『相談したいことある?』
『ないよ、清美こそないの?』
『え? 私はないよ? ……やっぱりなんか、あった? 何でもゆーてよ?』
『ううん、気にせんといて』
『本当に? 隠してへん?』
『心配しすぎやて、大丈夫やから』
『なら、えーけど。……なんでも言っていいからね。私は、絶対に奈海の味方やから。それだけは、お願い、忘れないで』
『わかった。ありがとう』
メッセージのやりとりを終えた清美は深い溜息を吐きながら携帯の画面を閉じた。
この様子じゃ何も言おうとしないのは、これまでの奈海を見ていてなんとなくわかっていた。
きっと、1人で解決しようとしているのだろう。
いつもそうだった。
どんな悩みを抱えても、自分が我慢すれば、努力すれば、工夫すれば、と誰にも頼らず1人で解決しようとし。そして、出来てしまう。
そんな奈海が大好きで。
でも、羨ましくて、妬ましくもあった。
――例え本心だったとは言え、拓のことが好きだ、と言わなければよかった。
多分彼女は、自分さえ我慢すれば、悲しみをこらえて乗り越えれば……なんて、思っているのだろう。
拓の話を聞いてなんとなくは予想がついてはいたが、どこか寂しくもあった。
同時に、振られた、ということを今のやりとりで言わない自分に、嘲笑した。
「私も……厄介やなぁ」
応援をしたい気持ちはある。物凄く、ある。誰にも負けないと言っていいくらいに。
でも、心のどこかにある嫉妬は。
――消えない、ものなんだ
***
「おはよう!」
「おはよう」
元気のいい清美の可愛らしい挨拶に、奈海は柔和な笑みで返す。
いつも以上にご機嫌な清美は「今日の催し物楽しみやねぇ」とニコニコしていた。
「ん……だね」
奈海はぎこちなくそう返した。奈海の耳には、清美に視線を送りながらのひそひそとした「ねぇ、知ってる?」「え、うそー、ショックー」「でも清美が相手ならしゃあないかぁ……」「てか、とうとうかって感じやしなぁ」という会話がずっと聞こえていたからだ。
例え真実を清美の口から聞いていなくとも、何よりそれが、清美と拓が本当に付き合い始めたことを象徴していた。
清美も、何か自分に関することを言われているだろうことは気づいているようだったが、そういったことは日常茶飯事で慣れているのだろう。
時々声のする方をチラ見するだけで特に気に留めることはなく「いい思い出作ろうね」と奈海に笑顔を振りまいていた。
――一体、何を考えているのだろうか
考えれば考えるほど苦しくなるものに思考を巡らせても無駄だ、と奈海は無理矢理わりきり「そだねっ」と必死に笑顔を作った。
「おはよう」
と、低めの声でのあいさつがかけられた。
毎日何度も聞いていた声なのに、今日はその声を耳にするだけで、奈海の胸はきゅぅっと締め付けられて苦しくなる。
「拓ーおはよー」
清美が挨拶を返したのを聞いて、奈海も顔をあげ「おは――」と返そうとしたが、拓はもうこちらを向いておらず後頭部が向いていたので、奈海は言葉を切り俯いた。
――ああ、やっぱり
「奈海、ちょっと用があるから離れていいかな?」
俯く奈海に清美が申し訳なさそうに言った。
きっと、拓のとこに行くんだろうな、と察した奈海は「うん、行っておいで」と微笑んだ。
割り切ったはずの気持ちは、中々思うように動いてくれない。
それでも、早く割り切ってしまえるようにと奈海は感情をあまり表に出さないように頑張っていた。
清美は少し不安そうな表情を浮かべながら「うん、行ってくるね。……」と離れた、が。
振り返り、何か言いたげに奈海を見た。
「なに、どしたん?」
奈海が微笑を浮かべながら小首を傾げると、清美は勢いよく戻ってきて奈海の両肩をがしっと掴んで、揺さぶらん勢いで言った。
「忘れないで。私は、何があっても奈海の味方やから!」
そう強く言った後、「わかった!?」とさらに念を押した後に清美は拓のところへと一直線に走って行った。
力強く掴まれた名残の残る肩に手を添え、奈海は清美の言葉の真意を考えた。
――けれど、考えても無駄なようなことな気がして、すぐにやめた
