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9話(7)窓の向こうからいやらしい声?!如月との再会。でも今はまだ帰れないーー。


「部屋移動しちゃったね」



 気配を消しながら、声がする方へ、物音を立てないように移動する。



「如月氏、本当に出てくるの? コレ。22時過ぎてるよ」

「分から~~ん」



 神谷が腕時計を見ながら心配そうに、辺りを見回している。そりゃそうだ。あたりは真っ暗。



 朝からずっとこんなことをやっている。お腹も空いてきた。いい加減そろそろ帰らないと兄も怒るかもしれない。



「なんか急に静かになったね」

「窓。カーテン少し開いてる。遮光っぽいし、影は映らないかも」



 神谷が頭上の窓を指差した。釣られるように、上を見る。



「見ちゃう~~?」

「僕から見よう。何があるか分からん」



 壁に背中を付け、開いてる隙間から横目で神谷が中を覗いている。



「…………」



 神谷は無表情になった。



「何? どうしたの?」



 気になり、神谷の服を引っ張り、揺らす。ゆさゆさ。



「いやぁ、うん。帰ろう」



 神谷に促され、帰ろうとした時、中から声が聞こえた。



『不能だね、弥生』

『愛していないから』

『私は愛しているよ、弥生。次は弥生の番だよ』



 不能とは?



「ねぇ、不能って? 何が不能なの? 私も見る!!」



 隙間から目を離さない神谷を手で押し退ける。みたい。とても見たい。何が不能なのか知りたい!!



「待て待て待て! 子どもは見るな!」



 両耳が神谷の手で塞がれた。何? 何も聞こえない!!!



「ちょっと何するの? やめてよ!!」



 神谷の手を振り払い、中を覗くと、いやらしい視界と同時に、耳へは淫乱な喘ぎ声が飛び込んだ。



「!!!!! なななな、なに??? えっ……如月はお口で一体、何をしているの?!?!」



 見たことのない刺激的な場面に顔は赤面し、驚きのあまり、その場にしゃがみ込んだ。



「……大きくなったら、きっと分かるよ」



 全てを悟ったかのように神谷が私の隣に座り、肩へもたれかかってきた。



『オーガズムに達したからもういいでしょ、縁側出るよ』

『あぁ、そうだね。約束は、ちゃんと守るよ』



 水が流れる音と口をゆすぐ音が聞こえる。



「縁側に出てくるかも、行こうよ」

「本気? どこに隠れるの?」



 神谷を誘い、足早に縁側へ移動する。



「縁側の下?」

「正気ですか……卯月さま……」



 暗く、狭い、縁側の下に2人で潜り込む。



「神谷さん……帽子落としちゃった……」

「え?」



 ーーガラガラ



 扉が開いた。帽子は取りに行けない。このまま、闇の中で息を潜める。



「…………」



 如月が縁側の下に帽子隠し、座った。良かった。



「何かあったかい?」

「いや、猫が通っただけ」

「そうかい。たまに、通るからね。ゆっくりするといい。私はお風呂に入るよ」



 誰かの足音が遠のいていく。縁側をこんこんと、叩く音が聞こえた。



「よくここまで来れましたね」



 私は縁側の下から這いずり出て、如月の顔を見た。少しやつれている。



「やつれてる……」

「眠れなくて。ご飯も睦月さんほど、美味しくないですしね」



 如月の手を両手で包み込む。如月の優しい微笑みが、どこか儚げで、胸が苦しくなる。



「睦月さんは元気ですか?」

「元気じゃないよ」



 思わず、涙が出る。やっぱり、お兄ちゃんに会いたいんじゃん。



「30分くらいで戻って来ますから、早く帰った方が良いです」



 部屋の時計ばかり気にする如月に、帰る気がないのだと察する。如月の手を引いてもまるで、動こうとしない。いつまでそこにいるの?



