そうして、アタシとつくしは松島さんに煽られつつ、日本史の補習日を迎えた。
今日から一週間ほど、放課後の時間を約二時間ほど使って中間テストの振り返りをし、最後にもう一度テストを受ける。
そのテストの合格点を満たせば晴れて解放されるわけだけど、前にも言った通り合格点以下だった場合、膨大な罰課題を与えられる。
それをこなせば留年にはならないからいいけど、だとしてもだった。
課題をたくさん出されるってことは、その分自由な時間を奪われるということ。
イコールつくしと遊べなくなる。
遊べないまま期末テストのテスト週間を迎えたりなんてしたらもう最悪。
アタシたちは二人の時間を作れないまま、また勉強期間へ身を投じないといけなくなる。
どっちにせよ、面倒なことはさっさと終わらせてしまった方がいい。
木下君たちがいて気まずいのは気まずいけど、そればかりに気を取られていたら悪い展開を迎えることになる。
つくしもそれを理解していたからか、あまり放課後を思って気まずそうにしてるって感じでもなかった。
むしろ『頑張ろう感』が滲み出ている。
アタシは数学Aでも補習があるから、つくしはその辺の心配もしてくれていた。
本当にそう。
余計なことを考えてないで、ちゃんと勉強しなきゃ。
そんなことを考えつつ、それでも多少は胸をざわつかせながら補習の行われる視聴覚教室へつくしと一緒に入った。
室内を見渡せば、そこには既にメンバーらしき人たちが揃っていた。
人数的に多くはないけど、少なくもない。
ざっと二十人弱くらい。
だいたいそれくらいかな、と予想していたのがちょうど当たった感じ。
木下君たちの姿はすぐに目に飛び込んできた。
後ろの方の席を陣取ってなにやら四人で会話してる。
補習だってのにいつもと変わらない楽しそうなテンションだったけど、彼らも彼らでアタシとつくしのことを認識すると、一瞬黙ってしまった。
やめて欲しい。
周りにいる人たちが疑いを持ちそうだから。
アタシたちと何かあったんじゃないか、って。
「春、席どこにする? 私、一番前でも全然大丈夫だけど?」
一番前。
それは木下君たちから最も離れた場所で。
だけど、先生からすれば最も当てやすい場所でもあった。
一長一短。
一瞬迷うけど、ここはもう自分の気持ちに正直になることにした。
「……じゃあ、一番前にする?」
つくしが提案してきてくれたのに、アタシは彼女の機嫌を窺うように言った。
疑問符を付ける必要は絶対にない。
でも、勝手に付いてしまった。アタシが小心者でビビりなばっかりに。
「ん。わかった。じゃあ一番前にしよ?」
つくしは優しく微笑みかけてきてくれながら、そっとアタシの腰に触れる。
女子同士ってことを考えれば、この密着具合はそこまでおかしなものでもないはず。
だけど、木下君たちはアタシたちのことを見て、『やっぱり』みたいな反応をしていた。
わざとらしく口笛を吹いたり、テンション任せに煽るようなことはしてこないけど、それでも目を見開いて冗談っぽくニヤケているから複雑な気分になる。
つくしは一切彼らの方を見ない。
前だけ見て、アタシを誘導するように手に力を入れてきた。
つくしに押されるような形でアタシは前に進む。
進んで、最前列の席で二人並んで椅子に腰掛けた。
一息ついて、すぐにカバンの中から筆記用具と中間テストの答案用紙を机の上に出す。
「……」
広重先生が来る気配もまだ無いし、他に何かすることも無い。
視聴覚教室の中は結構静かだった。
それもそのはず。
アタシとつくし、それから木下君たちみたいに友達同士でここにいる人は少ない。
大抵の人たちが一人で、知り合いがいてもずっと喋ってるなんてことはない。
だから、堂々と声を出して喋ったりできない雰囲気だった。
それをつくしも感じていて、口元に手をやりながらこっそりアタシへ話し掛けてくる。
アタシは耳を傾けて、彼女が何を言ってこようとしているのか聞き取る努力をした。
