「確かに茜ちゃんとは裏で会っていた。葵ちゃんが言うようにそれは事実だ」
診察室のカーテンを閉め、竹島は小さな声でそう返答する。
「なんで……」
「患者やその家族と病院外で会う事は当然ながら御法度だ。けれど、茜ちゃんから頼み込まれてね……葵ちゃんの治療費について便宜を図ってくれないかと」
「え……」
竹島の言葉に、私は言葉を失う。
治療費? 便宜? 何故、お姉ちゃんが竹島へそんな事を。
「勿論、最初は断った。けれど、君たちの事は子供の頃からよく知っているし、お父さんとも古くからの付き合いだ。だから、何だか無下には出来なくてね」
「ちょっと待ってください! お姉ちゃんは、治療費に関しては全く問題ないから心配しないでって……」
ここ数年、父に代わりお姉ちゃんが諸々の支払い等をしていたのだが、お姉ちゃんが金銭的な面で困っているような様子を見た事がない。もちろん家が大金持ちでないのは分かっているが、父からの仕送りもそれなりの額だと聞いていた。それこそ、私の治療費くらい余裕だと言っていたくらいだ。
「それは葵ちゃんに心配を掛けないようにそう言っているんだろう。現実は、何とか治療費を捻出してやりくりをしている状態だったんだ。だから、何とか治療費に関して便宜を図れないかと茜ちゃんから話があった」
「そんな……」
私はお姉ちゃんの言葉をそのまま馬鹿正直に受け取っていたが、現実はその真逆だったという事か。
もし、それが全て事実なら……私は、何をしていたのだろう。私はこの数年、ただ雪代家の財産を食い潰していただけの穀潰しではないか。
「当然、治療費の便宜についての話なんて院内では堂々と出来ないからね……それで、茜ちゃんとは病院の外でも度々会っていたんだ」
「……そんな、私の治療費のせいで」
「これを聞けば葵ちゃんが自分を責める事は明白だったからね。絶対に秘密にしておいてと茜ちゃんからは釘を刺されていたんだが……まさか、バレてしまっていたとは」
あの日、私が街中で2人を見かけた時……あれは、パパ活でも援助交際でもなく……私の治療費の為の相談? それ以外も度々帰りが遅い日は、竹島と治療費に関しての相談をしていた?
「……この話は当然だが、内密に頼むよ。治療費の便宜を行なったとなれば僕のクビは確実に飛ぶだろうし、茜ちゃんにも迷惑が掛かるだろうから」
「はい……」
今日まで自分がしてきた事は一体何だったのか。
疑い、悩み、苦しみ……繋命会にまで参加して、運命を変えたいと必死に行動してきた。
けれど、竹島の言う事が事実なら、全ては私の勘違いだったという事になる。勇気を持って直接事実を確認する事を怠った事で起こった、私の勘違いだ。
「疑いは晴れたかな?」
「すみません……先生とお姉ちゃんを外で見かけた時、正直怪しい関係なんじゃないかと思ってしまったんです……」
「怪しい関係?」
「その、パパ活とか援助交際なのかなって」
私は少し躊躇ったが、心中を正直に伝える。
自己嫌悪も当然あるが、それ以上にどこかこの状況に安心している自分もいた。
「えぇ!? 無い無い! そもそも茜ちゃんがそんな事しないよ! ましてや僕みたいな中年のおじさんと」
「そう、ですよね。お姉ちゃんがそんな事するはずないですもんね!」
私は自分に言い聞かせるように、何度もそう繰り返した。