アタシがつくしのことをどれだけ好きか、目の前で言ってみて欲しい。
つくしを狙う木下君が、アタシに対してそう言ってきた。
最初は無理だと思った。
無数にあるとはいえ、あまりにも唐突だったし、感じているつくしの良い所はあまりにもアタシの中でぼんやりし過ぎていて、誰かに見せつけるために綺麗なものとして出来上がっていない。
アタシだけが知っていればいいから、素材そのままで、それをちゃんとした言葉にできる気がしなかったわけだ。
だから断ろうとした。
でも、
『君の気持ちが本物かどうか。俺よりも想いが強いのかどうか。好きだと言うなら見せて欲しい』
まるで挑発するようにそう言ってくるから、アタシとしても言うしかなくなった。
半端にはしたくない。
加工品のように出来上がっていない、『アタシの思うつくしの良い所』だけど、それを短時間でちゃんとした言葉に仕上げていく。
松島さんも背中を押してくれた。
『いいよ。一個一個ゆっくり言ってあげな。春ちゃんがつくしのことをすっごく想ってるのは知ってるから』と。
これを受けてかなり気が楽になった。
はにかみと、遠慮するような思いでアタシのことを見つめてくるつくし。
対して、木下君はアタシへ戦いのような鋭い視線を向けてくる。
すごいな、と思った。
たぶん、彼も本気は本気で。
でも、つくしの想いはたまたまアタシへ向けられてる。
もしも、つくしが誰とも付き合っていなくて、女の子を好きになるような子じゃなかったとしたら。
木下君と付き合ってる世界線もあったりしたのかな……?
そんなことを薄っすらと考え、わずかながら切ない気持ちになりつつ、アタシは思い浮かんだ言葉を一つ一つ声にしていった。
「……アタシの思うつくしの良い所……一つ目は、明るいこと……です」
「……へぇ」
相槌を打ってくれる木下君だけど、どことなく『その程度?』みたいなことを思ってるような表情。
いや、でももしかしたら、それはアタシの勝手な思い込みかもしれない。
彼が実際に口にしたわけでもないし、決めつけるのはダメだ。
少しだけ間を空けてから、続く言葉を紡いだ。
「アタシは……見ての通りすごく暗いです。見た目も……その……お、男の子みたいだし、これから先も、もしかしたら女の子らしくできないかもしれません……」
「まあ、そこは君次第だとは思うけど?」
すかさず木下君が突っ込んでくるから、それを松島さんが制止させてくれた。
「黙って聞いときなよ」と。
「……でも、それでもつくしは、こんなアタシと中学の時からいつも一緒にいてくれて、朝は必ず髪の毛を整えてくれます。浜風が強くて乱れるから、それを綺麗にしてくれるんです」
「それ、惚気なんじゃ?」
木下君は松島さんに止められても諦めない。
突っ込みが止まらなかった。
アタシは、今度こそ自分の力で彼に返す。
「そうかもしれません」と。
木下君は少し悔しそうにしながら、けれど敢えてそれを見せないためにか、納得したように頷いてきた。
アタシは続ける。
「二つ目は、ボディタッチが多いことです」
言うや否や、つくしが少し顔を赤くしながら割って入って来た。
「それは春にだけだから」と強く念押ししてくる。
もしかしたら、アタシは性格がかなり悪いのかもしれない。
この念押しが、木下君にかなりのダメージを与えたんじゃないかと思って、ついニヤケてしまったから。
「……そ、そうなんだ」
現に、彼は頬を引きつらせている。
アタシの推測は当たってるらしかった。
「いつも一緒にいる時、アタシに触れてくれて、アタシが寂しくないように、って言いながら頭を撫でてくれたりします。他にも色々シチュエーションごとにボディタッチをしてくれるんですが……ここじゃあまり言えません」
「――ちょっと待った。待って。先川さん、これ僕もやっぱり攻撃側に回ってもいいかな?」
「……え?」
唐突に、木下君が手を挙げて主張してくる。
傍にいた松島さんは、圧ありげに「は?」と眉をひそめた。
「いきなり何言ってんの? 何で木下の攻撃が必要なのさ?」
「いや、だってこれじゃあ俺、サンドバッグでしかない。あまりにも一方的に殴られ過ぎてる。威力が一つ一つで強過ぎるよ。想定外」
「何が想定外だよ。そんなの知らないって。春ちゃんにつくしの良い所を言わせるの、提案したのはあんたなんだし、大人しく受け入れなよ? 一々注文多過ぎだし」
「でも――」
と、木下君が言いかけたところで、つくしが彼の言葉を遮った。
「――聞いてる」
「……?」
木下君はつくしの短い言葉を聞き、疑問符を浮かべた。
アタシも首を傾げる。聞いてるって、何をだろう。
「金曜日に木下君からはもう聞いた。……その、私の良い所は」
「違うよ! もっと俺にもある! 君の良い所、絶対に先川さんよりも多く言える自信あるんだ! 金曜のアレはその一端に過ぎない! 俺は、君のことが本当に好きだから!」
こらえてなんかいられない。
木下君の告白を受けて、アタシも心の中の想いを抑えられなかった。
「そ、そんなのアタシだってだよ! つくしのこと、アタシも好きで……な、何なら、アタシの方が木下君よりも好きの大きさだって勝ってるから!」
木下君の口から動揺したような声が漏れる。
普段のアタシなら絶対に言わないセリフだ。
住む世界が違う、しかも異性の木下君なんかにここまで挑戦的なことは言えない。
だけど、そうだとしても、つくしへの想いだけはアタシの方が本物だから――
「だいたい、アタシの方がつくしと一緒にいた時間も長いし、中学の時からだし、付き合い始めたのは最近だけど、それでも前からずっと気持ちはお互い同じだったし!」
「……春……」
つくしが手で口元を抑えながらアタシの名前をポツリと呼ぶ。
瞳も揺れていて、感情が確かに動いていた。
「……だから……だから! 強引にキスなんてしても意味無い! つくしは、絶対にアタシの大切な人で、これ以上乱暴なことしたら許さない! 許さないから!」
「っ……!」
木下君の目が見開かれる。
このまま大人しく引き下がってくれるような目の色じゃなかった。
彼の対抗意識をさらに刺激してしまったかもしれない。
でも、それはもういい。
どんなことが起こっても、つくしを守るのは今のアタシの役目で。
体が男の子になったのも、こういう時に役立たせないと意味がない。
身長は変わらないけど、力だけは女の子だった時よりも増えてる。そんな気がした。
「……けないでくれ……」
「……え?」
「ふざけないでくれ! 何だよ、その言い草!」
木下君は、大きな声を出したかと思うと、アタシの両肩を両手で強引に掴んできた。
「っ!」
勢いもあって、アタシは壁に背を打ちながら、彼に追い詰められてしまった。
「ちょっ! き、木下! アンタ何やって――」
「松島は黙っててくれ!」
改めて響く彼の声。
その力強い声で、松島さんは動きを止めてしまう。
つくしも、アタシを心配してくれながら、けれども何もできずにその場で立ち尽くしていた。
アタシは目の前の彼を見つめ返す。
木下君は、睨むようにしてこっちを見やってきた。
「……やめろ。やめろよ……そうやって俺を悪役に仕立て上げるの」
「……別にアタシはそんなこと――」
「してないとは言わせない! ふざけるな! ふざけないでくれ!」
「ふざけてない!」
気付けば、アタシもさっきの勢いそのままに言い返していた。
心臓はバクバクと脈打つけど、そんなの気にしていられない。
彼を睨み返し、火花を散らせる。