「ごめん……清美」
私、もう
気持ち、ていうのがわかんないや
<全生徒、体育館に集まってください。生徒会の催し物についての説明がありますので、迅速に集まりましょう。>
奈海が1人で教室に辿り着くと、全校放送が黒板の上のスピーカーから流れた。その放送に従い、全生徒が体育館へと各クラスごとに列をなして集まっていく。
名簿的に清美と離れている奈海は、そのまま戻ってきた清美と会話を交わすことなく放送に従い並んでいた。
気分は沈んだままだが、淡々といつものように一日を過ごせばあっという間だろう。
そう考えていた奈海の肩に、トントン、と軽く叩く指があった。
奈海が不思議に思い振り向くと、「おっはー」と満面の笑顔の文化祭委員、篠原星がいた。
意外な人物から声を掛けられ「あ、おは……よう」と戸惑いながら挨拶を返すと、星はにまにまと心底楽しそうな笑みを浮かべ「いい思い出を」とウインクと共に励ますように肩をポンと再び叩いて「さぁ、全員並んでるかー!」と後ろの列へ声をかけながら消えて行った。
『いい思い出をつくろう』
そういえば、清美が何度も言っていた言葉だった。
――何か、意味があるのだろうか
いつもなら意味を深く考えるのだろうが、ネガティブな方向へしか進まない今の奈海の思考には、答えを導き出すことは無理だった。
きっと、沈んでる雰囲気の人にそれぞれ言っているんだろうな、と無理矢理な答えを作って大人しく並ぶことにした。
体育館につくと、もう殆んどの生徒が並んでいて、どうやら最後が奈海のクラスのようだった。
いそいそと1つ空いた空間にクラスが並ぶと、お団子頭の少女が壇上に上がり、置いてあるマイクの前で一礼すると、マイクを握り顔を近づけ、声を張り上げた。
<さぁ、お集りの皆さん。今日は待ちに待った生徒会の催し物!>
「別に待ってないぞー」
<はいそこ黙れ~減点するよ?>
檀上に上がってマイクを持ち演説しているのは、我らが文化祭委員、篠原星。彼女は生徒会と文化祭委員の二刀流で活動していたのだ。
そして、彼女はどうやら地獄耳をお持ちのようで、小さな野次を素早く拾って、星らしいユーモアな返しをしていた。
そんな彼女の話口調に場は和み、全員耳を傾ける体制となっていた。
<さて、生徒会がプレゼンするもの、それは!!>
ジャジャン!
用意された音響と共に、星の頭上から垂れ幕が下がった。
<ドキ☆ウキ☆運命の人は、君だ!! 企画~!>
はい拍手、と言わんばかりに星がマイクから少し離れて手をたたくと、生徒たちからまばらな拍手が起こった。
<では、ルール説明をいたします。聞いたら絶対みんなやる気でるよ~>
勝ち誇ったような笑みを浮かべながら説明を始めた星の、文化祭企画ルールは単純なものだった。
1.まず、生徒全員にバッヂを配る。
2.全員配られたバッヂを必ず胸元に着けること。これ絶対。わかりにくいとこは駄目。
3.同じ色、数字のつけたバッヂをつけた人を見つけること。
4.その人は全校生徒の中でたった一人。まさに運命の一人。しかも、学校内は男女比が同じなので同性同士ではならない寸法。つまり女子なら男子を、男子なら女子を見つけるべし。
5.運命の人を見つけた人は校庭に用意してある舞台に上がって学年と氏名を述べて運命の人と記念撮影。
6.ちなみにつけれるバッヂは一つだけ。交換はいいけど何個もつけちゃダメ☆
<以上! どうだ! 恋人のいない奴は恋人を見つける大チャンス! そう、独り身人生に幕を閉じる機会となる。こんなのやるしかないだろ!?>
その星の言葉に、説明を聞いている間シーンとしていた会場は。
一瞬の間を置いて、大歓声の嵐だった。
「うお~マジか!?」
「初彼女ゲットのチャンス!」
「上手く交換できたらあの人と……!」
「「「生徒会ナイス!!!」」」
バカにしたような野次は一切なく、殆んどの生徒がぐっと立てた親指を星に向かって高く掲げた。
<あっりがとうごっざいまーす♪>
確かな手応えに、星は満足そうに皆に手をひらひらと振った。