「それは……別にそうでもないんだよね。春は今のままでいい」
深夜0時。
真っ暗な部屋の中、アタシとつくしは、ベッドの上で横になって小さな声でやり取りしてる。
「……でも、今のままのアタシだったら、つくしは気後れしちゃうんじゃないの? アタシが男子になって、自分では全然そんなこと思わないけど、精神的にも強くなったから、って」
「そうだね。気後れするし、春は強くなった。だけど、これ以上また変わる必要なんてないし、元に戻ろうとかもしてくれなくていいんだ」
「……それ……ちょっとよくわかんない。どういうことだろ……?」
つくしの言ってることが理解できなかった。
アタシが変わった。
それなら、話の流れで言えば、つくしの関わりやすいと思えるアタシに戻る、みたいなことなんじゃないのかな、と思ったけど……。
困惑してしまう。
つくしは、アタシにどうなって欲しくてこの話をしたの……?
疑問符が浮かんだ。
「んー……なんていうかね。言い方が悪かったのかも。私、春に元に戻って欲しい、みたいなニュアンスで喋ってたかも」
「……うん。そんな風にアタシも捉えてた。違うの……?」
「違うよ。だって、今の春のこともアタシは何だかんだ好きだから」
「……?」
横になったまま首を傾げる。
でも、この仕草はつくしに見えてるのかわからない。
小さく笑って、アタシの好きな人は話しを続けてくれた。
「気後れしちゃうのは、君のことをどうしようもないくらいかっこいいとか、可愛いとかで見ちゃうからだぜ?」
「……え……?」
「オドオドしてる春とは違う魅力を放ってる。進化した、とでも言うべきかな? ほら、親が成長した子どもを見て『立派に育ったなぁ』って感動してるのと同じ」
「ん……んんん……?」
「今はその成長具合に私の方がついて行けてなくてドギマギしてるんだけどね。早くカッコ可愛くなった春に慣れなきゃだ。ふふふっ」
楽しそうにクスクス笑うつくし。
でも、アタシはそんなつくしの言葉をスムーズに受け入れられなくて、どことなく恥ずかしいような、むず痒い思いをしていた。
「……つくし。やっぱりそれは違ってるよ。だってアタシ、そんなにカッコ可愛いとか言われるほど変わった自覚ないし」
「もー、だからね、それはさっき言ったでしょ? 春が変わったと思わなくても、アタシからしてみれば変わったと思えるし、実際変わったの。体だけじゃなく、心も」
「えぇ……?」
「もちろん、私だって悪い変化は受け入れられないよ? 春が変にチャラくなったとか、悪い遊びを覚え始めたとか、そういうの。それだったらこっちも全力で止めるし、お願いする。元に戻って、って」
言われ、アタシは手を横に振る。
そんなことは絶対に起こりえない、と。
「チャラくなるとかはないよ。アタシだし。っていうか、オドオドしてるのは何だったら今でもな気がするし……」
「ふふふっ。たまにね。でも、何となく頻度は減ったし、頼もしくなった」
「……かな?」
問うと、つくしは「うん」と答えてくれる。
「男の子らしくなった、とは言いたくないけど、そんな感じで、もっと言うと、男の子らしくない男の子らしさが春には感じられるから好きなの」
「……これまた難しい表現。男の子らしくない男の子らしさ、って何……?」
矛盾してるように思えるのですが……。
「女の子らしい男らしさ。春だけが出せる、私でも受け入れられる優しい男の子らしさ、ってところかな……? マイルド男子スメルが出てますなぁって感じですよ」
「……??? んー……。でも、ちょっとだけ意味がわかるような……」
「あははっ。ちょっとだけわかってくれたらいいよ。それだけで充分。私の言うことはいつだって謎に包まれてるのだー」
言って、うりうり、とアタシのお腹を唐突に触ってくるつくし。
