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第71話 気付いたこと

 小説でも、ドラマでも、映画でも、叶わない恋をし続ける登場人物の気持ちがずっとわからなかった。


 報われない想いを抱いたところで、それは時間の無駄でしかなくて。


 元々好きだった人よりも魅力的な、というところまではいかなくとも、それと同じくらいの人を見つける努力をした方がより健全で健康的なんじゃないか、とそう思うわけだ。


 でも、そんな僕の考えは、先川さんと出会ってから簡単に変わってしまった。


 気付かされたのだ。


 恐らく、容姿や性格、立ち居振る舞いなどで彼女と同等くらいの女の子を見つけることはもしかしたら可能なのかもしれない(この場合、その人に好意を抱いてもらえるかは別の話だ)。


 けれど、先川さんと過ごした時間や思い出、交わした会話や抱いた細かい感情は唯一無二で、それは僕からすればかけがえのない宝物だった。


 到底替えの効くものじゃない。


 頭がおかしいと思われても仕方ないし、気持ち悪いと思われても仕方がない。


 特に、先川さんと恋人同士になった姫路さんからすれば、僕の存在は鬱陶しくてたまらないはずだ。


 申し訳ない。


 日常的に彼女とは喧嘩をしているけれど、それでも僕はいつだって心の中で謝り続けていた。


 ずっとこうしていられるわけじゃない。


 いつか先川さんからは離れないといけない。


 それは姫路さんが本格的に僕を拒絶し始めるタイミングか、あるいは先川さんの温情が無くなったタイミングか。


 いずれにせよ終わりが近いのはどことなく肌で感じ取っていた。


「……今年の年末年始くらいまで……いや、性別が元に戻ったタイミング、か……?」


 何気なく頭の中で考えていたことが声になって出てしまう。


 僕のすぐ前を歩いていた二人、先川さんと姫路さんがそれぞれ『らしい』表情を浮かべて振り向いてきた。


「うわー。なんかまた青宮君が良からぬこと考えてる雰囲気」


 姫路さんがジト目でさっそく毒づいてくる。


 僕はさっきまで考えていたことを少し思い出しながら、咳払いして応えた。


「お互い様でしょ。僕も人のこと言えないけど、姫路さんだって大概だと思うよ?」


「ほらほら。やっぱり変なこと考えてたんだよ。否定しないもん。最低だなー、人の恋人を脳内で好き勝手するなんて」


 彼女がそうやってお下劣なことを言うと、先川さんはわかりやすく顔を赤くさせた。


「好き勝手って何……!?」


 なんていう風に。


 これが僕たち三人のいつものスタイルで、変わらない日常だ。


 崩壊のカウントダウンが始まっているとは思えない平和っぷり。


 いや、平和なのは今だけで、少し前までは色々あって本当に大変だったんだけれど。


「やれやれ。相変わらず姫路さんはくだらないことを言うのが好きだね。僕が先川さんをダシにそんな下品な妄想すると思う? 絶対に無いから」


「はい、嘘。絶対に嘘。健全ぶったって君もれっきとした男子だし、好きな人のあんな姿やこんな姿を確実に想像するはず。言い逃れはできません」


「想像しないから。逆に考えて欲しい。こんな清々しい放課後の時間に先川さんの裸体を妄想するなんていう煩悩メンタリティで健全ストーカーが務まると思う? 無理だから。絶対」


