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第72話 補習が始まる

 結果はどうあれ、中間テストが終わった。


 色々あったけど、これでしばらくはのんびりした学校生活を送りつつ、自分の問題に向き合いながら期末テストまでの時間を過ごすことができる。


 青宮君とも遊べるし、何よりもつくしとお泊りだってもっとできるはず。


 そんなことを考えていると、先の未来が途端に明るくなったように感じるけど、世の中はやっぱりそんなに甘くなかった。


『――今回の中間テスト、赤点一つ取っただけでもその科目の補習を受けないといけないらしいよ』


 青宮君が教えてくれて、アタシは膝から崩れ落ちそうになる。


 しかもよくよく聞けば、補習後にはやり直しテストみたいなものがあって、それの合格点を満たさなかったら追加課題が出たりするらしい。


 アタシの赤点科目は数学Aと日本史。


 二つ。


 単純に苦労も二倍。


 信じたくなかった。


 それが現実だなんて。


「でもさ、日本史は別にいいんじゃね? つくしも確か日本史赤点だし、一緒に補習受けられるじゃん」


 何でもない木曜日。


 二限と三限の間の休憩時間。


 アタシの前の席に腰掛け、松島さんが簡単そうに言ってきた。


 今は二人きりだ。


 つくしも、尾上さんと三木さんも係の仕事だったり、先生に用事だったりで教室から出て行った。


「それはそうなんだけど……勉強じゃなくて、どちらかというと一緒に遊んだりしたかった……と言いますか」


「まあ、気持ちはわかるけどさー。かったるいよなー、補習受けるだけじゃなくてその後確認テストみたいなのもあるって」


 そう。そうなのだ。


 それが面倒くさい。


 しかも、そのテストも六十点以下は追加課題アリ。


「春ちゃんも災難だねぇ。いいよ? 今から木下のとこ行ってもう一回罪償わせる? お前がアタシの代わりに補習受けろ! って」


「い、いやいや、何もそんな……!」


 というか、もう木下君とはあまり関わりたくない。


 彼がどう思ってるのかよくわからないけど。


「知ってる? アイツ、未だに時々つくしに話し掛けたりしてんだよ?」


「えっ……」


 苦々しい声を漏らしてアタシが固まると、松島さんはケラケラ笑って「そういう反応になるよね!」と面白そうにしてる。


 いや、アタシからしたらまったく面白くない話だった。


 むしろ頬に冷や汗が浮かぶ。


「って言っても、諦めずに口説いてるってわけでもなくてね? 前のことを謝ったりしてるみたい。迷惑かけて申し訳なかったって」


「……謝ってるって、何回も……? 松島さん……今『時々つくしに話し掛けてる』って言ったし……」


「何回も……なのかなぁ? それはそれで不自然っちゃ不自然か。そんな何回も謝る必要ある? 的な?」


「……アタシ、つくしに色々聞いてくる。全然そのこと教えてもらってないから」


 そう言ってアタシが静かに席から立ち上がると、松島さんは焦りながら「嘘です!」と呼び止めてきた。


「嘘……? 何が……?」


「えっと、木下が何回もつくしに話し掛けてる~、ってところ?」


「……松島さん……」


 よくもそんな嘘を……。


 わかりやすく怒ってるのを表情に滲ませると、松島さんははにかみながら謝って、


「いやいや、一応全部が全部嘘ってわけじゃないんだよ? 木下本人がつくしに話し掛けてるっていうのは嘘なんだけど、木下の友達がつくしによく話し掛けてるってことで」


「木下君の友達がつくしに話し掛けてる……? それもまたどうして……?」


 アタシが疑問符を再度疑問符を浮かべたところで、彼女はコホンと咳払い。


 声のボリュームを少し下げつつ、口元に手をやってコソコソと教えてくれた。


「その木下の友達がさ、結構木下の代わりに謝ってるらしい。こういうことがあって申し訳なかった、って」


「結構、っていうのが引っかかる。何で一回きりじゃないの? そんな何度もつくしに話し掛ける必要ある?」


「もちろん同じ人が何回も、ってわけじゃないよ。三、四人がつくしに謝りに行ってるってだけ」


「……三、四人……」


「それくらいだったら結構でしょ? 一人が謝りに来るならまあまあってところだけど、三、四人は私でも多いと思うからさ。ね?」


 見るからにアタシのご機嫌を取ってくれてるような表情の松島さん。


 ……確かに、三、四人は結構なのかな。


 それなら、そういう言い方をした彼女も別に悪いとは言えないのかもしれない。


「……けど」


「へ……? けど……?」


 アタシの感情の矛先は松島さんからつくしへ向かった。


 椅子に座ったまま、目の前にいる松島さんのことをジッと見つめて、強く言い切る。


「結局、アタシはつくしからその話聞いてないから。まずこの後つくしに色々話を聞く。木下君の友達からどんな風に謝られたのか」


「あー。そうしなそうしなー。ていうか、つくしも春ちゃんにそのこと話とかんかーい」


 本当に、だ。


 いつ木下君の友達に謝られたのかよくわからないけど、あったことはすぐ話して欲しいよ。まったく……。


 決意を新たにしたところで、ちょうどつくしが教室に戻って来た。


 尾上さんや三木さんも一緒。三人組。


「つくしー。かもんかもーん」


 座ったまま手を挙げてつくしのことを呼ぶ松島さん。


 アタシたちのことにすぐ気付いたつくしは、傍にいた二人を連れてこっちへ来た。


「ごめんごめん。ちょっと頼まれごとー。もう少しで三限だよね。次の授業の準備してる、松?」


 松島さんの心配をしながらアタシの隣に立つつくしだけど……。


「つくし、私のことはいいの。授業の準備もしてるから、春ちゃんのお話を聞いてやってくださいなっ」


 松島さんに言われて、つくしはアタシの方を見ながら小首を傾げた。


「ん? 春のお話? どうしたの? 何かあった? もしかして補習の話?」


 せっかく設けてもらった場。


 アタシはそれを遠慮なく利用させていただくことにした。


「……補習の話……じゃないね。そうじゃなくて、木下君のことについてなんだけど」


「木下君……? ……あっ」


 まさか、みたいな顔をするつくし。


 その勢いのまま松島さんの方を見るけど、松島さんはつくしと目を合わせることなく口笛をぴゅーぴゅー吹いてる。


 私は何も知りませんよ感。


「……つくし。最近木下君の友達に謝られてるんだってね?」


「ち、違うの春! 聞いて、最近って言ってもそれはつい昨日の話で、私もすぐ春に話そうと思ってて――」


 問答無用だった。


 アタシはつくしへにこりと笑顔を向けて、


「じゃあ、ちゃんとどういうことなのか話して? それ、アタシからしたら補習よりも大切な話だから」


「は、はい……」


 お願いするのだった。


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