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 先ほどまで舞台に座っていたカップルの生徒はいつの間にか誰もおらず、舞台には拓だけが立っていて、その背後には椅子が二つ用意されていた。

 他の生徒もどういう状況なのか飲み込めないようで、どよめきが走っていた。

 そんな注目の的でどよめきの原因となっている拓は、大きく息を吸い込むと、マイクに向かって叫んだ。


「新田奈海さん!!」


 私の、名を。


「奈海?」

「白雪姫やってた子がそういう名前やったよ!」

「あ、もしかしてバスケ部の?」

「知ってるー! え、どこどこ?」


 途端に、どよめきが奈海を探す好奇の声へと変わっていくのを肌で感じた奈海は咄嗟に隠れるように頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 目立つのが苦手な奈海にとってこの状況は地獄絵図のようなものだった。


 ――一体、何が起きているのか


 拓は、何をしたいのか


 しゃがみ込んで混乱している奈海の耳に、ハキハキとした拓の声が再び届いた。


「貴女とベストカップルになりたくて同じバッヂを細工してもらっていました! 本当はやっちゃいけないことらしいんやけど、特別サービスでやってもらってました! 普通に参加してた人すんません! 俺の顔に免じて許してください!!」


 いや顔に免じて、て


 とんでもない爆弾発言に戸惑いながらも奈海が内心で突っ込んでいると、周りから「いや顔て」「まぁ確かにイケメン」「あれってあのおもろい演劇の王子役?」という声があちこちで上がっていた。

 ――ちなみに、奏斗は呆気にとられた顔で口を開いたまま舞台をぽかんと見上げていた。


「俺がそんな細工をしてもらったにもかかわらず、貴女はバッヂをつけず逃げてそのまま見つかりませんでした。だから最終手段を実行します。誰か新田奈美さんを見つけてここに連れてきてください! めっちゃルール違反ですが、俺はどうしても彼女とカップルになりたいんです。彼女と同じクラスになってから半年、たったそれだけの期間っていうかもしれんけど、俺は本気で彼女を好きになりました。青い内に精一杯やれ、と言われたから、彼女と恋人になるために精一杯色々やってきました。俺って結構顔でモテるから、やれることめっちゃやりつくしました!!」


 顔は真剣そのものなのに結構ふざけた言葉の入り混じった拓の演説に笑いが沸き起こった。


「自分でモテてる発言とか、はっずっ」

「でも実際アイツモテとんねんで」

「学年一の王子とか漫画みたいなこと言われとんのやろ」

「マジか。じゃあ結構すげー奴じゃん」

「てかそんなこと言うためにあそこに立つメンタルよ」


 ――メンタル


 その言葉を拾った奈海は、頭を抱えた状態のままそっと立ち上がり舞台を覗いた。

 どんな顔して立っているのだろう、と気になったのだ。

 舞台から今奈海のいる場所は少々距離が離れているが、その距離でもわかるほど。

 彼の耳や頬は赤く染まっていた。

 その赤さが十分、彼自身も勇気を振り絞って立っていることを物語っていた。

 その姿に、何ふざけたことやってんだ、と思っていた奈海の全身がぶわっと熱くなった。


 ――彼は、本当に


 私を振り向かせるために青い今だからこそできることを全力でやっている。

 あの日の、宣言通りに――


「それで思いついたのがこんなせこいことでした。他にもやりようあったかとは思うねんけど頭がそんなよくない俺にはこれ以外いい方法が思いつきませんでした。新田奈美さん! こんなせこい俺ですが、カップルとして壇上にあがってくれませんか! そして……」


 拓はそこで一旦言葉を切ると、一度深く息を吐き、落ち着くように勢いよく吸うと、彼はマイクに向かって今までで一番大きな声を発した。



「俺の告白の答えを教えてください!!」



 全身全霊の告白とも言える勢いに、口笛や囃し立てる野次が飛ぶ。


 ――受け止めたい。彼の全力を。でも……


 からかう声。

 面白がる野次、歓声。

 メインの人物を探す好奇の目。


 拓の言葉に対して以外で異様に心臓がうるさくなり、手にじわりと汗が滲んだ。


 ――私は、この全ての注目の的になって、まともにあの上に立てるだろうか


 拓の横に、立てるだろうか。


 奈海が戸惑い、困惑していると。

 傍で、深い深い深いため息が聞こえた。

 ハッとしてそちらに視線を向けると、苦虫を噛みつぶしたような表情の奏斗が舞台の拓を見据えながら「何やあれ……せっこ。俺引き立て役やん……」と心底嫌そうに言葉を吐き、再び深い深い溜息を吐いた。


「来宮君……?」


 彼の溜息の真意を掴めず思わず尋ねる様に名を口にした奈海に、奏斗はちらっと視線を向けると、フフ、と先ほどの溜息とは裏腹にとても優しい笑みを浮かべた。


「……行っておいで。多分、君がずっと望んでたものがあそこにあるんちゃうかなぁ」


 そう言って、視線で舞台の上の拓を指した。


「え……?」


 どういう意味かわからず奈海も舞台の拓を見て、奏斗に視線を戻して、と視線を往復させながらおろおろと困惑していると、奏斗は「ほな」と手をひらりと上げて傍をあっさり離れた。


「え? ええ?」

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