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第72話 メッセンジャー

『邪魔をしなければいい』と言われたからには、【静謐】にはなんらかの目標があり、そのために行動中であり、その行動には俺が足手まといになるのだろうという予想ができた。


 だが一日中待ってみても、【静謐】はねぐらとしていた洞窟の中で美しく座ったり、寝転んだり、立ち上がってうろついたりするだけで、全然なんにも、『邪魔』ができるような行動をしなかったのである。


 もちろんこれについて俺は質問した。


 かみさま━━と、現代の俺は翻訳してしまうが、当時はもうちょっと周りくどく、長ったらしい表現をしていた印象が残っている━━は、いったいなにをしているのですか、と。


 すると始祖竜かみさまはこう答えた。


「世界の進歩を待っています」


 あまりにも超然とした雰囲気で冷淡に語るものだから、俺はわけもわからず壮大さを感じて『なるほど……』と黙りこくってしまった。


 しかしそれは『めちゃめちゃ暇。やることが全然ない』の言い換えでしかなかった。

【静謐】は時間を持て余しまくっていて、退屈に耐えきれなくなると、普段は無視を決め込んでいる俺に対し、話しかけてくるのだ。


「脆弱なる者よ。あなたはいったい、なぜ、一人でいるのですか?」


 ここで俺が『かみさまと一緒にいます』と的外れな回答をしたのは、俺のインテリジェンスの低さをかんがみない問いかけをした【静謐】にも責任の一端があると思う。


 彼女はなにもない狭い洞穴を端から端に一往復するぐらいの時間、言葉を整理してから、


「……あなたたち弱き者は、集団を形成して、そこで過ごすのが普通でしょう。にもかかわらず、あなたは一人で行き倒れていた。それは、なぜですか?」


 ここで俺は初めて事情を問われ、『一人でいる理由』を語ることを許されたのだった。


 俺の話はへたくそだった。


 まず『集落』という組織の頑迷さというのか、評価軸が一本しかなく、そこに引っかからない者はすべて無能とみなす蒙昧さというのか、そういうものに対する不満をくどくどと述べた。


 そうして自分を持ち上げるように『あいつらみたいな愚かな連中とは一緒にいられない。だから策略を用いて集落を出ることにした。あっ、策略を用いる必要があったのは集落をただ抜けると死の制裁があって、それがなんでかっていうと……』とあっちこっちに話をふらつかせ……


 最後の最後で、


「だから、集落を出て、二度と戻らないんだ」


 と胸を張った。


 ところが【静謐】は正確に事情を読み解くと目を細めて、


「つまり、追い出されて帰る場所がない、と」


 この美しい存在に自分のちっぽけな虚栄心を指摘されたような気がして、妙に気恥ずかしくなり、俺はなにごとかをまくしたてた。


 けれど事実は【静謐】の述べた通りの情けないものなのだから、いくら言葉を重ねても、それは『自分を小さく見られるのが嫌だ』という、子供の癇癪でしかないのだ。


 言えば言うほど彼女の視線が冷えていくもので、俺もいよいよ言葉を尽くすことの失策を知り、黙り込んだ。


【静謐】はため息をついた。


「私の側に、あなたを世話する理由はなに一つありません」


「わ、わかってるよ! でも、その……食料とかは、自分で、用意するし……ここにいるぐらい、いいだろ!?」


前回・・の記録を紐解く限りにおいて、あなたと一緒にいること自体が、よからぬ引き金となる可能性があります。……それに、信用できない」


「俺、大人しくしてるじゃん!」


「……ああ、ようするに、危害を加えるようなことをしていないだろう、ということですか? ……思い上がらないように。あなたごときが害意を持って襲ってこようが、指先一つで氷漬けです」


「じゃあ、なんでだよ! いていいだろ!」


人類あなたたちは、我々に都合が・・・良すぎて・・・・信用ならないのです」


「はあ?」


 この当時の俺にはさっぱりわからない話だったが、現代の俺は、その大まかなところを察することができた。


 この世界はそもそも、始祖竜オリジンのためのものなのだ。


 だからすべての人類が始祖竜を見た瞬間好意的になるし、しかもそこから発せられる感情というエネルギーは始祖竜の存在を維持する力になる。


 災厄という例外こそあるものの、それ以外で始祖竜が人に負けることもなく、そもそも、人は始祖竜を神のごとく崇めるのがデフォで、これを嫌うということがほぼない。


 始祖竜はみんなに好かれる。

 始祖竜は無双だ。

 始祖竜のためにみんなが捧げ物かんじょうまでくれる。


 ようするに、根が真面目で『陰』寄りな【静謐】は、『こんなに自分たちにとって都合のいい存在をうまく受け入れられない』と述べているのだった。


 そういう言い方をされるとちょっと……と現代静謐がなにか言いたそうだが、目立った反論はないので、おおむね正解なのだろう。


「……まあ、しかし。そうですね」


 ここで当時の【静謐】が俺をじろじろ見て、なにかを考え込む。


 それから、


「いつまでも接触を避け続けるのもどうかと思いますし、まず、このへんから慣れていくべき、でしょう」


 竜の思考は人には難しい。


 だが、なんとなく和らいでいく雰囲気を察した当時の俺は、『追い出されるかもしれない』という緊張からわずかに解放されて、笑った。


「……愚かなる人間よ。わかりました。私のそばにはべることを許可します。その代わり、あなたは私を裏切ってはなりません。これより長い年月をかけて、あなたに逆らったらどうなるかを刻み込みましょう」


「お、おう」


「その代わり、あなたは私とヒトとを結ぶ役割を負うのです。私が接触を望む人類あらば、まずあなたが駆けて行ってアポイントメントをとり、私の存在を周知し、相手の友好的な態度を引き出すのです。いいですね」


 ここらでもう、言ってしまってもいいだろうか。


 始祖竜【静謐】は……


 人と接するのを怖がる竜なのだった。


 悲しいほどに━━コミュ力がないのだった。


 なので、俺を渉外担当にすることを思いついたのである。


 ……こうして、竜と人とを結ぶメッセンジャーとしての生活が始まった。


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