「……帰らないの?」

「えぇ。今はまだ帰れません。中々帰れないのは、私が弱いからかもしれませんね」



 切なそうに笑う如月に胸が痛む。



「睦月さんによろしく。ごめんなさいって伝えてください。あと、今も変わらず愛してるって」

「そんなの、自分で伝えてよ! 自分で伝えないと気持ちが伝わらないでしょ! バカじゃないの! 帰る!!!」



 如月の手を離し、縁側を出た。足早に住宅街へと進む。せっかく会えたのに。連れて帰れないなんて。自分の無力さに腹が立つ。



「兄貴の恋人で居候みたいなもんだろ? そんなに大切な人だった?」

「……私にとっては家族だもん」



 一緒に帰れない悲しさと寂しさ。如月の儚い笑顔。全てに胸が締め付けられ、目から涙が溢れる。鼻をすすりながら、両手で、止まらない涙を拭く。



 神谷が何も言わずに私の頭を撫で続けた。私の頭を撫でる手があたたかく感じて、余計に辛くなった。



「っう~~~~」



 悔しい。



 ここから先は私に出来ることはないだろう。ただ、祈ることしか出来ない。如月が無事帰って来ますように、と。




 ーーーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーー

 ーーーー




「ただいま~~」



 長い調査を終え、家に着いた。少し気まずい。



「遅い、心配した。目、赤いよ」



 兄が心配そうに私の頭を撫でた。今日は頭を撫でられてばかりだ。



「もう大丈夫だから」

「……そう」



 無理やり笑う私に対し、兄はこれ以上は何も聞かず、夕飯を温め直し、リビングのテーブルの上に並べ始めた。



「とりあえず、如月氏は見つけた」



 遅くなった夕飯を食べながら、今日あったことを話す。



「でも、あれは一筋縄じゃいかないかもな。如月氏は多分、帰ろうと思えばいつでも帰れる。だが、そうしない。何か残らないといけない理由がある訳だ。例えば」



 私は次の言葉を繋いだ。



「女と別れる」

「それ。相手はかなりヤバめのヤンデレで、如月氏は精神的にキていて、目標が達成出来ていない」



 神谷が箸を置き、更に続ける。



「原稿を持って行ったお前に対して、女は如月氏とは会わせなかった。如月氏と会わせて原稿をもらった方が、如月氏にとっても、女の仕事にとってもウィンウィンだろ? 原稿は要らないって選択を取るほど、お前は会わせたくない存在だということだ」



「つまり、恋人同士ではあるが、その関係性に自信がない」



「僕が思うに、お前が如月氏へ会いに行って、如月氏の別れる決意を固めさせる。恋人ってことは、如月氏も一度は愛したことがある女な訳だし、振り切るのは難しいとは思うけど。あとは如月氏次第だな」



「会うなら見張はやる」

「なるほど……」

「大丈夫だって、自信を持て! 如月氏はお前のことを想っている! これは間違いない!」



 神谷が兄の背中を叩く。頼りになる友達が兄に居て、良かった。



「あーーでもこれだけは先に言っとかないとなぁ。傷ついちゃうかも」



 私は神谷と顔を見合わせた。



「え? 何?」

「「えっちはあった」」

「はぁああぁあああ??」



 気まずくて、神谷と一緒に目線を逸らす。



「……如月氏は上手だった」

「……ちゃんと見たから嘘ではない」



 私は思わず俯く。



「大丈夫だ、最後までしてない、気にするな」

「そういう問題じゃねーー!!!」



 兄は怒りに満ちている。無理もない。



「あ、そうだ、如月から伝言あるよ。『ごめんなさい、今も変わらず愛してる』だって」

「……直接言えよ」



 伝言を聞いた兄は少しだけ微笑み、外して以来、付けていなかった指輪を親指にはめた。兄はゆっくりと目を閉じ、しっかり見開いた。



 如月が居なくなってから、自分を見失っていた兄の目は力強く前を向き、食べた食器の片付けを始めた。



「作戦会議のやり直しだ」



「入浴中の30分間じゃ、話すにはリスク高いよな~~」

「向こうも仕事してる訳だから、日中に会えるなら、その方が安全かぁ」



 兄が腕を組み、考えている。



「毎日の生活パターンが分からないと難しくない?」



 疲れたせいか、なんだか眠くなってきた。



「まだ有休はある。張り付いてみるかぁ」

「とりあえず1週間くらい張ってみる? 僕と佐野で交代に有休を取って、やってみよう」



 私は朝から遅くまでかかった、皐の追跡に疲れ、眠くなってしまい、今日の会議はここまでとなった。




 *




 縁側に座り、月を眺める。



 久しぶりに皐以外の誰かと話した。睦月さんは元気ではない、か。心のどこかで元気にしているだろう、と思い込んでいた私にとっては、胸に突き刺さる言葉だった。



 毎日美味しくないご飯を食べ、部屋にこもり執筆する。佐野家に居た時と比べ、なんのインスピレーションも湧かない。執筆は進まず、床に座り本を読む日々。



 夜中になると、皐に呼び出され、愛のない愛撫を行う。最初に感じた気持ち悪さや吐き気は、今はほとんど感じない。最早、ただの作業。



 私の体は、皐に何をされようと、何も反応しない。理由は簡単だ。皐を愛していないから。



 皐はオーガズムに達すれば、私を縁側へ出してくれる。少しの間だが、外の空気に触れられるこの瞬間は気持ちが良い。



 皐ときちんと別れようと思い、ここへ来たつもりなのに、なんだか、よくわからない日々を過ごしている。



 『愛していない』と伝えても『私は愛しているから』で返ってきてしまい、話は進まない。どうしたものか。



「冷えるよ、弥生」

「ありがとう」



 皐から膝掛けを受け取り、脚を暖める。



「そんなに、月が、綺麗なのかい?」

「今日は三日月だよ、皐」



 隣に座る皐に膝掛けを少しずらし、掛ける。



「へぇ、悪くない。後でホットティーでも淹れよう」



 一緒に空を見上げ、月を眺めた。



 一度は愛した女。狂気な愛を除けば、人として嫌いではなかった。こうして、ゆっくり過ごす時間は愛していた頃を少しだけ思い出させる。



「やっぱり冷える。中へ入ろう」



 膝掛けを皐の肩にそっと掛けると、皐が笑みを浮かべた。立ち上がり、皐の手を優しく握り、部屋の中に引き入れ、扉を閉める。



 もう一度別れを言わなくては。中々言い出せずにズルズルと先延ばしになっていく。自分の意思はあるのに、意志を通せずにいる。



 私は意志の弱い人間だ。



「何してるの? 弥生。ホットティー、淹れたよ」



 紅茶の良い香りが室内を漂う。



「何も。今行くよ」



 カーテンを閉め、皐の元へ向かった。




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