「よっしゃ、きーまり」
奏斗は嬉しそうに言うと奈海の手首を掴んだまま立ち上がり「じゃあ早速屋台でなんか食おーぜっ」と引っ張った。
かなり強引で強制的な誘いだったが、奈海は彼の誘いに身を任せ「何か1つはおごってや」と軽い調子を取り戻しつつそう返すと「ハハ、お姫様のおっしゃるとーりに」と楽しそうに冗談で返してくれた。
屋台は、町のお祭りでもよく見かけるような定番メニューが並んでいた。
たこ焼き、焼きそば、フランクフルト、チョコバナナ、タピオカドリンク、クレープ……などなど、定番でも学ぶためにしか来ない校内で見かけるとまた違っていて、どれもキラキラしたように輝いて見えていた。
さらに、歩きながらだとお腹は結構空くもので、これまで演劇で苦労した場面や面白エピソード、他のクラスの催しものなどについて話しながらだと余計食は進み、思うままに食べ歩きをしていた。
落ち込んだ気分もお腹が満たされると自然と浮き上がり笑顔になれるもので、沈んでいた奈海の気分もすっかりよくなり、「来宮君ってあんまり話したことなかったけど、おもろい人やってんなぁ」と素直な発言を笑って言えるまでになっていた。
それでも、隣が彼ならばどうだっただろう――と、何度も想像してしまわずにはいられなかたが。
「そう? そら嬉しいなぁ。ちなみに、俺はず~っと奈海ちゃんと話したいって思ってたんやで?」
「そーなん? それはそれで嬉しいわぁ。何の取柄もないウチやのに」
サラっと返されて思わずドキっとした奈海だが、その動揺を誤魔化すように前髪をかき分けながら笑って返した。
「んー? 何言ってんの。そんな可愛いくせに」
そう言って、奏斗が奈海の耳から落ちた髪を指で拾い、耳の縁を撫でるようにかけた。
指先が少し肌に触れて、その突然の接触に奈海は驚いて耳元を抑えながら奏斗を見た。
奏斗はそんな奈海に「ハハ、まーっか。かーわいい」と楽しそうに笑った。
「ちょ、な……」
隠せない動揺が、感情となって表に現れていった。
心臓が異様にうるさい。
体が、どんどん温度を上げて熱くなっていく。
どうして、こうも、私の感情は揺れ動くのか。
すぐに、落ち着きが、なくなってしまうのか――――
<ピンポンパンポーン! なな、なーんと! 10組揃ってしまいました! さぁ全校生徒は校庭に集まり是非とも幸運なカップルを見納めにきなさーい!! そして必死こいて探していた諸君はドンマイっ。お疲れ様でしたー!>
その様子に奏斗も「面白そうだし、行ってみる?」と先程まで何事もなかったかのようにへらっと笑って尋ねてきた。
その提案に、清美と拓がいるかもしれない、と思うと到底乗り気にはなれなかったが、気持ちに区切りをつけるためにも必要だと思い「うん……行こっか」と奈海は誘いに乗った。
そのまま生徒の波にのって校庭へ進んで行くと、普段は校庭にない豪勢な舞台が用意されていた。
テレビとかにも使えてしまえそうな立派な舞台に、生徒会の本気って凄いなぁ、と奈海は密かに感心した。
<さぁ、全校生徒がおおよそ揃ったようですね! さぁ皆さんっ、こちらが幸運の10組です!>
奈海たちが舞台の前に到着すると同時に、星がマイクを手に声を張り上げた。司会らしさを出すためか、何故かサングラスをかけていた。
声につられるように舞台に目をやった奈海は、すぐに、視線を逸らした。
探さなくても、見つけてしまった。
というより、吸い込まれるように一番にそこに目がいってしまった。
左から順番に並ぶカップルの、一番右端に用意された10番目の椅子に座る2人。
青色の、9番のバッヂをつけている2人を
見つけてしまった
――ああ
視界が、じわっと歪んだ。
やっぱり、どれだけ最悪の予想をしていたとしても、現実を目の当たりにするとどうしようもなく辛いもので。
「来宮君、ごめん。私、ちょっと――」
「待って」
ここに居るだけで辛い奈海が舞台の前で観覧する生徒の集団から抜けようとすると、その手を奏斗が力強く掴み引き戻した。
「ごめん。本当に、向こう行きたいねん。ウチ、もうこれ以上……」
「だから、行かんといてって。言ったやろ、俺
「……
奏斗の言葉に、奈海の目が大きく見開かれた。
「ごめん、実は知ってたんや。奈海ちゃんが、失恋したこと……」
そう言って、奏斗は舞台の2人に視線を移す。
奈海は同じ方向を見れず反対方向に顔を背け「それがなんやねんな。放っといてよ」と手を振りほどこうとするが、奏斗の掴む力が強く、全く振りほどけなかった。
「聞いて。……なぁ、失恋同士くっつくとか、どない?」
「はぁ?」
奈海にとっては、突拍子もなさすぎる発言だった。
けれど、彼の目は真剣で。
それに戸惑った奈海は合わせた目をすぐに背けた。
「……なんや、それ。何、からかってんの? ふざけてんの? ……それ言いたいから一緒にいたん? ……もう意味わからん、ホンマ放っておいてってば」
「逆に考えてみーや。お互いの好きな人同士がくっついてんねんで? これもある意味運命やん。それに、誰でもいいとか思ってないし俺」
嘲笑気味に言葉を返す奈海に奏斗は語気を荒げ、もう片方の奈海の手を掴み強引に視線を合わさせた。
濡れた瞳と、真剣な瞳が交じり合う。
互いの息遣いが、わかる、距離。
「奈海ちゃんやから。奈海ちゃんやから一緒にいたいと思ったんや。俺は……結構、本気やで?」
真剣な瞳に吸い込まれている内に、奏斗の手が奈海の頬に触れ、横髪を耳の上にかきあげた。
慣れた手つき、なのに、指先の震えが奈海の肌に伝わり、彼も緊張していると気づいた奈海の鼓動が早鐘を打った。
「わかんない……」
震えた声を発した奈海の思考はもうぐちゃぐちゃだった。
混乱のし過ぎで、目まぐるしすぎる感情の動きと現実の急展開で、涙が浮かんでいた。
「もう……わからへん……」
何を信じて。
何を思って。
誰が好きか。
誰が嫌いか。
憎いのか、妬んでるのか、好きなのか、憧れてるのか
――もう、自分の感情が何なのかわからない。
何をしたいのか、わからない
「じゃあ……今から、わかっていけばええやん」
囁くような言葉を紡ぎ、奏斗の顔が近づいた。
吐息の温度が分かる距離。
もう、思考の麻痺している奈海は、目を、閉じた――――
キーーーーーーーーン
その刹那、唐突なとんでもない音量の不快音にその場にいた全員が耳を塞いだ。
奈海や奏斗も咄嗟に耳を抑え、何事かとマイクがある舞台の上を見た。
「え……」
舞台を見上げた奈海は、自分の目を疑った。
そこには、バッヂを2つ手に持った久藤拓が、マイクを握りしめ構えていたのだ。