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第59話 サ●ゼリヤ

 その後、アタシたちは言った通り色々なお店を見て回った。


 雑貨屋さんはもちろんのこと、服屋さん、文房具屋さん、それからお菓子屋さん。


 最後のお菓子屋さんは、単純に和菓子とか洋菓子とかそういうものじゃなくて、一風変わった創作菓子を売ってるところだった。


 お母さんへの贈り物を考えないといけないはずが、アタシもつくしもすっかりその珍しいお菓子に魅せられてしまって、結局自分のモノを買うだけで終わり。


 まあ、そういうお菓子類は今決めても早過ぎるから。


 とりあえず自分たちの気になったものを食べてみて、それがすごく美味しかったらお母さんにプレゼントしよう。


 そう決めて――


「――何これ! え! すっごく美味しいよ、春!」


 さっそく美味し過ぎだった。


 見た目は小さい屋根付きの家なんだけど、実際はシフォンケーキ。


 よくこんな形を保たせることができるなと思って食べるのを躊躇してしまうくらいだけど、それを口にしたつくしは目を輝かせて美味しいことを言葉にしてくれた。


 気後れしてしまいつつ、アタシはつくしと同じくその可愛いお菓子を口に運ぶ。


「……ほんとだ……! 美味しい……!」


「でしょでしょ!? えー! すっごいなぁこれ! どうやって作ってるんだろ?」


 わからない。


 わからないけど、パッと浮かんだのは専用の型取り器具を使ったりとかかな、なんて思ったりした。


「特別な型取りで焼いてたり、とかかな? それくらいしか思い浮かばないけど。アタシは」


「いや、でもそうとしか思えない! 特殊な型取り器具だよ、これは! えぇぇ~、可愛いのに美味しいとか~罪~!」


「……」


 うっとりしてるつくしを何となくボーっと横から眺めてた。


 すると、おもむろに目が合って、


「あ、もちろん一番可愛いのは春だし、美味しいのも春だからね!? 安心して!?」


「ちょっと待って。百歩譲って可愛いってのはいいにしても、美味しいっていうのは色々表現的に危ないよ。やめてよ」


「いやいや、全然危なくないからね? 健全に、ちゃんと美味しい」


「だから言い方……! 健全に美味しいって意味わかんないし……」


 注意して、アタシは呆れるようにため息をつく。


 つくしはニコニコして楽しそうだった。


 まあ、つまらなさそうにしてるよりかは何倍もいいのかな。


「ねえ、春? 私、今が人生で一番楽しいかも」


「え……?」


 一番とは大きく出たな、なんて思ってしまう。


 それにしてもいきなりどうしたんだろう。


「すっごい急。アタシはこんなにも呆れてるのに」


 冗談っぽく皮肉な言い回しをしてみるも、つくしは変わらず楽しそうに笑う。


「えへへっ。別に急ってわけでもないですよ? 今日一日デートしててずっと思ってたことだし」


「今日思ってたことじゃなくて、会話の流れ的にって意味だったんだけど……まあいっか。アタシも、春がそうやって楽しそうにしてくれてるところ見るの……その……き、嫌いじゃないし?」


「むふふっ。遠回しな言い方ですな。そこは素直に『好き』って言ってくれていいんですよ、春さん?」


「っ……。あ、アタシ先に行くね」


 言って、そそくさと先へ歩き出すアタシ。


 つくしは変わらないテンションでついて来て、ちょいちょい肘でアタシの腕を突いて来た。


「つれないなぁ、春~。私はこんなにも春のこと『好き』なのに」


「そ、そんなに強調させなくてもいいから。わざとらしいし……」


「ふふっ。だってわざとなんだもーん。照れてる春を見るのが今の私の生きがいです」


「そんな生きがい今すぐ取り消してよ……」


「それは無理だね。女の子でも男の子でも、春が可愛いのに狂いはありませんので。残念ながら」


 ほんと、どれだけアタシのこと好きなの……?


