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第65話 最後の務め

【8月9日 最後の務め:倉田 和彦】 


 狭い取調室で、俺は若槻という刑事から取り調べを受けていた。


「つまり……あんたは2人を寝室に監禁して嬲り殺しにした……と。それに加えて西崎、峰岸、塚原 杏奈を殺したのもあんただと?」

 通報の後、俺は重要参考人として警察に身柄を確保された。というか、ほとんど容疑者のようなものなのだが。

「はい……」

「動機は?」

 若槻とかいう刑事が面倒そうに俺の話を聞く。

「……なんとなく。西崎と祐介はサッカーにおいて邪魔だったし、峰岸は痴情のもつれで。あと祐介を殺すなら一緒に妹も殺してやらないと可哀想だと思ったからです。妹想いの奴だったから」

 俺は全ての罪を背負う事にした。全て、俺がした事にすれば誰も傷付かずに済むんだ。

 特に、優姫の名誉が傷付くような事は絶対に避けたかった。

「ほう……」

「それで、あともう1人は? 塚原 祐介と一緒に横たわっていた死体は? 損傷が激しくてな、身元が割れない」

 優姫の事だ。だが、俺は優姫の事を話すつもりはなかった。優姫は10年前に行方不明になったままの存在にしておきたかった。

 あの頃の、純粋無垢な優姫をこれ以上辱めるような事はしたくない。


「……覚えていません」

「覚えてないだぁ?」

 刑事が素っ頓狂な声を上げる。

「……」

 俺は、それでも答える気は無かった。

 このまま俺が一生、事実を隠し通せば全ての惨劇は無かった事になる。

 俺以外、誰も辱めを受ける事もなくなるだろう。それで、良いんだ。

「まぁ、いいや。明日からはもっと詳しく……」

「若槻さん!」

 若槻の声を遮るように、若手の刑事が取調室のドアを乱暴に開いた。若槻とは対照的な、いかにも好青年といった感じの刑事だった。

「なんだ、佐藤! 取り調べ中だぞ!」

 それに対し、若槻は怒鳴り声で応答する。

「それが……」

 若手は若槻の怒鳴り声に慣れているのか、全く怖気づかずに若槻の近くまで寄っていき、そのまま若槻に耳打ちを始めた。それに若槻が耳を傾ける。

「実は……」

「……あ? そんな勝手な真似が認められるわけねぇだろ!」

 若手の耳打ちの無いように怒りを露にする若槻。

 しかし、若手も困ったような表情を浮かべる。

「僕にそう言われましても……相手が相手ですし、ここは素直に従った方が良いかと」

 若手が若槻をなだめるように言った。何故か若槻より若手の方が落ち着いているように見えた。

「若槻さん、良いですね?」

「……っち……いちいち注文の多い連中だぜ」

 若槻はそれに対し、渋々だが承諾の答えを返した。

 一体、何があるというのだろうか。

 若槻はパイプ椅子から勢いよく立ち上がり、大きくため息を吐いた。

「おい、お前と話してぇって奴がいるんだ。ちょっと待っとけ。全く……国会議員様がこんな場所に何の用なんだ?」

「僕だって知りませんよ、しかも取り調べの録画も録音も全部止めろって。倉田 和彦と2人きりで話したいそうです」

 2人の刑事が愚痴を吐きながら取調室の扉を開けた時、それと入れ替わるように1人の人物が部屋に入ってきた。


「やぁ」

 コツコツと革靴の足音を鳴らしながら、男はそう言った。


 そして、その人物とは紛れもなくあの男だった。

 7年前に俺たち家族に大金を掴ませ、世間から事件を隠ぺいした……糸田議員だった。

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