「いーや、絶対考えてた。考えてたったら考えてた」


「だから考えてないんだってば。ていうか、君は君でちゃんと僕の言ったことを聞いて、考えてから発言してくれ。お願いだから本当に」


「今は私の話はしてません。青宮君の話をしてます」


 呆れる。


 考えていないというより、考える気が無さそうだった。


 ため息をつき、これ以上のいがみ合いを避けるために僕は適当に謝る。


 変なことを考えていたなんて事実は認めないが、ただ「すいませんでした」とだけ口にした。


 やり取りを聞くだけだった先川さんは苦笑いだ。


「つくし。そうやって青宮君に嫌な絡み方するのやめた方がいいんじゃない……? 青宮君も優しいからあしらってくれてるけど」


 さすが先川さん。


 優しい、なんて安易な言葉はなるべく使いたくないが、思わずそう言いたくなるほど僕に同情してくれる。


 注意された姫路さんは不機嫌そうに頬を膨らませていた。こっちもこっちで予想通りの反応。


「え~? 春、青宮君の味方しないで? あんまり優しくし過ぎるとすぐ調子に乗るんだから、このストーカー君」


「特に調子に乗った覚えも今まで無いけどね」


 僕がすかさず言うと、姫路さんはこっちを指差し、先川さんのことを見ながら「ほら!」と大きめの声を出した。


 教室じゃ淑やかで誰にでも分け隔てなく優しく接する優等生ってイメージで通っているのに。


 この様子を動画にでも収めてクラスメイト達に見せてあげたいくらいだ。


 さぞかし本当の姿を知ってもらえることだろう。……まあ、そんなこと絶対にしないんだけど。


「まあ、何でもいい。先川さんも僕を庇ってくれてありがとう」


「あはは……。どういたしまして」


 遠慮がちな苦笑いを続けて返してくれる先川さん。


 まったく。


 こんなにいい人を恋人にできる姫路さんが羨ましい。


 素直にそう思いつつ、僕は話題を変えた。


 本当に話そうとしていたのはこっちだったから。


「話は変わるけど、二人はテストの結果どうだった? 色々返されたりしてる最中だと思うんだが」


「「っ……!」」


 わかりやすく両人とも固まる。


 いや、脚自体は動いてて歩いてるし、固まったのは表情だけなんだけども。


「……その様子じゃあまり良くなかったみたいだね。まあ、今回はテスト週間に色々あったし、それが影響してるってのは容易に想像できる」


「ご、ご名答……」


 姫路さんが呻き声のように返してくれた。


 その隣にいる先川さんは頭を縦に振る。二回、三回と。


「ちなみにかなり突っ込んだことを訊くけど、赤点はあった?」


「「……はい」」


「いくつ?」


「二つ……」「一つ……」


 なるほど。


 先川さんが二つで、姫路さんが一つか。


 何でもない風を装うけれど、姫路さんが赤点を取ったという事実に内心驚く。


 悔しいが、彼女の成績は普段かなりいい。


 通常なら赤点なんてものとは縁が無いはずなのだ。


 それがこのザマなのだから、テスト週間中にあった一件がどれだけ彼女に影響を与えていたのかわかる。


 メンタル的に結構キていたんだろう。


 そのせいで勉強に割く時間も少なくなっていた、と想像するのが正解っぽい。


「でも、そんなこと訊いていったいどういうつもり? もしかして青宮君、私たちのことバカにする気?」


 姫路さんが問うてくるので、僕はすぐに手を横に振ってそれを否定した。


 そういうわけじゃない、と。


「そうじゃなくて、今回の補習制度が変わったらしくてね。それを君たちに情報共有しようと思って赤点の有無と個数を訊いたんだ」


「……どういうこと?」


 先川さんが首を傾げる。


「補習制度って、別に一個とか二個で補習に参加しないといけない、なんてルールなかったよね? 四つ以上とかじゃなかったアレ?」


 姫路さんも先川さんに続いて言ってくる。


 そうだ。四つ以上で補習に参加しないといけなかった。


 ――以前までは。


「残念なお知らせ。今回のテストに限って、赤点を一つでも取った人はその科目の補習を受けないといけないんだってさ」


「「え、えぇ!?」」


 二人の声がわかりやすく重なった。


 僕は頷く。そういうことだ、と。


「訳はよくわからないけど、そろそろ文理選択もあるし、皆の苦手科目を無くしたいっていう先生たちの思いがあるからじゃないかとか、そういう風に囁かれてるらしい。変に苦手科目を作って可能性を潰して欲しくない。なるべく理系に来い。将来に繋がるから、ってね」


「そ、そんな……! 文系に元々進みたかった人もいるのに……!」


「春の言う通り! それ、本当ならかなり横暴だよ! 先生に抗議したいくらい! 理解を押し付けるのはやめてくださいって!」


 それはそうだ。


 理系の押し付けはハッキリ良くないと思う。


 先川さんの言う通り、文系に元々進みたい人もいるわけだし。


「うん。二人の言いたいことはわかる。ただ、一つ言っておきたいのは、あくまでもこれは噂に過ぎないってことだからね。本当の理由はわからないんだ。謎に包まれてる」


「「何で!?」」


 また声を重ねていた。


 ほんと、仲が良いんだから。


「知らないよ。知らないけど、それが今回のテストで定められたルールだ。従うしかないし、ちゃんと補習は受けて来てね」


「「えぇぇ!」」


 先川さんと姫路さん。


 二人の嘆きを聞きながら、僕は笑み交じりに夕空を見上げた。


 こういった何気ない日々がいつまでも続けばいいのに、と。


 そんなことをただひたすらに考えながら。


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