【8月1日 悪夢:塚原祐介】
「……っぐ」
俺はリビングのソファに寝かされていたらしい。あの返り血だらけだった服も新しいものに変わっていた。
熱湯を被った際の火傷も、清潔な包帯で手当てが既に済んでいた。
「……目が覚めたか」
俺の目の前には部活終わりの和彦がいた。
窓の外を見ると辺りは夕方、どうやら部活を終えて優姫を迎えに来たらしい。
「ゆうちゃん……」
俺の方を優姫が心配そうに見つめてくる。さっき突き飛ばしたのが原因か、肘の辺りに湿布を張っていた。
「そんな事より……お前ら、これなんだよ……この黒いゴミ袋……しかもこんな小分けにして」
それより俺の目の前には異常な光景が広がっていた。
清潔感あるリビングにはまるで相応しくない黒いゴミ袋。しかも5つも同じものがソファーの前に並んでいる。
俺はそのゴミ袋の1つに近付き、中身を覗いてみようと思う。もしかしたら、杏奈が朝出し忘れたゴミかも知れない。いや、きっとそうだ。
杏奈は朝から出掛けてるんだ、支度を急いでてゴミを出し忘れたに決まってる。
今ここにいないのは出掛けているんだ。杏奈が死んだなんて、俺の悪い夢だ。
俺は心の中で何度も同じセリフを繰り返しながら意外に重量のあるゴミ袋を1つ手に取ってみる。
そして、袋の結び目を解こうとしたその時。
和彦に手を思いっきり叩かれ、その場にゴミ袋を落としてしまう。
「やめとけ……お前は、見ない方が良い……」
和彦は静かにそう言う。
しかし、それは遅かった。既にゴミ袋の結び目は解かれており、俺はそのゴミ袋の中身を目撃してしまう。
「ぐ……うぅっ! うえぇぇぇぇぇっ……」
中に入っていた赤く濡れた肉の塊を見て俺はその場で嘔吐する。
もう、逃げられない。これは、杏奈の出し忘れたゴミなんかじゃなかった。これは、杏奈そのものだ。元々は杏奈だったバラバラの肉塊だ。
「ゆうちゃん!」
もう、優姫の声すら霞んで聞こえる。脳が、神経が全く働いてない証拠だ。
「……俺がさっき解体したんだ。杏奈ちゃんの死体は俺がどこかの山中に捨ててくる。祐介、お前の親父さんが乗ってた車……まだ、あるよな? 無免許だが使わせてもらうぞ」
俺はその言葉に返答する事もできなかった。ただ、小刻みに頭を縦に振るのが限界だった。
「……兄さん……そんな事したら」
「……馬鹿野郎。そんな心配するなら、これから周りをどうやって誤魔化すかを考えとけ。人が1人が消えるってのは……日常に穴を空けるって事なんだから」
「……」
和彦の言葉に優姫は黙る。
和彦は知っているのだ、人1人が消える事がいかに重大な事か。
「優姫、祐介を頼む。それと……祐介、出来たら風呂の血と脂……流しておいてくれ。それとノコギリと鍋も血を拭いてどこかに隠しとけ、頼むぞ」
風呂場、ノコギリ……ああ、そこで杏奈を切り刻んだのか。それを想像しただけで、俺の胃液がまた喉元まで押し寄せてきた。