 決して口には出せない言葉が頭の中に浮かぶ。


 お母さんへのプレゼント選びをしていたのに、雰囲気は完全にデートで、傍から見たらただのイチャイチャ男女カップルみたいに見られてるんだろうな、と思った。


 ……まあ、カップルなのは間違いないけど。


 アタシの中身が男子かと聞かれれば、それはノーと答えざるを得ない。アタシは女の子です。正真正銘の。


「まあいいやー。ねえねえ春? それでお母さんへのプレゼントだけどさ、またもう一回あのお菓子屋さん行こうよ」


「……プレゼント、あそこのお菓子にする?」


 アタシが問うと、つくしは横で頷いて、


「あのお菓子と、プラスでもう一つ簡単な雑貨プレゼントしたい。どうせお金出し合うし、二つ贈ってもいいんじゃないかなって思うんだよね」


 なんて言ってくれる。


 どことなく申し訳ない気持ちになった。


 そこまで気を遣ってくれなくてもいいのに、みたいな。


「……財布事情は大丈夫? わざわざそんなアタシのお母さんのために頑張ってくれなくてもいいよ……? 気持ちだけでも充分過ぎるくらいだし」


「全部大丈夫。お金のことも心配しないで。普段から貯金してるし、お母さんから仕送りするけどなるべく貯めておきなさいって言われてるからね。何で貯めてるかって問われると、それは大事な時に使うためなので」


「……じゃあ、なおのこと使わない方がいいんじゃ……」


 アタシがそう言いかけたところで、つくしは首を横に振って遮ってきた。


「何言ってるの。お金の使いどころはこのタイミングだよ」


「え、えぇ……?」


「大好きな春のお母さんに喜んでもらうため。こんなの使わない手は無いでしょ。もう、問答無用に使わせてもらうね。すっごい、どばーっと」


 手をわーっと広げてたくさん使うことを示唆するつくしだけど、アタシはその様を見ながら頬を引きつらせる。


「そんなにいっぱいは使ってくれなくてもいいよ……。もっと自分のために使って?」


「これが私の『自分のため』だから大丈夫」


 喜んでもらいたい。春のお母さんに。


 つくしはそう念押すように何度も言ってくれた。


 アタシとしては当然嬉しい。


 嬉しいんだけど、そこはもうお金じゃなくてもよかった。


 つくしが手編みをマフラーを編んでくれるなら、それはきっとお母さんも喜んでくれるんじゃないかな、とか勝手に思ったりする。


 アタシは昔から友達が少なかったから、よくお母さんに『友達を作りなさい』と言われてた。


 そのたびに何となくの返事をしながら流していたけど、振り返ってみるとアレは紛れもないお母さんの本心だったんじゃないか、と思う。


 なんか言い方がそんな感じだった。


 いつもより力というか、感情が篭もってる、みたいな。


 だから、つくしの作ってくれた何かだったら、それはそれで喜びそうなわけだ。


 アタシの友達が作ったものだ、って。


「……ってなると、やっぱりアタシはお母さんに……」


「……? 今、なんか言った?」


 つくしが横で首を傾げてくるから、アタシは焦って何も言ってないことを告げる。


 つくしはそれをすんなり受け入れてくれて、アタシの手を握ってきた。


「じゃ、そろそろ夕方も深まってくる頃だし、どこかでご飯食べよっか」


「えっ、あっ、ご、ご飯?」


「そう、ご飯。何が食べたい?」


 これまた唐突だし、手を握られて意識がそっちへばかり行ってしまう。


 アタシは慌てて宙を見上げ、急いで考え始めた。


 晩ごはん、何が良いんだろう。


「……無難に……ファミレスかな……?」


 とっさに出たのがそれ。


 もうちょっとイタリアンとかそういうところにすればよかった、と即座に後悔したけど、出て行った言葉は簡単に回収できない。


 アタシは顔を赤くさせ、つくしの反応を待つ。


 つくしは、少しだけ考えたような仕草をして、にこやかに頷いてくれた。


「了解。……なんだけど、ファミレスはファミレスでも、どんなところへ行くかは私が決めていいかな?」


「あっ、う、うん。そんなの全然いいよ」


「ふっふっふ。じゃあ、春のお許しも出たということで、今から行くのは――」


 ――サ●ゼリヤ。


 安くて美味しい、そこへ行こうと。


 そんな話になるのだった。


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