それがくすぐったくて、思わず体を丸めてしまった。
変な声も出る。
つくしは、どこか吹っ切れたみたいな声音で続けた。
「まあ、ね。ともかく、今回の件は私が全面的にごめんなさいしないとダメだった。尾上ちゃんのこともあるとはいえ、最低だよ。キスをしてきた木下君を生かしたままにしてるなんて」
「……い、生かしたままなのは生かしたままでいいと思うけどね……?」
その反対語の行為をしてしまったら捕まってしまうので……。
バイオレンスなつくしも見たくはないし。
「言い訳っぽくなるけど……私、色々気を遣い過ぎてた気がする。大切なことを反故にして、尾上ちゃんのことばかり考えてた」
「……うん」
「一番は春なのにね。せっかく恋人同士になれたのに、自分でも思うよ。いったい何してるんだろう、って」
「……まあ、木下君とのキスの件は……なかなか許せるものじゃないよね」
正直に言うと、つくしは即座に謝ってきた。
「ごめん」と。
「……けど、ごめんじゃ足りない気がするよ。これ、逆の立場だったら私耐えられてる自信ない」
返答に困った。
だよね、とか。
そう言いたい気もするけど、それはそれで自信過剰な感じだし。
曖昧に頷いて、アタシは言葉を返す。
「……一応、すぐ近くに尾上さんはいたんだよね? だったら、アタシも今なら少しくらいは理解できる……かも。つくしが一瞬キスを拒まなかった……じゃなくて、拒めなかった気持ち」
「ううん。いたのはいたけど、そんなの関係ない。そもそもの話、尾上ちゃんの誘いも受けるべきじゃなかった」
「……え?」
つくしの顔がアタシの方へ向けられる。
暗闇に目が慣れてきていた。
薄っすらとつくしの表情が読み取れる。
真剣な、そんな顔な気がした。
「……その……ね。あれは……もしかしたら脅しの意味もあったのかもしれないんだけど……」
「……?」
「前、図書室で青宮君も含めて勉強会してたじゃん? 放課後」
頷く。
してた。
三人で。
「その時、実はたまたま尾上ちゃんも図書室の中にいたみたいで、私たちは気付かずに色々話しちゃってたんだ。春が男子になったこととか」
「……え」
頭の中に漂っていたボーっとした眠気が一気に吹き飛ぶ。
目が冴えて、冷や汗が浮かんだ。
「嘘……だよね?」
願うようにして問いかけるも、つくしは小さく首を横に振って、
「嘘じゃない。本当のこと。尾上ちゃん、後日私に訊いてきたの。先川さんが男子になってるのは事実なのか、って」
「そ、それ――」
言葉を口にしようとしたところで、つくしはアタシが喋るのを遮り、
「大丈夫。そこはちゃんと誤魔化した。春が男子になったことは言ってない」
「あっ……。そ、そうなんだ……だったら……」
「……けど、もしも尾上ちゃんが本当は春が男子になってるってことを未だに信じてたら……」
「……へ……?」
空気が凍り付いた。
安心したところから一気に奈落へ突き落されたような気分。
「……春。やっぱり私、明日すぐに尾上ちゃんのところ行ってみる」
「……そ、それアタシも行く。行って、自分でも否定しないと」
なんて話し合ってるところで、遅い時間なのにアタシのスマホがバイブした。
誰かからメッセージが入ってきたらしい。
画面を見ると、表示されていた送り主の欄には、松島さんの名前が挙がっていた。
「……松島さんからだ。どうしたんだろ……?」
「え。何? こんな時間なのに」
言って、つくしが横から距離を縮めて、アタシの持ってるスマホの画面を見ようとしてくる。
二人で並んで、一緒にメッセージ内容を見た。
「「……え」」
そこには、木下君と話をしてくれた三木さんのことが書かれていたんだけど。
びっくりしたのは、月曜日の昼休み、つくしとアタシ、それから松島さんを交えた4人で話すことを木下君が提案してきたことだった。