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第70話 ポジティブに

 冷静に考えてみて、男子の体をしながら女子のことを好きになる今のアタシは、微かに憧れていたことのある『普通』そのものだと思う。


 難しい言葉でいうと『マジョリティ』、『多数派』だ。


 皆と同じように男子は女子、女子は男子を好きになって恋をする。


 それが幸せの形の基本で、それ以外だと人はあまり幸せになることができない。


 少数派、つまりはマイノリティとマイノリティが出会い、お互いに好き合って恋をするなんて、地球に隕石が衝突するくらいの確率でしか起こらないはずだから。


 でも、結論から言って隕石は落ちた。


 アタシとつくしは女子同士で好きになり、恋をして、その想いの一つ一つを現在進行形で確認し合ってる。


 苦しいことも、戸惑うことだって同じように現在進行形で起こったりするけど、そんなものは奇跡の前では小さいことで。


 目を見てちゃんと話せば、アタシたちはきっといつだってわかり合えて、また仲のいい関係に戻ることができるわけだ。


 前、つくしはアタシに言ってくれた。


 つくしは、春を彩るために存在するって。


 それに対して、アタシは反対にこう思う。


 つくしがいてくれないと、春は春だと認識してもらえない。


 アタシは、つくしがいてくれないと自分の存在意義を確かなものにできない。


 好き。


 つくしが。


 どうしようもないくらい。


 どんなことが起こっても。


「……あの、先川さん……? 申し訳ないけど、今一緒にいるのは僕だよ……? 姫路さんじゃないです……」


 つくしの低い声……じゃなくて、青宮君の言葉を受けてハッとするアタシ。


 校門の近くで、二人そろってつくしが来るのを待ってる。


 今日の放課後は適当に三人で遊ぶ予定なのだ。


 お母さんへのプレゼントに頭を悩ませていたアタシたちだけど、青宮君の助言を受けて何も渡さないことにして、それから何気なく自分の気持ちが元に戻ったから、それを祝おうという会……みたいなものをする。


 こういう風に祝おうって言ってくれたのは青宮君だった。


 アタシがずっと悩んでいたのを知ってくれていて、なかなか解くことのできない糸の塊のような悩みが少し解けた。


 それを手放しで祝福したい、とのこと。


 つくしは青宮君主催なのが気に食わないのか、


『えー、青宮君いるんだー』


 と露骨に嫌そうな顔をしていたけど、たぶんあれは言ってるだけ。


 本当のところは別にそこまで嫌じゃないと思ってるはず。青宮君主催ってところは確かに気に食わなさそうだったけど。


「ご、ごめん。なんか夢の世界に飛んじゃってた……。ボーっとしてたっていうか……」


 アタシが口元を拭いながら言うと、青宮君は無表情のまま小さくため息をついて、


「いいんじゃないかな? 僕だって君が悲しそうにしてるよりはか幸せそうにしてくれている方がいい」


「……いやいや……そこは素直に毒づいてくれる方がやりやすかったんだけど……?」


「じゃあ毒づこうか。僕が隣にいるんだから、リア充オーラ全開で別世界へ飛ぶのはやめてもらっていい?」


 求めていた答え百点満点だった。


 アタシがニヤニヤしながら「いいね」と言うと、青宮君は素直に「なんか気持ち悪いな」と言い返してくる。


 いや、気持ち悪いって言葉はさすがに傷付くんだけど……。


 それは言い過ぎでは……?


