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9話(6)元カノと今カレとの対面?!尾行しながら、いざ敵陣へ?!



「私は白川皐しらかわさつきだ。よろしく。もう二度と、会うことはないよ」



 目の前の人物から皮肉な自己紹介と一緒に名刺を受け取った。すごく、不愉快だ。如月が会いたがらないのも分かる気がする。



「佐野睦月です……」

「原稿はどこかな?」

「USBなんですが……今パソコンとかって……」

「今は持っていない。むしろ何故持って来ない? 役に立たないね。それ、くれるかな?」



 目の前に手のひらが差し出された。USBを取られないようにギュッと握る。絶対に渡さない。



「如月…先生に会わせてもらえるなら」

「あはははっ、何故私が。恋人かもしれない君を。わざわざ、弥生に、会わせないといけないんだ」



 この女は一体、如月のなんなんだ? 疑問が生まれる。



「くれないなら、別にいい。私は、弥生の、恋人だからね」



 ーーは?



 恋人が居た? 俺はもしや浮気相手? それともこの女が浮気相手? どういうこと? いや、そもそも、恋人がいるという話は聞いたことがない。



 恋人と恋人が対面してるってこと? どういう状況これ?



 頭が混乱して、何を言って良いのか分からない。目の前の人物は楽しそうに、頬杖を突いている。



「えっと……」

「可哀想だから、教えてあげるよ。弥生は、私と同棲をしている」



 はぁあああ??



 帰って来ないのは俺が捨てられたってこと? 指輪も要らなくなったから捨てたってこと? どういうこと?



「弥生は毎晩、私を求め、抱いてくれるよ。快楽の絶頂へいざない、満足させてくれる」



 嘘だ。これは違う。そういうタイプじゃない。



「それはないと思う。お互いの気持ちを大切にしてるし、一方的な快楽だけで、動かないはず……」



 絶対という自信はない。俺と彼女では性別が違うし、如月と彼女が愛し合っている可能性だってある。



 皐がテーブルから少し身を乗り出し、俺に近づき、小さな声で囁いた。



「へぇ。意外と理解者なんだねぇ。でも、満足させてくれるのは、嘘じゃないよ。弥生は、とっても上手なんだ」



 いやいやいやいや。へぇ? はぁあああああ?



 今すぐ会って問いただしたい。話を聞いているだけで、イライラする。その口調にも、嘘か本当か分からない話にも、苛立ちが止まらない。



「私ばかり話してしまったなぁ。まぁ、もう話はないよね。帰るとしよう。弥生は、私が愛しているから、大丈夫だよ。じゃあね、佐野さん」



 伝票を手に取り、皐が席から離れていった。勝手に話して、勝手に帰った。なんて自分勝手な人だろう。取り残され、言われたことを考える。



 本当に恋人なのだろうか。嘘か事実かは分からないが、得た情報もある。直接本人に確かめるしかない。受け取った名刺を握り、外へ出る。駅へ向かうと、神谷が入り口で待っていた。



「よ!」

「あれ、仕事は?」

「腹が痛いって早退した」



 神谷が歯を見せて笑った。全く。



「メールで今から会うって言ってたし、気になって来ちゃった~~」

「そんなことで仕事サボるなよ……」

「まぁとりあえず、うち来る? 汚いけど」

「全然いいよ! 行く! 泊まる!」



 神谷と一緒に、自宅へ向かい、歩き始めた。





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「お邪魔しま~~す、外観ボロいけど中綺麗だね」

「お兄ちゃーー誰?」



 部屋には卯月がいた。帰宅するには早すぎる。おかしい。



「学校は?」

「行ったけど、お腹痛い言って帰ってきた」

「お前らみんなバカかよ……」



 ピースしながら答える卯月のことや、早退してまで心配する神谷のことを思うと、胸がいっぱいになる。



「友達の神谷でーーす! 噂の妹ちゃんだね、写真で見るよりめっちゃ可愛い~~僕と付き合う?」

「お兄ちゃんの友達って……そういう感じなんだね」



 冷めた目でこちらを見てくる。



「いやいやいや、やめて? 違うから」

「何が違うんだよ! 僕はいつでも本気」



 卯月が冷たい眼差しで、神谷と俺を交互に見る。やめて。



「で、どんな人だった?」

「んーーヤンデレ」



 思い出すだけで気力がなくなる。



「よし、如月氏は諦めよう、勝機はない」

「そんなこと言うなよ~~名刺はもらった」



 テーブルの上にもらった名刺を置く。



「あと、如月と恋人で、同棲してるって……」

「じゃあ、その女のところに如月は居るんだ?」



 卯月が名刺を手に取り、見つめている。



「そうだね……毎晩えっちしてるって……」



 はぁ。自分で言って悲しみが湧く。俺なんて毎晩したことないのに。むしろ拒否された……。



「傷つくとこ、そこじゃないだろ」

「誰の場所に居るかわかったから、あとは尾行すればいいってことだね!」

「尾行か! いいな! やろう!」



 他人事だからって卯月も神谷も楽しそうにして。ひどい。



「お兄ちゃんは顔が割れてるからダメだね」

「卯月を1人でやらせるわけにはいかないよ」

「僕が恋人役をやってあげよう」



 2人が連絡先を交換するのを見て、兄として少し複雑な気持ちになる。



「じゃあ、僕、今日ここに泊まるわ。帰るの面倒だし。今日は金曜だから、月曜日会社休むよ」

「え、本気で泊まるの? てかそんなホイホイ仕事休むなよ」

「私も月曜学校休んじゃお~~善は急げーー!」



 この2人に任せて本当に大丈夫だろうか?



