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第75話 あなたが傍にいてくれれば

「ふーん。なーほどなーほど。結局、立川も近藤も良い奴だったってオチなんね。まー、言われてみれば確かに悪い奴でもないしねー」


 アタシの部屋の中。


 松島さんは、さっきコンビニで買ったイチゴミルクをストローで飲みながら、ダラッとした体勢で言う。


 その横にいた尾上さんは、胸をなでおろして一安心といったところだ。


「よかった……。これ以上木下君関連の話で二人に迷惑掛けてたらどうしようかと思ってた……」


「んひひっ。しおりんは木下事件のキーパーソンだもんね。ダメだぞ~? もうこんなことしちゃ」


 三木さんはカフェオレだ。


 ストローを吸いながら、私の普段使ってる勉強机備え付けの椅子に座ってる。


 彼女に毒突かれ、尾上さんは微妙な反応。


「うぅぅ」と苦々しい声を漏らしつつ、アタシとつくしに謝ってきた。


「本当にごめんね? まだ色々尾を引いてるみたいで」


 アタシたちは二人そろって苦笑いし、首を横に振った。別に大丈夫だよ、と。


 四つ足テーブルの上でパーティ開けされたポテトチップスをつまみつつ、つくしは続ける。


「そもそも木下君の件なんて別に尾上ちゃんそこまで悪くないよ~。ただの恋する乙女だったんだし」


「おっ。つくし、さすがイケメン。恋人が横にいるし、器のでかさが違うね。私も惚れそうになっちったよ」


 からかうように言う松島さんをジト目で見つめ、つくしはポテトチップスをもう一枚つまんだ。


「松、思ってもいないこと言わないの。あんまりからかってると、日本史の広重先生に松島さんも補習受けたがってますって言うよ?」


「ちょっ、それだけは勘弁して!?」


 飲んでいたイチゴミルクのストローから口を離し、背筋も伸ばしながら訴える松島さん。


 先生にも人気なつくしが提案すれば、お願いしたことが現実になりかねないから焦るのもわかる。


 広重先生はおじいちゃんくらいの年齢で誰にでも優しいし、つくしに言いくるめられそうな空気がすごく漂っているから余計だ。


 もしアタシが松島さんの立場だったら同じように懇願してたと思う。「やめて」って。


「でも、そうだよね~。今回ほんと色々大変だったね二人とも。実質木下たちのせいで補習になってるようなもんじゃん? 運が悪かったってのもあるけどさ~」


 三木さんが椅子にもたれかかりながらゆるりと呟いた。


 アタシは頭を大きく縦に振る。


 ほんと、その通り。木下君のせいだし、運も悪すぎる。


 なんで赤点一つでも取ったら補習対象なの。


 二つのアタシなんて地獄だよ。補習テストだってあるみたいだし。


「ほんと、ご愁傷様だよな~。日本史の補習、木下や立川たちもいるみたいだし~」


「「は?」」


「あぁっ! ごめん! いやいやつくし、今のは煽りじゃなくてただ事実を言っただけのことで――」


「違うってば、松。そっちに対する疑問符じゃなくて、私が言いたいのは補習の話だよ」


「へ?」


 噛み合っていない会話。


 きょとんと首を傾げる松島さんだけど、すぐにつくしの言いたいことを理解した彼女は「はい、はい」と手を軽く二、三叩いてみせた。


「そうだよ? 知らなかった? 木下と立川と、近藤と間島がいんの。日本史の補習」


「え、えぇー……?」


 改めて嫌な現実を知らされ、つくしはわかりやすく口をへの字にした。


 アタシも思い切りマイナス感情を顔に出す。


 悪くない人たちなんだな、とは思ったけど、何もこんなに早く勢揃いした彼らと相まみえたくはない。


 そもそも気まずすぎる。


 心の準備をする暇が無さそうだった。


「まあまあ、つくしも春ちゃんもあいつらのことそこまで悪い奴じゃないんだって思ったんでしょ? だったら別に一緒になってもいいじゃん? そこで逆に仲良くなれるかもしれないんだしー?」


「いやいや、さすがにそんなすぐに仲良くはなれないよ? そもそも補習って遊びじゃないし、仲良く会話するタイミングもあるか怪しいし、別に私たちは私たちで二人きりの補習を――」


