つくしに接近している木下君の友達と聞いて、最初に想像したのは間島君だった。
彼が木下君の代わりにつくしに謝ってくれているのかと思っていたアタシだけど、それは半分正解で半分間違いだった。
正確に言えば、彼もいたけど、さらにそこから新しい登場人物が二人増えたわけだ。
それが同じクラスの男子で、立川君と近藤君。
名前を挙げられて、すぐにアタシは納得した。
確かに二人とも廊下で木下君と話してるところをよく見る。
仲も良さそうだし、立川君も近藤君も、木下君と同様にクラス内でも目立つタイプだ。
そんな二人がつくしに謝りに来るって、それは彼らによる有志なのか、それとも木下君に言われてなのか。
どっちかは本人たちに聞いてみないとわからないけど、何も知らないアタシは悪い方へ考えてしまうから、木下君が命令したんじゃないか、とついそっち側の方へ考えが偏ってしまっていた。
でも、やっぱり決めつけるのは良くない。
気まずさはあるけど、真実を知るには二人に接近するしかなかった。
こういうの、木下君と会った時もやったくだり。
まさかまたこういうことをしないといけないなんて思ってもなかった。
必要以上に嫌な勇気を振り絞る必要があるから、ものすごくエネルギーを使う。
でも、それをするのはつくしのことが好きだから。
好きな人のためならある程度のことはする。
立川君も近藤君も謝って来てるっていうくらいだから、良くない展開にはならなさそうだけど、それでもアタシは心臓をバクバクさせながら指定された場所へ足を運んだ。
一人じゃない。
つくしと一緒にだ。
つくしと一緒に、西校舎の三階にある空き教室へ向かった。
「あっ……っす。ど、どうもー」
「い、いやー、どもっ。姫路さんに……」
「さ、先川さん」
教室内に入るや否や、二人はぎこちない挨拶でアタシたちを出迎えてくれる。
ただ、立川君が最後に呼んだアタシの名前には、語尾にクエスチョンマークが付いていたような気がした。
二人の困惑っぷりが手に取るようにしてわかる。
『何で先川さんが……?』
とか思われてるのかな……?
まあ、そうだよね。
アタシとつくしはただの友達で、まさか恋人同士だなんて思ってもいないはず。
でも、木下君には恋人ってバレてるんじゃなかったかな……?
その辺り、まさかあの人が友達に何も言ってないとは思えないんだけど……。
どうなんだろう……?
こっちはこっちで疑問符が尽きなかった。
困惑もしてる。面と向かってお互い冷や汗だ。
「なんか二人とも固くない? いつもと雰囲気がちょっと違うよ?」
つくしは簡単に挨拶を返し、苦笑いを浮かべていた。
アタシはそんなつくしの後ろを歩こうとするものの、残念ながらそうはさせてもらえない。
後ろじゃなく、隣にぴったりとくっついてくるつくしに逆らえず、手を繋いで仲良しな雰囲気全開で二人の前まで歩いた。恥ずかしい。
「雰囲気違うって……ま、まあそれは多少はな……?」
「テンション高くってわけにもいかないよ。なんせ俺ら、姫路さんには謝らないといけない立場なんだし」
反抗的な態度ではなく、謙遜するように言う二人。
でも、つくし的にはそれがあまり気に食わないらしい。
いや、つくしだけじゃない。
アタシも気に食わない……というか、よくわからなかった。
どうして木下君じゃなく、立川君と近藤君が申し訳なさそうなのか。
「あ、あの……」
思いは、気付けば声になって出て行ってる。
しばらくは黙って三人のやり取りを聞いているはずだったのに、アタシは遠慮がちにか細い声を上げた。
三人の視線が一気にアタシへ注がれる。
恥ずかしいけど、そこは負けずに訊きたいことを口にした。
「どうして……その、二人なんですか?」
「……へ?」
近藤君がポカンとしながら首を傾げる。
声に出さないものの、立川君も同様に小首を傾げていた。
アタシは続ける。
「てっきり謝るのは木下君なのかとばかり思っていました。立川君も……近藤君も……何もしてないと思いますし……」
「え……」
「そ、それに、この話はもう終わったのだとばかり……。アタシも忘れようとしていたんですけど……」
「……」「……えっと」
立川君と近藤君は互いに顔を合わせ、アタシに声を掛けてくる。
何ですか、とアタシが首を傾げると、近藤君が一から説明してくれ始めた。
「あ、あの、俺たち、実は姫路さんに悪いことしてるんですよ」
「……え?」
そうなの……?