 心配になる。探偵に任せられるほど、金銭的余裕はあまりない。自分たちでやれることはやるべきだ。今は2人を信じるしかない。



「お兄ちゃん、お昼ご飯食べたい」

「もぉ~~」



 キッチンへ向かい、三人分の昼ご飯を作り始めた。




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 ーー就寝



「来週頑張ろうね!」

「卯月ちゃんと恋人になれるように頑張るよ。で、僕はどの布団で寝ればいいのかな?」

「え? 如月のじゃない? それしかないし」



 卯月が如月の布団を指差した。いや、絶対ダメ。そんなの許さない。



「ダメ! 他のやつが使うなんて絶対イヤ! 俺が如月の布団で寝る」



 如月の布団の上に座り、神谷が寝ないように陣取る。



「いいよ、僕、卯月ちゃんの布団で寝るから」

「はぁああああ? お兄ちゃんの布団で寝ろし」



 卯月が素早く自分の布団へ入り、寝転がった。



「やだよ~~なんか……汚れてそう」

「はぁ?! 休みの日は毎日洗濯して干してるっての!!」



 汚れてるって何? イラ。和室と洋室を繋ぐ襖を開け、衣装ケースから替えのシーツを取り出し、交換した。



「これで満足かぁああぁあ!!!!」

「仕方ないなぁ、佐野の布団で寝るよ」



 渋々神谷が俺の布団に入った。今度、来客用布団、買おう。



 布団をかぶると、如月の匂いがした。



 日々薄れゆく、如月の形跡。枕から、布団から、香る如月の匂いが、少しだけそばに居るような錯覚をする。



 会えない時間は愛を育てるどころか不安とネガティブな思考ばかりつのっていく。



 如月が居なくなってからは、悪いことばかりを考え、中々眠れなかった。でも、今日は眠れそうだ。



「如月氏を感じて抜くなよ」

「もうお前黙れよ……」

「2人ともうるさいよぉ~~おやすみ」



 3人は瞼を閉じた。




 *



 ーー月曜、尾行当日。



 兄はいつもの時間に仕事へ出掛けて行った。出かける間際まで私たちの心配ばかりしていた。



 神谷は金曜にうちへ泊まり、結局月曜日まで連泊した。そのおかげで、如月の居ない心の寂しさが少しだけ埋まった。敵陣へ行くのは怖いが、探偵みたいで、ワクワクする。



「帽子とか被った方がいいかな?」



 以前、如月におねだりして買ってもらったキャップを被る。



「そうだね、被っとこう! なんかいい服ないな~~、何このパンツ。なんでチェーン付いてるの? 意味わからないんだけど」



 神谷がブツブツ言いながら、兄の服を着ている。



 これで準備はバッチリだ。私たちは家を出て、皐が勤めているであろう、出版社へ向かった。



 出版社の前に着くと、ビルの隙間に隠れた。出入りする人を見つめ、様子を伺いながら皐であろう、人物を探す。



「……ねぇねぇ神谷さん、私たち、皐氏の顔分かんなくね?」

「……勘で行こう」



 盲点過ぎる。先行き不安だ。これ、尾行なんて出来るの?



 待ち伏せしているうちに日は落ち、暗くなり始めた。出版社からは退勤する人で、出入りが激しくなっていく。顔が分からないので、見逃している可能性もかなり高い。



「あの人キレー」



 神谷が黒髪の女性を指差した。



「こんな時に何言ってんの……」



 女は立ち止まり、電話をかけた。



『今から帰るよ、弥生。何か食べたいものはあるかい?』

「弥生って言った」

『なんでもいいは、ズルいなぁ』



 弥生は如月の下の名前。この人かもしれない。女が笑いながら歩き始めた。



「行こう」



 カップルを装いながら、女の後ろをついて行く。尾行して、辿り着いた先は古い一軒家。女は門を開け、玄関の中に入って行った。玄関の横には庭があり、縁側が見える。



 せめて、一目だけでも如月の確認がしたい。



「場所分かったけど、とりあえず今日は帰る?」

「本当に如月が居るか確認出来てない」

「それはそうだけどさ~~」



 周囲を見渡し、入れそうなところを探す。門は少し半開きになっている。庭に入れるかも。門を開けたら音が鳴るかな? 外壁は登れないことはなさそう。



「庭、入ってみようよ」



 私は気配を消しながら、門に近づく。音が鳴らないように、静かに門を開けた。



「マジで? 入るの? 不法侵入じゃない? これ」



 神谷がそう言いつつもついてくる。ありがとう。



 腰を低くして、バレないように庭を進む。リビングらしき場所に人影が見えた。物陰に隠れ、息を潜める。



「話し声、聞こえる」

『仕事の日は惣菜で悪いね。休みの日はちゃんと料理するよ、弥生。何か作って欲しいものはあるかい?』

『……筑前煮』

『へぇ。和食か、意外だね』



 筑前煮……。



 兄が作る料理の中で、如月が1番好きなメニューだ。如月は兄のことを好きじゃなくなった訳じゃない。確信する。



 力のない如月の話し声を聞くと、心配になる。やっぱり一目見てから帰ろう。私たちは好機を伺った。



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