つくしが対抗するように返していたところ、松島さんはさらに被せるようにして「はいはい」と声を上げた。


「そうやって人を遠ざけないの。向こうは向こうで仲良くしたいと思ってるかもだし、何もそれをつくしの方から拒否することないじゃん?」


 いや、遠ざけるというより、アタシたちになるべく近付かないようにするって言ってるのは木下君側らしいんだけど……。


 松島さんはその事実を知らないはず。


 だからそういうことを言ってしまってるんだと思う。


 アタシは傍で二人のやり取りを見ながら、呆れるような表情を浮かべた。


 三木さんも同じような顔をしていて、尾上さんはひたすらあたふたしていた。


「里緒菜? 残念だけど、それは間違いだよ? 木下、今はもう反省しきっててつくしと春ちゃんに近付かないようにしてるっぽいし」


 相変わらずカフェオレを飲みながらゆるゆるな話し方の三木さん。


 でも、まさか彼女がそれを知っているとは思ってなくて、アタシは少し驚いていた。


 驚いているところ、三木さんはアタシの方を見てくる。


「ね、春ちゃん? 春ちゃんも今そう思ってたとこっしょ? 木下君がつくしを拒否ってるんだよ、ってさ」


 思い切り正解。


 正解過ぎて、アタシは思わず苦々しい声を漏らしてしまった。


 反応もたぶんわかりやすかったと思う。


 三木さんはニヤッと笑んで、松島さんも「マジ!?」とびっくりなご様子。


「え、そうなの春ちゃん!? 今、木下の方からつくしを拒否ってんの!? 嘘でしょ!?」


 嘘じゃない。本当。


 若干視線を彼女から逸らして頷くと、松島さんはさらに動揺して大きめの声を上げていた。


「嘘じゃん!?」と。


 だから、本当なんだってば。


「えー……。マジ……? マジですかー……。なんかほんとただの良い奴に落ち着くんだねー……」


「松、何でさっきから残念そうなの? ここはむしろ喜ぶべきところでしょ?」


 つくしに言われ、手を横に振る松島さん。


「喜ぶべきところなわけなくない!? 私的にはもっと木下が荒ぶって、つくしと春ちゃんのイチャイチャシーン見せつけて、そんであいつが脳破壊されるところを見たかったんだよ! こう、なんていうかさ、イチゴミルクの肴に、みたいな?」


「「「最低過ぎ……」」」


 つくし、三木さん、尾上さんの三人の声が重なる。


 皆ドン引きの目で松島さんを見ていた。


 アタシも思う。悪趣味だなぁって。


「いやいや、最低過ぎることなくない? だって、友達の恋路を邪魔しようとした奴だよ? そりゃあもう然るべき裁きを受けるべきでしょ? メッタメタにやられてるところみたいじゃん!」


「つくしちゃん本人がそう思うならまだギリギリわかるけど、何で当事者でもない里緒菜がそういうところ見たがるのよ……。そこが訳わかんないんだってば」

「えー!? 何で!? わからん!? 私のこの気持ち!」


 わからん。


 心の中で返しながら、松島さんのことをジッと見つめた。


 しまいには彼女と目が合ってしまい、アタシはベタベタと体をくっつけられながら絡まれてしまう。


「ねーねー、春ちゃぁ~ん? わかってよ~? 私のこの気持ち~」


 酔っ払いみたいだった。


 ひたすらに苦笑いを浮かべて、アタシは松島さんから距離を取ろうとするけど、彼女も彼女で比例するようにくっつき続けてくる。


 困るなぁ、と思っていたところ、つくしが助け舟を出してくれた。


 アタシたちの体と体を引き離し、松島さんの頭にチョップを食らわせる。


「松、あんまり調子に乗らないの。木下君のことも、それならそれで私は全然構わないんだから」


「……ちぇ~。むしろ拒否されるの大歓迎ってやつですかい」


 ぷくっと頬を膨らませる松島さんに対し、つくしは頷いた。


「ただ、そうは言っても同じ教室で補習受けなきゃだからね。その辺り、気まずいのは気まずいよ。立川君とかは声掛けてきそうだし」


「あ~。そうなってくると気まずさマシマシだよね~。嫌だなぁ~、振った人が傍にいるのに、その友達が声掛けてくる感じ」


 三木さんは「わかる~」みたいな感じで眉をひそめていた。


 正直わかる。


 つくしも気まずいだろうけど、アタシもハッキリ言って気まずかった。


 どんな顔してつくしの傍にいたらいいの。


「まあでも、仕方ないよ。そうは言ったって補習受けなきゃいけないのは受けなきゃいけないわけだし」


 まあね。


 逃れられるはずもない。


「それに、私はどんな人がいても春が傍にいてくれたらいい。春だけがすべてなので」


 堂々とした惚気に、三人が「おぉ~」と意味ありげな声を上げた。


 やめて、つくし。


 さすがにそれは恥ずかしい。


 アタシは心の中でそう思い、顔をわずかにうつむかせるのだった。


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