「……なんか意外。あの人たち、こんな状況でも関係なく喋るのかと思ってた」
あの人たちっていうのは、たぶん木下君たちのことを指してる。
アタシは苦笑いを浮かべながら頷いた。それは確かに言えてる。言えてるけど……。
「……でも、アタシたちがここに来るまでは普通に喋ってたっぽくない? 今喋ってないの、たぶんアタシたちがここに来たからだよ」
「あ。そっか。そうだね。確かに」
「アタシたちのせいで気まずくなってるんだと思う。それだけの話だよ」
木下君たちのこと、何でもかんでもいい方に持って行こうとしてる感があった。
別にそこまで敵視するつもりはないけど、元々彼らのせいでテスト週間を他のことに捧げる羽目になったんだし、アタシとつくしが今ここにいるのも元を辿れば木下君たちのせいなわけだ。
そこを忘れちゃいけない。
うん。アタシが元々成績そこまで良くないってことはいったん置いておくとして。
そう。木下君のせいで赤点二つも取ったんだ。それは間違いない。……たぶん。
そんなことを考えていると、静かだった室内の空気を裂くように出入り口の扉が開かれる。
「おぉ、皆もう集まってるね。人数はこれで全員かな?」
皆集まってるね、と言いながら、人数を数え始める広重先生。
登場して早々キャラが出てる。
おじいちゃん先生で、物腰柔らかで授業も面白いからすごく人気者。
補習も広重先生がやってくれるなら全然いいと思えるほどだけど、一番はそもそも赤点を取らないことなので何とも言えない。
「……うん。はい。名簿と示し合わせてみてもこれで全員だね。了解。じゃあ、まず今日のプリントから配っていくよ。前の人、後ろの人に渡していってね」
言われ、アタシとつくし、それから横にいる何人かの人たちが頷く。
広重先生からプリントを受け取り、それを後ろの人に回す。
B5サイズの用紙に記されているのは、中間テストの問題そのままと、その問題に対し、広重先生がペンで解説などを簡単に入れてくれていた。
ただ、簡単にと言っても、文字量は全体で見ると結構なものだ。
アタシはそれに対し少々面食らいながらも、広重先生の親切心をありがたく受け取るようにプリントを眺める。
テスト週間中、もっと日本史に時間を割けていればなぁ、と軽く後悔もした。
隣でつくしが苦笑いを浮かべている。
アタシと同じことを考えているのかもしれない。
もっと勉強していれば、と。
たとえ他に考えることがあって、苦しかったとしても。
「広重先生。プリントちょっと多かったです」
もらったプリントを眺めていると、後方から立川君が声を上げる。
マジマジとじゃなくて、チラッと見やると、彼はプリントをひらひらさせて広重先生に訴えていた。
先生は申し訳なさげに前に持って来てくれるよう立川君に言う。
彼はそれを了承し、後ろから前の方まで歩いてきた。
「いやぁ、悪いね。多かったか」
「いえいえ、大丈夫っす。俺もちょうど前の方来たかったんで」
言って、彼がチラッとアタシたちの方を見てきた。
広重先生は疑問符を浮かべつつ、「まあいい」と軽く流す。
良くはないけど、まあ先生もそう言うほかないんだと思う。
アタシだって先生の立場だったら同じ風に返しそうだ。
早いところ授業を始めないと時間がない。
たったの一週間で、やり直しテストを補習者全員に合格させないといけないのだから。
「……っ」
ちょうど自分の席に戻ろうとする立川君と目が合った。
彼は調子よく目配せしてこっそり手を振ってくるけど、アタシはそれに対して特に何も返さなかった。
いや、返せないというのが正しい。
こんなところ、で彼らと繋がってることをここにいる皆に認識されたくなかった。
分相応だ、と絶対批判される。
それが嫌だ。静かになるべく暮らしたい。
暮らしたいんだけど――
「……やぁ、二人とも。元気にしてた?」
こんな感じで、現実はいつも思うようにいかない。
立川君がコソコソッと話し掛けてきて、皆の視線が一気にアタシたちの元へ集まるのだった。