「本当に申し訳ない。貴重な昼休みなのに、こうして集まってもらって」
そこに集められていたのは、普段あまり揃うことのないおかしなメンバーだった。
「それはいいんだけどさ、何でここに話し通してもらった加奈がいないわけ? 木下、あんたが来るなって言った感じ?」
松島さんが強気に質問して、木下君は「いや」と手を横に振る。
アタシとつくしは、そんな二人のやり取りをまずは傍観していて、旧校舎のはずれに4人でいた。
向こうの方から微かな声はするけど、人気は無い。
秘密の会話をするには絶好の場だ。
「松島さん。君と、それから先川さん、姫路さん。三人のことを三木さんは塾で話してくれて、僕が皆と会話がしたいって言ったら、彼女は自分から身を引いたんだよ」
「何て言って?」
「『あんまり大所帯になると、話したいこと話せなくなる』」
「……何それ? 加奈、気遣い過ぎ。ほんとのこと?」
「嘘なんてつく必要ないだろ? それから、こうも言ってた。『私はまだ先川さんのことも詳しく知らないから』ってね」
話を振られ、ずっと松島さんの方へ向いていた木下君の視線がアタシへ注がれる。
アタシは、とっさに彼から目を逸らしてしまった。
恥ずかしい……もあるけど、それだけじゃない。
どことなく怖かった。
いつも交流してるわけじゃないし、彼は何よりもアタシの被っている殻を強引に、無遠慮に破ってきそうな雰囲気があったから。
「……そりゃまあ、確かに加奈は春ちゃんと直接二人きりで会話したことないかもだけど……」
松島さんもアタシの方を見てくる。
口には出せなかったけど、個人的に思った。
三木さんの反応というか、発言は実際普通で、松島さんが人との距離を詰めることにおいて長け過ぎてる。
彼女と話すようになったのは、ほんの一日二日前の話だ。
松島さんが普通の人なら、アタシという存在は謎に包まれていて、ただつくしと仲のいいだけの人で終わってた。
こうしてこの場に集められることもなかったはずだ。
「……まあいいか。加奈とはまた後で春ちゃんも交えて話すよ」
え……。いきなり……?
サラッと言ってくれるから困惑するけど、松島さんは木下君のことを見据えながら続けた。
「それで、今日はどういうことがあって私たちをここに呼んだわけ? 色々とメンツがおかし過ぎるんだけど?」
「うん。まあ、おかしいね。僕自身、ここまでのことになるとは思ってなくて困惑してる」
「そりゃなるっしょ。つくしに突然キスなんてしちゃったらさ」
あまりにも堂々と、何気なく言い放つ松島さん。
アタシはもちろんだったけど、つくしも隣でギョッとしていた。
いくら何でもいきなり過ぎる。
「は、ははは……。さすがは松島さん。知ってることをガンガン言ってきてくれるね……」
「別にこんな場なんだし、今さら隠すこともないじゃん? そもそもあんただって私たちが色々知ってるのを把握してるから、今日こうして呼びつけたんでしょ?」
「ま、まあね」
苦笑いの木下君。
松島さんは呆れるようにして続けた。
「だったら何を今さら。つくしのことが好きってのも別に誰にも言わないからさ、安心して色々話しなよ。ウジウジ黙ってられる方が困るし。私たちからしても」
「……了解」
決心したように木下君は返した。
一呼吸置いてから、改めてつくしの方を見やる。
「じゃあ、松島さんがありがたく色々言ってくれるから、俺も君に色々伝えることにするよ、姫路さん」
言って、「いや」と彼は首を横に振り、
「言いたいことは先川さんにもあるかな。……ちょっと色々びっくりだった」
「……!」
話を振られて、アタシは思わず後ずさりしてしまった。
――色々びっくりだった。
その言葉は、いったい何を指してのモノなんだろう。
つくしと付き合ってること……? キスしてたのを見てたこと……?
