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第57話 『始祖竜』

 この世界は魔王に所有されていて、俺たち所有物は好き勝手になにかをすることを許されていなかった。


 そんな先細りの世界に唯一あった希望というのが『魔術の研究者になること』で、それだけは魔王に許され、多少おかしなことをしても潰されたりしないものだった。


 むしろ魔王は魔術研究についてだけ、奨励していたとさえ言える。


 ……もちろん、あの魔王はすでに人類との付き合いをあきらめていて、『所有物だ』とわからせるため以外には、人と口を利かない。


 だが、魔術研究についてはたまに見に来るらしいし、その成果に応じて精霊リソースをよこしたり、優秀な研究者が研究だけに没頭できるように生活を世話したりするらしかった。


 この大陸にある唯一の夢がそれで、だから、それを目指すことはおおいに奨励された。


 村から魔術研究者を出すことは、大陸中に散らばったすべての村の悲願であり……


 当然ながら、かなりの狭き門だった。


 まあ、研究者になるのは誰でもできる。名乗ればいいし、それっぽいことをしてたらいい。

 だが、それを魔王に認めてもらうというのが、並大抵ではない。


 なにせ魔王自身が超一流の研究者なのだ。


 竜の秘法にさえ指先を引っ掛けるほどの天才が、弛まず研究を続けているのである。


 当然ながら基本的なことはすべて網羅されており、そんな魔王を唸らせる発想が浮かんで、さらに研究として成立させ、魔王が注目するほどの成果を挙げる難易度がどれほどのものかは、誰だってわかった。


 でも門が狭いほど燃えて、絶望的な難易度のものが立ち塞がるたび『自分にならできる!』と思い込める時期というのは、誰にでもあるものだ。


 俺が竜と出会ったのはそんな時期だった。


 ただし。


 竜の目的は俺ではなく……



 そいつが噂に聞く始祖竜オリジンという存在だというのは一目でわかった。


 始祖竜に共通の特徴があるからという話ではない。


 色彩、というのか。


 そいつは存在そのものが鮮やかに感じられたのだ。


 けれど色合い自体が派手という意味ではなかった。

 真っ黒な髪。真っ白な肌。色合い自体は珍しくもないけれど、どうしようもないほど俺たちなんかとは違うというのを、ただ立っているだけでこちらにわからせるほど、存在が濃いというのか……住む世界が違うように思えたのだ。


「あなたは『勇者』になれます」


 唐突に現れた始祖竜が、唐突にそう言った。


 視線の先にいるのは俺ではなく、俺の幼馴染だった。


 幼馴染には才覚があった。

 頭もいい。

 見た目だっていい。


 どことなく少年っぽさのある中性的な容姿は男よりむしろ女に人気なぐらいだった。

 娯楽のない村では、こいつが誰かに微笑みかけるだけで話の種になるほどだった。


 そもそも、こいつは村の外れに住んでいて、あまり村の中まで来ないから、姿を見ること自体が珍しい。


 その村外れでなにをしているかと言えば、畑を耕したり、食事の用意をしたり、水を汲んだり、そういうこととまったく同列に、魔術研究を……主に人間以外の生物と精霊との関係を研究している。


