じベッドで寝ようとしているつくしが、囁くような小さい声で問いかけてくる。


「……ううん。寝てないけど、もうすぐで寝ると思う。電気消してるし、明日は月曜日で学校あるから早起きだし」


 アタシも、囁くようにして返した。


 二人きりで、特に普通の声で喋っちゃいけないなんてことはないけど、アタシたちをそうさせているのは、きっと部屋の中の電気を完全に消しているからだと思う。


 それか、眠りに落ちそうで、お互いに気を遣っているからかも。


「……テスト週間なのに、ごめんね。こんなお泊りなんかしちゃって」


 唐突に謝ってくるつくし。


 最近のつくしは、本当にアタシへの謝罪が多くなった。


 ここらでちゃんと言っとかないといけない。


「……ねえ、つくし?」


「……? 何、春?」


 言葉を返してくれたところで、アタシはつくしの手に触れる。


 体の向きも、仰向けだったところから左を下にして、完全につくしのことを見つめる体勢になった。


「……最近、アタシへ謝ることが増えたね。前までだったら、アタシの方がよくオドオドして謝ってたのに」


「……え?」


 一瞬で戸惑いのわかる声音。


 アタシと壁の両方に挟まれている真っ黒なつくしは、いつもより小さく見えた。


「……あ、あはは……。そこ、ツッコまれるとは思ってなかったなー……。確かに謝ってること増えた。自分でも言ったしね、私」


「……うん」


 どうして?


 とは、敢えてこっちから口にしない。


 ただ、何も言わずにつくしから話してくれるのを待った。


「……そうだなぁ……。それはそれで事実だとして、何でなのかはちゃんとアタシにもわかんないんだ……」


「……そう……なの?」


 つくしはちゃんと自分で自分のことをわかってると思ってた。


 それで、何も隠さずにアタシへ話してくれる。


 そんな風にこっちは考えていたから、残念だった


 つい声のトーンを落とし目にしてしまう。


「……けど、それはちゃんとした答えが無いってだけ。こうじゃないかなぁ、みたいな漠然とした答えはもちろんある」


「……それ、教えて欲しい」


「いいよ。いいけど、これを隠さずに言うと、春を傷付けちゃうかもしれない」


「それなら、なおさら聞きたい。ここまで来てうやむやにされたら、そっちの方が気になって仕方なくなるから」


 触れているつくしの手へ軽く力を込める。


 すると、つくしもアタシの手を握り返してくれた。


 握り返してくれながら、クスッと小さく笑う。


「なんか私、今つくしのこと翻弄してる感すごいね」


「……別に今だけじゃないよ。ずっと。アタシ、ずっとつくしに振り回されてる」


「それはどうしてでしょう?」


 からかうように言ってくるつくし。


 アタシは、冗談っぽく拗ねるようにして返した。


「ずっとつくしのことが好きで、どうしてもアタシは下手に出ちゃう性格だからです」


「ふふふっ。なるほどなるほど。でも、困ったことに私はそんな春が大好きなんだなぁ、これが」


「……性格悪いですね」


「ね。我ながら性悪女だなぁ、ってすっごく思います」


 楽しそうに自己評価を下すつくしを見て、アタシも気付けば笑ってしまっていた。


 性悪って。


「……まあねー……あんまりもったいぶるのも良くないから言うけど、私が謝ってばかりなの、春のことが大好きだからなんだ」


「…………それだけじゃ説明つかない気がするけど?」


 毒づくように言うアタシだけど、つくしはそれを聞いて「えー?」といたずらっぽく囁いた。


「それは違うよ」と続ける。


「そこはさ、春が断定するの間違いだよ。私の気持ちを100%理解してるのは私だし、何よりも今の私は春に嘘なんてつかないからさ」


「……けど、大好きって言葉はあまりにも大雑把な気がする。もう少し細かく具体的に説明して?」


「うん。それはするつもり。私もこれだけで説明を終えるつもりは無かったからね」


 言って、ゴロンと春が体勢を変えた。


 右を下にしてこっちを見ていたところから、仰向けになった。


「元から春のことは好きだったけど、ほら、私たち自分の気持ちを打ち明け合ったのは最近じゃん?」


 アタシは頷いて返す。


「好きって想いを雲隠れさせられてた時はね、私無敵だったの。春もオドオドしてるし、私は私のやりたいように春と向き合える。調子に乗ってたって言ったらわかりやすいかな? 私、半分春のことを玩具みたいにしてたの」


「……ひどい……」


「あはははっ! 言い方! いや、確かにひどいんだけどさ! あはははっ!」


 コソコソ、ボソボソ喋り合っていたところから一転、つくしはツボに入ったのか、大きめの声で笑った。


 アタシは一人で頬を膨らませる。


 全然面白くないし。


「まあまあ、言葉の綾ってやつだよ、春。玩具って言ったけど、それは都合よく面白半分でいじったり、自分のためにりようしてたわけじゃない。あくまでも私の場合、スキンシップみたいなものだったから」


「……その玩具扱いのスキンシップにアタシは毎回毎回ドキドキさせられてたんだけど……?」


 拗ねながらアタシが言うと、つくしは悶えるような声を出してもう一度こっちの方を向いた。


 それから、アタシのことを抱き締めてくる。


「春のそういうとこ、たまんない。可愛い。好き」


「……むぅ」


「……ふふふっ。少しだけ前の春に戻ってくれたみたい」


「……? 前のアタシ……?」


 それは……いったいどういうことだろう。


 疑問符を浮かべると、つくしはアタシに抱き着いたままボソボソと続けた。


「想いを打ち明け合って、最近の春は何となく強くなった……というか。前よりも堂々としてる。それが私を弱くさせた原因だと思ってる」


「……え?」


 困惑してしまった。


 そんなの、こっちからしてみれば全然そんなことなくて。


 アタシは、ずっと変わらずアタシのまま。


 反射的にそのことを口にすると、つくしは「ううん」と首を横に振った。


「それは、あくまでも春がそう思ってるだけだよ。強くなんてなってない。変わらずに自分は自分のまま、なんてね」


「……っ」


 そう言われてしまえば、反論の余地も無かった。


 アタシは黙り込んで、つくしの話す続きを聞く。


「自分がこうだと思ってても、相手からすれば全然そんなことない。人それぞれ価値観に沿ってそういうすれ違いがあるから、色々違和感が発生する」


「……」


「春は変わった。男の子になった見た目と一緒に、心も気付かないうちに強くなってる。それが、私に気後れさせてる。こう言うと当てつけみたいだけどね」


「……でも、それがつくしの本音なんだよね?」


 問うと、黒いつくしのシルエットは頭を縦に振った。


「ごめんね。これが私の本音」


 ……言われて、何となく気付いた。


 確かな本音は、ある時だとアタシに安心感を運んでくれて、ある時にはなんとも言えない痛みを運んでくれる。


 世の中の仕組みと同じだ。


 いい気持ちばかりを感じることはできない。


 悪い時。つまり、痛い時だって絶対にある。


 何でもそういうものなんだ。


「……なら、それを聞いて……アタシはどうしたらいいのかな?」


「……ん?」


「変わったアタシのせいでつくしを気弱にさせちゃってるなら、アタシは今後どうしたらいい? 嫌だよね? こんなままだなんて」


 問うて、頭を縦に振られるものだとばかり思っていた。


 でも、そうじゃなくてつくしは――


「……ううん。それがそうでもないんだよね」


 真反対。


 首を横に振ったのだった。


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