「はぁっ……はっ……」
ようやく地獄の熱湯地獄が終わった。やかんの熱湯がやっと空になったのだ。
男は気が済んだのか、ボクを放置してどこかに消えてしまった。体中の皮膚が爛れ、水膨れが至る所に出来ている。
「うぅっ……く……」
ボクは無意識のうちにその爛れた皮膚に爪を突き立て、掻き毟っていた。
痒くて痛くて堪らないのだ。水膨れが潰れ、皮膚が破れ、血が流れようが手は止まらない。
このままでは、肉を抉って骨と神経にまで届いてしまいそうだ。
「優姫ちゃん?」
「ひっ……」
襖の間から突然、男が顔を出す。
どうやらボクの微かな声を隣の部屋から聞きつけてきたらしい。
そして、その手には何故か工具箱があった。
「あーあ……またこんなに掻いちゃって。せっかくの綺麗な肌がボロボロじゃないか……女の子は肌を大切にしないと駄目だって言ったのに」
「……っご、ごめんさい! ごめんなさい!」
ボクは震える手をもう片方の手で押さえつける。
何が悪いかは分からなかったが、反射的に謝る。これ以上、痛い目に遭いたくない。
「もうゾンビの腕みたいになっちゃってるよ。あーあ……」
よく見ると、ボクの腕はもう人の腕とはいえないほど醜く傷ついたものだった。赤黒く爛れ、至る所から血と膿が流れ出している。
「でも、もう大丈夫。荒療治だけど、ちゃんと僕が治してあげるから」
そう言うと、男は強引にボクの両腕を掴み、腰の後ろでそれを固定して手錠をかける。
金属の冷たい温度が手首から全身に伝わってくる。まただ、また何かが始まろうとしている。
「……嫌っ……嫌、外して! もう掻かないから! 言う事聞くから、外してください!」
ボクは男に縋りつき、助けを求めるが男は全く聞き入れない。
「うーん、でもこれじゃあまだ足りないなぁ。僕の言う事を守れなかった事に対しての『罰』も必要だもんね」
そう言うと、男は工具箱を漁り始める。そして、あるものを取り出した。
握られていたのは、ペンチだった。
そのまま男はボクの拘束された腕を思い切り踏みつけ、身動きが取れないようにする。
腕には男の全体重がかけられていて、全く力が入らない。
そして、ペンチをボクの指の方へ向ける。
「いや! やだやだやだっ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ……」
「ほら、暴れないで。1回で潰れないと余計に痛くなるよ、我慢しなくちゃ」
そう言って男はボクの爪を指ごとペンチで挟み込む。それを見て、この男が何をしようとしているのか……ようやく理解が出来た。
この男は、ボクの爪を指ごと挟み潰そうとしているのだ。
「待って、待ってください……言う事聞きますから! もう約束破ったりしませんから!」
「いくよ、せーの……」
ボクの声を無視し、男は何の躊躇いもなくペンチに力を込めた。肉と骨が潰れる嫌な音を立てて、ボクの指は無惨な破壊される。
「あっ……あ……」
「お! 綺麗に潰れた! やっぱり爪が小さいからかな? こんな簡単に潰れるものなんだね!」
激痛のあまり、叫ぼうとするが喉からは声すら出ない。ただ、息が漏れるだけだった。
そして、挟み潰された指の爪は中心から割れ、指先は真っ赤に汚れていた。
「もう、無理……っ、助けて、お願い!」
「じゃあ、2枚目いくよー。頑張れ、優姫ちゃん」
必死に叫び、助けを求めるボクを完全に無視し、男は次の爪をペンチで挟み込む。
「せーの……」
ボクの声は聞き入れられず『作業』は継続される。
「あら……半端に爪が割れちゃったよ、優姫ちゃんが暴れるから」
しかし、2枚目の爪は1枚目のように綺麗に潰れなかった。根元の方の爪がまだ残っており、そこから半端な形で亀裂が入っただけだ。
「ぇ……なんで、なんで!」
不完全な形であっても、指を挟み潰される痛みは想像を絶する。こんな痛みがあと複数回続く事を考えると、気を失ってしまいそうだ。
「うーん、流石に優姫ちゃんも辛そうだね。ペンチだと僕もやりづらいから、これはどうかな? これなら一気に潰せるよ!」
男は工具箱からトンカチを取り出した。せめて痛みを和らげてくれるのなら、それすらありがたい。
ボクは黙って頷いた。
「じゃあ、いくよ! 3枚目!」
そして、躊躇いなく爪にトンカチが振り下ろされる。肉と骨が潰れる音が室内へと響き渡る。
「さて、このまま残り7枚も終わらせようか。大丈夫! 優姫ちゃんならきっと我慢できるよ! ボクが付いてる!」
ボクはただ目をつぶってこの凶行が終わるのを歯を食いしばって待つ。
潰された指は、最早痛みも感じられないくらいに感覚が麻痺していた。