 今の世界じゃあ、魔術を使える者はごくわずかだ。


 魔王が許可を出さない限り精霊は俺たちに力を貸してくれない。

 精霊がこちらに興味を持たない限り、俺たちは魔術を扱えない。


 ただし、魔王の許可なしでも魔術を使えるぐらい精霊に愛されているやつもいて、そんな希少なうちの一人が、こいつなのだった。


 けど、才能に恵まれているこいつが、俺ぐらい必死に魔術研究者を目指しているかといえば、そんなことはなさそうだった。


 こいつにとって魔術研究は、持て余している退屈を紛らわすだけの、ただの趣味なのだった。

『将来』なんてものを賭けるに値しない、掃いて捨てるほどある暇つぶし手段のうち一つでしかないの、だった。


 毎日生活するだけでひいひい・・・・言って、睡眠時間を削って魔術の研究に打ち込み、乏しい資料をかき集めて必死に理論を構築している俺なんかとは、全然違う。


 村外れに親もなく一人で暮らしているのに、そいつは生活に余裕があった。

 五歳ぐらいから一人で暮らしているようにしか見えないのに、そのころからずっと変わらず、優雅な生活をしているのだ。


 だから村では『魔王がひっそり援助しているに違いない』とか言われていて、誰も、こいつの生活に口を出さない。


 でも、俺は知っている。

 こいつのところに魔王が来たことなんかない。


 なにせ俺は、五歳ころに、同い年のこいつを発見してから、長い時間をいっしょに過ごしているんだ。

 魔王の援助があるなら、俺だって魔王の姿を一回ぐらいおがめているはずだろう。

 でも、そんな機会は一回もなかった。ゆえに、こいつは魔王に援助なんかされていない。


 論理的帰結だ。魔術研究に必要な思考方式だ。


 けれど俺がどれだけ『あいつは魔王に援助なんかされていない』と言ったって、誰も信じなかった。


 研究者を出すことはすべての村の悲願のはずで、誰もが一回ぐらいは研究者っぽいことをしてみたことぐらいあるはずなのに、その誰もが論理的思考なんかしていない。しようとさえ、思っていない。


 ……どうしてみんな、そんなに、気が抜けた生き方をしてるんだ。


 どうしてみんな、そんなに、必死じゃないんだ。


 才能がないなら必死になるべきだ。

 才能があるならば、余計に必死になるべきだ。


 だから俺は、村の連中も、こいつも、嫌いだ。


 でも、始祖竜の来訪なんていう大事件がきっと、幼馴染に『必死さ』を与えてくれるんじゃないかって、期待した。


 ……俺はこいつに必死になってほしい。

 必死になればきっと、すごいことができる。それだけの才覚が、俺の幼馴染にはあるんだから。


 でも、黒い始祖竜に話しかけられた幼馴染は、眠そうに笑って、長い金髪を掻いて、あまつさえあくびなんかして、こんなふうに答えるのだ。


「んー……いいや」


「なんでだよ!」


 思わず叫ぶと、始祖竜はびっくりした顔でこちらを見た。

 どうにも俺の存在は認識さえされていなかったらしい。


 少しばかり傷ついたせいで、つい、勢いが削がれてしまう。

 それでも言いたいことは止められなかった。


「おい、始祖竜だぞ!? 始祖竜って言ったら━━魔王がメインで研究してる魔術的に貴重なテーマじゃねーか! そんなものが転がり込んで来たんだから、ちゃんと興味持てよ!」


 俺が勢いを取り戻しながらしゃべっても、幼馴染は青い瞳を眠たげに細めて、頭を掻いて、なんともやる気なさげに言うのだ。


「そういうのは、いいよ」


「だから、なんで!?」


「なんで? なんで、かあ。……うーん、そうだなあ。ほら、標本にするにはちょっとサイズが大きいし。私はケースに入らないサイズの生き物にあんまり興味ないんだよね……」


 始祖竜が「えっ」と声を上げた。


「お前なら魔王に頼めばケースぐらい用意してもらえるだろ! っていうか、始祖竜を見つけたって報告したら、魔王が入れ物ぐらいくれるって!」


 始祖竜が「え”っ……」と声を上げた。


「まあ、それにしたって、私んちに置いておくにはちょっと邪魔なサイズには変わりないし……だいたい、うちにはもう、私の寝る場所ぐらいしかスペースがないんだよね」


「じゃあ俺がもらっちまうぞ!? いいのか!?」


「いいよ。どうぞ、どうぞ」


「……くそ! もうもらったからな!」


「えええええ!?」


 おどろく始祖竜の手をとって、大股歩きでその場を離れた。


 あいつは引き止めもしなかった。

 だから俺も意地を張って、絶対にあいつなんかに始祖竜を渡してなるものかという一心で、とにかくあいつのそばから始祖竜を引き剥がし……


 しばらく歩いて。


「……どうしよう。うちにも置く場所なんかねーよ……」


 あっというまに、始祖竜を持て余したのだった。

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