「え……。先川さんと姫路さんって付き合ってるんだ……?」
「それって……やっぱり恋人的な意味で……?」
つくしから衝撃的な暴露をされて、当然のように困惑する立川君と近藤君。
ただ、動揺していたのは彼らだけじゃない。
アタシも傍でしどろもどろになっていた。
まさかここで言ってしまうなんて。
つくしが何を考えているのか、ちょっと疑問に思ってしまうけど、それでも何も考えなしに報告したとも思えない。
アタシの方からつくしへ質問したい気持ちを抑えつつ、立川君と近藤君たちとのやり取りを黙って聞き続けることにする。
「二人とも知らなかったんだ。てっきり木下君から教えてもらってるのかと思ってた」
あっけらかんとしながら言うつくしに、目の前の彼らは顔を見合わせ、
「いや、全然。木下の奴、全然そんなこと俺たちに言ってくれてないよ」
「なんかあったら大抵話のネタにしてくるけどな……」
そうなんだ……。
個人的には少し驚いてる。
木下君、アタシたちのことを友達にも言わずにいてくれていたらしい。
ああいうことがあったわけだし、周りの人たちにはもう喋ってるのかと思ってた。
それこそ、当てつけのように悪い方へ。
「なんていうか、さ。これは俺たちの予想なんだけど……」
立川君が遠慮がちに切り出す。
つくしとアタシは首を傾げて彼の話の続きに耳を聞いた。
「二人が付き合ってるってのは正直驚きではある。それを俺たちに隠してた木下にもびっくりしてるし、友達だからって擁護するわけじゃないけど、アイツなりに気を遣ってたんだなって」
「……何が言いたいのかな?」
やや声のトーンを低めに、圧を掛けるような言い方をするつくし。
立川君はそれに対して少しオドオドしながら続けた。
「なんか……その……ふ、二人とも勘違いしてると思うんだ。木下のこと」
「勘違い……?」
つくしが発した疑問符交じりの呟きに乗じて、アタシも軽く首を捻った。
勘違い……してるのかな……?
それが具体的にどんなことなのか、自分では浮かんでこないけど、それでも今さっきのエピソードを聞いて『わからなくもない』という思いにはさせられた。
木下君、アタシたちのことを立川君と近藤君に言ってなかったみたいだから。
「あいつはさ、色々キザな奴だし、同じ男としてもカッコつけすぎだろって思う時もあるんだけど、それでも案外友達想いの奴なんだ」
「友達想いっていうか、誰にでも基本優しい奴ってことな」
近藤君が立川君の発言をアシストするように言った。
二人とも、言い方的に嘘をついているようには見えない。
本音だと思うし、アタシもそれに対して疑いを持つようなことはなかった。
「だから……無理のある話かもしれないし、二人のことをさらに苛立たせてしまうかもしれないけど……あんまり木下のこと、悪く思い過ぎるのだけは勘弁してやって欲しいんだ」
――申し訳ないけど、と。
立川君が頭を下げながらアタシたちにお願いしてくる。
近藤君も立川君のことを見て、頭は下げないものの、代わるように話を続けてきた。
「けどまあ、姫路さんと先川さんからしたら関係を邪魔されたわけだし、今こいつの言ったことを受け入れられないってのも無理ないと思う」
「……うん」
つくしが静かに頷いた。
ここまでのことを言ってくれるなら、アタシは彼らの要求を飲んでもいいのかな、とは思ったけど、つくしはアタシが考えている以上にシビアだ。
近藤君が苦笑いを浮かべながら、申し訳なさげに「難しいよな」と呟いた。
「……でも、もしいつか木下のこと、許せる日が来たら、その時は許してやって欲しい。あいつ、迷惑ならこれ以上姫路さんに話し掛けたりもしないつもりでいるみたいだし」
「一応まだ好きではあるみたいだけど」
立川君がボソッと言うと、近藤君が横から肘で彼の肩を突いた。
余計なことを言うな、と。そういう意味だと思う。
それを見て、だんまりを決め込んでいたアタシは口を開いた。
「……仕方ないと思う。好きな人を諦めるって、なかなかできることじゃないから」
視線が一気にアタシへ集まる。
つくしも横からこっちを見つめてきた。
何でアタシが喋ると毎回皆見てくるんだろう。
そんなに珍しいかな。アタシが何か言うのって。
「……先川さんがそう言ってくれるとあいつも浮かばれるよ。たぶん、君にもめっちゃ申し訳ないと思ってるはずだから。木下」
「別にそこまで申し訳なく思ってもらわなくてもいいんだけど……」
アタシが返すと、近藤君は「いやいや」と手を横に振って、
「そこは思わなきゃダメだよ。二人が付き合ってるのに、あいつはそれを邪魔しようとしたんだから。それは事実なんだし」
「そうだね」
と、今度はアタシじゃなくてつくしが言った。
一貫して声のトーンが冷たい。
立川君も近藤君も、つくしが喋ると一気に表情を変える。
たぶん、つくしは怯えられてる。
アタシよりも強く怒っているような、そんな雰囲気を漂わせてるから。
「実際、木下君のせいで私は春との関係に傷入れられた。色々大変だったし、そこはしばらく許せない」
「……っ」「
言葉を詰まらせる立川君と、無言で頷く近藤君。
それでも、つくしは「ただ……」と話を続けた。
「何も、ずっと許さないって気はないよ」
「「……え?」」
彼らの声が重なった。
顔を上げてつくしの方を見つめる。
「高校にいる間かどうかはわからないし、もしかしたら卒業して、顔を合わせることが無くなってからかもしれない。いつになるかはわからないけど、さすがにいつかは彼のこと、許せると思う」
「……そっか」
浮かばれたような表情になる二人。
それでも、と。
そんな感じだった。
「でも、立川君も近藤君も、すごいね」
「「……?」」
突然つくしが二人を褒める。
まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったからか、立川君も近藤君も、同じように疑問符を浮かべた。
「すごいって、何が?」
「いやぁ、なんか木下君のことを友達として大切にしてるんだなぁって。そう思わさせられたから」
つくしが言って、アタシも納得した。
確かに。立川君も近藤君も、木下君のことをすごく思いながら発言してる。
「二人にそう思わせるってことは、木下君は本当にいい人なんだね。私、突然キスされたからわかんなかった」
えへへ、と笑いながら言うつくしに、立川君も近藤君もまずはコメントしづらそうにして、けれども照れるような仕草をしながら「どうだろうな」と呟いていた。
最初、アタシたちの間に漂っていた緊張感は徐々に無くなり始めている。
それは、もちろん木下君を擁護する二人のおかげでもあったんだろうけど、何よりも強く感じたのは、三人。
つまり、木下君も含めた彼らの関係、それと人間性の良さがこうした雰囲気を生んだんだと思った。
テスト週間の時。
確かに木下君には色々と思うところがあったけど。
今は、なんとなく彼とも直接また話してみたい、と。
アタシは心の奥底でそんなことを考えるのだった。