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 <さぁ、これでルールは皆理解したね? 制限時間は17時まで! 見つけた人全員なんてことはつまらないし、制限があった方が面白いし、何よりそれじゃそれは運命じゃないから最大10組までが記念撮影対象です。さぁ、それぞれ教室でバッヂを受け取り、運命の人を探してこーい!>


 という星の号令に、「おー!」「見つけるぞー!」「今年の生徒会さいこー!」と口々に声をあげ、<~クラスから順に――>という放送に従い生徒たちはいそいそと体育館を出て、教室に戻り始めていった。

 その流れに身を任せる様にほぼ小走りで教室に戻らされた奈海は、教室に入って早々「はい、これが奈海ちゃんの」と星からバッヂを受け取った。

 さっきまで壇上にいた彼女がもう教室にいることに驚いたが、確か陸上部だったので足が速いのだろうと納得し「ありがとう」と素直に受け取った。

 ルールをきっちり守るタイプの奈海は数字と色をちらりと確認した後、バッヂをつけようと胸元に添えた――その時。


「拓は青色の9番ね!」


 清美の声が、上がった。

 瞬間、奈海の動きが止まった。


「残念、私はピンクの10番やわ」


 さらに続けて言った清美の言葉に男子の残念そうな声が上がった。

 そのざわめきを聞きながら、奈海はバッヂを隠すように握りしめ、クラスメイトに背を向けるようにして壁と向かい合い、自分の番号を確認した。


 ――星から受け取った時。色と番号を見ていた。もし、見間違いでなければ


 青色の、9


 確認した奈海の全身が、ぞわっと総毛だった。


 こんなことが、あるのだろうか。


「ね、奈海は何番?」


 清美が、これ以上楽しいことはないって笑顔で尋ねてきた。

 その胸には、ピンク色の10番のバッヂがつけられている。


「あ……」


 奈海はバッヂに視線を落とし、迷うように教室内を見渡す。

 ――そこで


 星頭市郎と、目が合った。


 彼の逞しい胸元には、黄色の9番のバッヂがつけてあった。

 市郎は、目が合うとすぐ逸らしたが、何かを気にするようにチラチラと盗み見る仕草をしていた。

 なんとなく、その行動で察する。


 ――そうか、彼も、まだ……


『恋心は1日2日で消えるもんじゃない』


 奈海だけが知っている、お祖母ちゃんの小説に書いてあった言葉フレーズ

 急に思い出して、奈海は、何だか無性に虚しくなった。


「……ごめん、私、これに参加したくない」


 まだ好きなら、湧き上がる下心に任せて「同じ番号だった」と言えば一番に舞台の上に行けただろう。

 記念撮影だってできただろう。

 初恋の人と。

 好き、と、自覚した相手と。

 でも――


 ――久藤の気持ちが離れているってわかってて、それをする意味は、ある?


 ……ないよね


 例え全校生徒300人以上いる中でこんなことが起こるなんて奇跡だ、運命だ、と言われても。

 もう、すでに相手がいる人に対して。

 友達の好きな人を奪うようなことをして。


 素直に喜べない

 喜べるわけがない


 奈海には、無理だった。


「あげる。清美。……どうか、いい思い出を」


 清美の手に無理矢理バッヂを押し付けて。

 何度も清美が言ってくれた言葉を贈って。


 奈海は、そのまま清美に背を向け教室を飛び出した。


「え、待って。ダメ、奈海――」


 清美の必死の制止の声は、聞こえないふりをした。

 背中にかすめた指先のような感触も、気づかない振りをした――――



***



 走って、走って――――どれくらい、走っただろう。

 思うままに全力疾走をしていたために、段々と息が続かなくなってきた奈海は、体育館近くの階段に腰を下ろした。

 肩で息をしながら、段差にゆっくりと体重を預けた。

 ちらほら人も居るが、みんなどうやら恋人同士のようで自分の世界に入っていて周りを気にしていないようだったので、奈海は出来るだけ彼らの視界に入らない位置を選んで座った。