それとも――
「……色々びっくりだったって、何が?」
ハッとした。
心臓の鼓動を早くさせながら動揺していたところを救うように、つくしが木下君へ問いかけてくれる。
「……えっと、それはね――」
「言っておくけど、知ったばかりのことで簡単に春を否定だけはしないで。そんなことされたら、さすがに私怒る」
凄むつくし。
それを受けて、木下君は焦りながら返していた。
「否定はしないよ。そうじゃなくて……うーん。これは何て言えばいいんだろうな」
「そもそも木下は加奈から何て言われたの? ただ、私が話したがってるって伝えられただけ? ……いや、でもそしたら春ちゃんは呼ばれてないか」
「三木さんからは、姫路さんと先川さんが付き合ってるってことを教えてもらった。俺が驚いたのはそのことだよ」
木下君のセリフを聞いてつくしは一瞬動揺してたけど、アタシは内心ホッとしていた。
あのすべてを穿ったような木下君の言い方。
アタシが男子化したことを見抜いたのかと思った。尾上さんから教えてもらってたりとかして。
「それで、あんたは居ても立っても居られなくなったわけだ。一刻も早くつくしと春ちゃんに話を聞かないと――って」
「うん。それもあるけど、一番は言いたいことがあるから二人……いや、松島さんも合わせて、三人を呼び寄せたんだよね」
「……? 言いたいこと?」
つくしが首を傾げる。
アタシもつくしと同じく、頭上に疑問符を浮かべた。
言いたいことっていったい何……?
彼は小さく咳払いして切り出した。
「今さらだけど、改めて言わせてもらう。俺は姫路さんのことが好きだ」
……それは知ってる……。残念ながら。
「この高校に入学して、早い段階で君に一目惚れした。恥ずかしいセリフだけど、どの女子よりも君が可愛いと思う」
「…………それ、金曜日にも聞いた。何回も言わなくていいよ」
ぶっきらぼうにつくしが返す。
木下君の真剣な表情は揺らがない。
「そうだね。金曜日にこう言って、君は俺に『見た目ばかり褒めてくれても何も響かない』って返してくれた。アレ、結構衝撃だったんだ。少なくとも、喜んでくれるかな、とは思ってたから」
松島さんが笑った。
そして、横槍を入れるようにして言う。
「つくしが可愛いのなんて誰が見ても明らかじゃん。こういう子には、皆が気付いてるようなところ褒めてもダメなんだよ」
「……」
無言で松島さんの方を見やる木下君。
でも、当の松島さんは、彼のことを見つめ返すんじゃなくて、アタシの方を見やってから「ね、春ちゃん?」なんて投げかけてくる。
唐突だったから、アタシは何も考えずに頷くしかなかった。
「……なるほどね。その言い方、姫路さんと付き合えてる先川さんは、僕の気付いていない彼女の良い所を色々言えるってことか」
「そういうこと。だよね、春ちゃん? 朝飯前に10個くらいは言えるっしょ?」
「え、えぇぇ……!?」
いや、待って。
さすがに無茶ぶり。
何の前触れもなくそんなことを言われたって、10個言えるか不安だった。
ちゃんと考えたら10個以上なんて余裕だけど、今果たして出てくるか……。
「待って。二人ともやめて? 春が困ってる。いきなり私の良い所言えって、今別にそんな話してないじゃん」
「でも、これは大切なことだと思う。俺だってバカじゃないし、君の見た目だけに惚れてるような軽い気持ちを持ってるわけじゃない。性格も含めて良い所を知ってるつもりだ。なのに、君は俺のことを拒絶した。先川さんがいるから」
「……うん。春がいる。それで答えになってない? 木下君の想いに応えられない理由」
「なってるのかもしれない。だけど、そんな事実だけじゃ俺だって納得できないんだよ。ちゃんとした差が見てみたい。俺なんかよりも強い想いを持って、君の気持ちを自分のモノにしている先川さんの言葉ってやつをさ」
正直、その言い分は理解できた。
木下君は、本当につくしのことが好きなんだと思う。
だからこそ、こうすることで自分の気持ちにケリを付けたいんだろう。
……だったら、アタシは――
「……わかり……ました」
言うだけだ。
つくしへの想いを。
彼の前で。
「言います。つくしの良い所」