「けどまあ、本当によかったよ。心の奥の奥まで全部ってわけじゃないが、僕は君の苦労をある程度知ってる。体は男子のままでも、かなり大きな進歩だね」


「上げて、下げて、上げての戦法かぁ。青宮君も策士になったもんだね」


「あの、何の話……?」


 怪訝そうな目でアタシのことを見つめてくる青宮君だった。


 咳払いをして、会話を仕切り直すように彼は続ける。


「でも、どうして突然姫路さんへの気持ちを取り戻せたの? 何度も言うが、君は性別はもちろん、彼女への気持ちすらも元に戻せず苦労していたっていうのに」


「どうして、かぁ……」


 予想できていた質問ではある。


 けど、アタシは明確にその答えを出せないままでいた。


 つくしともあの後色々話したけど、結局なあなあのまま、元に戻ったから何でもいいか的なやっつけ感のある片付け方をしていたわけだ。


 本当なら誰のおかげで、どんな気持ちになって元に戻れたのか、詳細に把握しておかないといけない。


 力を貸してくれた人には感謝しないといけないから。


「……正直、それがまた全然わからなくて」


「え、えぇ……?」


 わかりやすく青宮君は首を傾げて疑問符を浮かべた。


 そこ大切なところなのでは、とでも言いたげ。ごもっともでございます。


「どうしてなのかを把握していないと、また再発した時に大変じゃない? 奇跡って簡単に二度は起こせないよ?」


「ぅぐ……正論が痛い……」


「タイミング的には……そうだな。姫路さんを交えながら僕と話をして、その内容っていうのも確か……お母さんにプレゼントなんて別にあげなくてもいいんじゃないか、みたいなものだったよね?」


 頷くアタシ。


「そこから先を僕は知らないんだけど、姫路さんと何かしてた?」


「あ、そこはストーキングしてなかったんだ」


 アタシがあっけらかんとして言うと、彼は呆れるようにして苦笑い。


「いつでもしてるわけじゃないからね? まあ、君が望むなら全然するけど」


「いえ、そこはご勘弁を。ストーカーはあまり調子に乗せちゃダメだって古来からの教科書にも書いてありますし」


「それは確かにね。ていうかすごいな。ストーカーっていう概念古来からあったんだ」


「それはあったでしょ。カタカナ言葉で表現され始めたのは最近かもしれないけど、昔も『粘着』みたいな言葉を交えながら表現されてたはずだよ。『気持ち悪し者』とかもあり得そうだね。うんうん」


「それ、サラッと僕をディスってること気付いてるかな? 気持ち悪いはいくら何でも傷付くよ?」


 残念。それはお互い様。


 アタシだってさっきさりげなく青宮君から『気持ち悪い』って言われたし。何気に初めてで衝撃もあって傷付き具合も倍ですよ。まったくまったく。


「青宮君は読書家で賢いぼっちだけど、時折そうやって自分の言ったことややったことを忘れたりするよねー。悪い癖だよー?」


 その場でスカートの裾を整えるふりをしながら言うアタシ。


 彼はそんなアタシのことを横からジッと見つめてきて、やがてクスッと笑った。


「わざとだよ。君を相手にしてる時だけ。限定」


「それ、限定させる必要ある? そんなところで特別感出されてもあんまり嬉しくないんだけどなー」


「はははっ。それはそうだ。謎限定だよね。しかも嫌な限定のされ方」


「自分で言っちゃってるよ……」


 アタシはわざとらしく呆れたように、「はぁ」と声に出してため息をつくふり。


 つくしはまだ来ない。


 校門から出てくる人たちの中にもそれっぽい人影は見当たらなかった。


「君は気付いているかもしれないけど、僕はこう見えて案外臆病なんだ」


「気付いてます……というか、それは青宮君自身が何回かアタシに言ってくれた気がする。僕臆病なんです、って」


 アタシが言うと、彼は苦笑いした。


 そうだったっけ? と。


 ほら。これもまただ。


 言ったことを忘れてる。


「でも、臆病だからね。色々君とのことをある程度忘れないとやってられない。全部を大切に取っておくと、切なさがその分募るんだ。叶わない恋をしてるわけだし」


「……ダイレクトだね」


「うん。それはもう、ね。隠すこともない。ほら、僕の恋って叶わないから」


 悲しんでるわけでもない。


 青宮君はむしろポジティブに誇らしげな顔をアタシへ見せつけながらそう言ってきた。


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