 止まって、数秒置いたところでぶわっと汗が出てきて、奈海は肩を上下に揺らしながらポケットからハンカチを取り出して伝ってくるものを適当に拭った。

 スカート姿で肌寒い季節にこんなに汗だくになっているのは私だけだろうな、と思うとちょっと笑えてきて、奈海はクス、と1人笑みを零す。

 そのまま、スカートごと足を抱え込み、狭い段差の上だけに器用に全身を収納して腕の中に顔を伏せた。

 周りの音も、空気も、全部遮断して。

 1人の世界に閉じこもった。


 ――色々なことが、ありすぎたなぁ


<ピンポンパンポーン。皆様にお知らせ致します。記念の一番目が舞台に到着しました。始まって30分も経ってないのに速いですねぇ。これはあっという間に集まっちゃうかもですよー! さて、栄えある記念すべき一着目のカップルの名前は――――>


 奈海の気分とは裏腹な、元気で張りのあるせいの声が頭上のスピーカーから発せられた。

 星が告げる名前は清美や拓の名前ではなく、全く知らない名前で1学年上だった。

 どうやら、先輩学年同士で運命の相手が見つかったらしい。


<名前も顔も知らない同士だったのですが、バッヂが一緒だったので思い切って声を掛けました。お互い好印象なのでいい出会いになりそうです>


 男の方のハキハキとした発言が聞こえ、それに「ヒュー、熱いねぇ」「いいぞー」という野次までもをスピーカーが拾っていた。


 ――すごい、青春っぽいなぁ


 そんなことを何の気なく思った。

 そう思うことが、自分は余計部外者だと再認識することになり苦笑した。


 ――それに比べて、私は


「奈海ちゃん?」


 不意に名を呼ばれてハッと顔を上げると。


「や、君の王子様です」


 そう言って、奏斗が片手を挨拶するように上げてニコっと人の良さそうな笑みを浮かべていた。


「王子って……」


 落ち込んだ気分が少し浮かんでしまったのを拭うように、奈海は苦笑した。


「実際、王子役やったし?」


 言われて、それが演劇を指すことだと気づき「ああ、確かに」と素直に奈海は納得した。


「で、折角の文化祭やのにこをなとこに1人でなーにしとんの?」


 そう言って、遠慮なくどかっと隣に座ってきた奏斗の左胸のバッヂに、奈海は目を見開いた。

「あれ、それ……」

「あ、気づいた?」

 奈海の指摘に奏斗はへらっと笑い、左胸にぶら下がるバッヂを指でつまみ軽く持ち上げてよく見えるように見せた。


 ピンク色の10番


 ――清美と、同じバッヂだった。


「実はさー、誘ったんだよねぇ。これ運命じゃん! て思って。写真撮りに行こーよ! てさ。……でも、あっさり断られちゃってさー。私好きな人いるからって」


 奏斗の落胆したような声音で紡がれた清美の言葉に、奈海の胸がズキリと痛んだ。

 好きな人、とは、間違いなく――


「でさ、俺、傷心中なんよ」


 そう言って、眉を悲しそうに下げた奏斗は奈海の顔を構ってほしそうに覗き込んできた。

 王子姿によく似合っていた茶色のツンツンした髪が、そよ風でふわふわと揺れた。

 顔をよく見ずに、髪の方に目がいった奈海は、触ったらふわふわしてそうだな……と関係ないことを考えてしまっていた。


「俺の白雪姫さん。慰めてくれへん?」


 にかっと歯を見せて笑う奏斗に、話半分で聞いていた奈海は「他の人にしたら?」と冷たくあしらった。

 そして立ち上がりその場を離れようとしたが「ダーメ。白雪姫ちゃんがいーのん」と手首を捕まれ、振り向けば頬を膨らまして駄々っ子のような表情をしていた。

 不覚にも可愛いと思ってしまった奈海は、このまま1人でいるのも流石に寂しいと少し思っていたこともあり「なら、少しなら……」と返した。

 1人じゃない方が、複雑な気持ちも紛れるか、とそう思ったからだ。

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