言われるまで全然知らなかった。
ただ、つくしは知らないような素振りを見せてる。
「そんなの、私はあまり認識してなかったんだけど」
と一言呟いたけど、「いやいや」と近藤君が首を横に振る。
とにかく話を聞くことにした。
続きを話して欲しい、と彼らに伝える。
「……まあ、なんていうか、陰湿な話です」
「……陰湿?」
二人して頷きながら続けてくれた。
「木下が姫路さんにこういうことをするって俺たちに教えてくれるんですけど、それを聞いて木下のことを茶化して、色々変なことをさせようとする、っていう」
「もっと詳しく言ったら、賭けみたいなこともしてて。姫路さんにこういう返しをさせたら百円、みたいな」
最低だった。
よくわからないギャンブルに利用されるつくし。
それはどうかと思う。
……けど、だからってアタシは強く言えない。
彼らに強い物言いをしたのは、まさかのつくし本人だった。
「何度聞いても最悪。初めてそれ聞いた時、私まず反応に困ったもん。どういうこと、って」
「ほんと、すいませんでした」「マジで申し訳ないっす」
頭を下げる立川君と近藤君。
でも、二人とも表情はどことなく笑みが見え隠れしていて。
謝っておけば許されるってことをわかってるような、そんな表情だった。
間違いじゃない。
少なくともアタシは、ひどいことだな、と思いつつ、彼らに強い物言いができなかった。
というか、普段からアタシはそういうことができない。
押しに弱いというか、本当に強く人へ当たれない。
だから舐められるし、舐められてひどい扱いを受けるから、進んで友達もあまり作らないようにした。
全員が全員アタシのことを利用してくるような人たちじゃない。
それはわかってるけど、一度そう感じた気持ちは器用になれない。
アタシは不器用に、ただ人付き合いを避けるような人間になってしまっていた。
良くない。
これもわかってるけど、それでもやめられなかった。
アタシがなあなあで済ませば穏便に、平和に物事が進んでいくから。
こっちが少しの毒を飲むだけで。
「……もういいよ。呆れて物も言えないし、それ以上君たちに望んでることなんて私には無いから」
「……」「……っ」
「謝るって言っても、これ以上私に近付いてこないで。こうやって前も言ったけど、そこは変わらない。今日は特別だけどね? 春を君たちに会わせたかったから」
「俺たちに、っすか」「ビビるよな……?」
ビビるよな、じゃない。
拭い切れない不真面目さ。
それがこの場に漂い続けてる。
さっきの発言。つくしも絶対感じてるはず。
明るくて、クラスカーストも上の方で。
冗談を言えば、どんなことだろうとそれが勝手に正義になっていく。
そんな環境で生活していれば、こうやって真剣に謝ることもできなっていくのかも。
松島さんとか、三木さんとか、尾上さんはクラスカーストが上なのにも関わらず、そんなことなかったのに、だ。
「別にビビらなくていいと思う。知ってるのかわからないけど、私と春、付き合ってるから」
「「……え?」」
二人の声が重なったけど、アタシの心の中の声を含めると、三人分だった。
……つくし?
胸の奥が痛いほどに跳ね始める。
まさかそれをさっそく暴露するとは思ってなかった。
アタシはますます冷や汗を浮かべながら、真剣なつくしの横顔を眺めるのだった。