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9話(8)落とし穴大作戦は大成功?!もしも別れを望むならば俺は全てを受け止めるーー。



 ーー1週間後、金曜日、夜



「報告会を行う!!」

「お前はいつまでうちに泊まる気なんだ?」

「一人暮らしだから問題なし~~愛しの卯月さまもいるしね~~」



 食卓を3人で囲い、俺の作った夕飯を食べながら神谷が仕切り始めた。かれこれ1週間は泊まっている。ニコニコしながら、卯月を見つめているが、神谷と家族になるのはごめんだ。



「……お前なんかに卯月はあげないよ?」

「それは佐野が決めることじゃない」

「え、付き合わないよ?」

「2人ともひどぉ。では本題に入りまーーす」



 神谷がビールをひとくち飲み、話し始めた。



「生活パターンが安定してなさすぎて、無理ぽこ」

「多分、抱えている担当のところを回っているんじゃないかな」

「でも大体同じような時間には会社へ戻ってくる。それまでは色んなところを回っている印象」



 難しい状況に顔が険しくなる。はぁ、と溜め息を吐き、神谷がビールを机に置いた。



「なら、日中会えるんじゃない? 家には戻ってこないんでしょ?」

「まぁ、一応、今のところは。電話はかけても、昼に家へ戻ることはなかったかな……絶対とは言い切れないけど」



 神谷が頭を掻きながら話を続ける。



「誰か1人は皐氏に張り付いて、1人は家の前で見張りをしないといけないかもね。皐氏に張り付くのは危険だから、僕がやるよ」

「私はお兄ちゃんについて行けばいいんだね」


「あとは決行日かな。僕は夜中も少し張り付いてみたけど、2人の雰囲気は少し良かった。早い方がいいと思う」


「月曜日にする? 私、中間テストも終わったし、学校休んでも大丈夫だよ」

「中間テスト終わったの? どうだった?!」



 いつの間に!!! 自分のことに気にとられ、忘れていた!!!



「理数はお兄ちゃんが教えてくれたから大丈夫だったけど、英語が死んだ……英語は如月が担当だったから」



 よっぽど出来が悪かったのか!!! 卯月の顔が暗い!!! どうしよう!!!



「まずい! 早く帰ってきてもらわないと! 高校へ行けなくなる!」

「なんか、帰ってきてもらう間違ってない?」


「とりあえず、決行日は月曜ね。各自、仕事、学校、休むこと。僕は今日帰るけど、月曜の朝には来るから。ご飯めっちゃ美味しかったよ、 お義兄おにいさん」

「やめろ!!! さっさと帰れ!!!」



 神谷はビールを飲みきると、手をヒラヒラさせながら、帰って行った。



 *



 ーー決行日、月曜、早朝 皐家。



 朝から庭がガサガサうるさい。欠伸をしながら、リビングへ向かう。縁側に出る扉が珍しく開いていた。縁側まで行き、覗いてみる。土だらけになりながら、皐が一生懸命、何か作業をしていた。



「皐、何してるの?」

「主城の守備を、強化しているのさぁ。私は朝5時から、穴を掘っているのだよ、弥生」



 スコップで穴を掘りながら誇らしげに私を見る。そんな自慢されても。



「早……」



 庭を見渡す。そこら中、穴だらけだ。どんだけ掘ったの。お疲れさまだなぁ。ところでこれ、誰用の穴?



「弥生は、ねぼすけだね。今日は、お客さんが来るかもしれないから、歓迎の準備だよ」



 皐が手の甲で額を拭き、笑みを浮かべた。手に土が付いていたのか、顔が茶色く汚れ、無邪気で可愛らしく見える。



「こんな、あからさまな落とし穴、引っかからないのでは」

「絶対に引っかかる」



 縁側に座り、子どもが作ったような小さな落とし穴を眺める。なんでそんなに自信満々なの。



「何その自信……」



 落とし穴を掘り終わったのか、立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。そこからくると落とし穴に落ちるよ。



「……弥生は、周りのことを気にしすぎなんだよ。もっと、本能に従い、自分を押し通すことも、大切だ」



 少し淋しそうな表情で私に説き始める。私へ説教する前に下を見た方が良いと思う。



「私はこれでも、弥生の幸せを1番、願っている。さぁ、朝食にしよーーあ」



 ずぼっ。



「足が抜けない。助けて、弥生」



 案の定、自分で掘った穴に嵌り、身動きが取れなくなったようだ。ほらね~~。



「あ~~もぉ~~っ」



 裸足で、庭へ降り、落とし穴に嵌まらないように、穴を避けながら皐の元へ行く。脇の下に両手を入れ、引き上げた。そのまま抱き上げ、縁側まで運ぶ。



「ふふっ。ありがとう、弥生。もう降ろしても大丈夫だよ」



 抱き上げた皐からは湿った土の匂いが香った。



「どうせまた嵌るでしょ」

「そんなことはないさ。どうせこんなもの、簡単な時間稼ぎにしか、ならない」



 そう思うなら、こんなに作る必要はあったのか。達成感で満ち足りた皐の顔を見ると、可愛らしく思え、少しだけ口元に笑みが溢れた。




 ーーーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーー

 ーーーー



 *




 神谷からメールがきた。



 【皐氏、出社しました。卯月ちゃん今度デートしよ】

 【今から家凸ります。如月が戻ってきたらいいよ】

 【やったね! きっと戻るよ。無理はしちゃダメだよ、幸運を祈る】



 神谷のことはわりと好きだった。恋愛対象として、好きかどうかを聞かれたらよく分からない。



 ただ、泣いている私を撫でてくれた手は、とても優しく、惹かれた。弱っていたせいかもしれないけど。



 恋とかまだ分からない私はその気持ちを知りたくて、デートの約束をする。



 今日のプランはこうだ。



 皐が出社したら、皐の家へ押しかけ、兄を送り込む。昼頃には撤退。それまで私と神谷はそれぞれの場所で見張りとなる。



 皐が出社した連絡が来たので、私は兄に声をかけた。



「中へ入ろう」

「ピンポンする?」

「カメラついてるからやめよう」



 なるべく証拠は残したくない。皐の家の玄関門を静かに開け、庭へ向かう。



 ずぼっ。



「きゃあ!!!」



 足が取られ動けなくなった。落とし穴だ。ご丁寧に、落とし穴の底にはビニールシートが引いてある。こんなもの、前回来た時はなかった。少し警戒する。



「何やって……わあ!!!」

「まじかぁ~~何これ~~お兄ちゃん大丈夫?」

「一応……」



 ずぼっ。



「何個あるんだよ!!!」



 落とし穴は雑草や枯葉でカモフラージュされていて、ぱっと見、分かりづらい。よく見れば、掘り返した跡があり、気をつければ避けれそう。



「お兄ちゃん、下見て歩こうよ、時間食ってる」

「う、うん」



 正直、落とし穴に気をつけながら、これ以上進むのが面倒くさい。もう引き返そうかな。



「あ~~私、門のところで、見張りしようかな」

「いやいやいや、縁側までついてきてよ」



 兄に睨まれる。もう、仕方がないなぁ。落とし穴を避けながら、兄の後ろをついていく。30分程かけて、縁側へ辿り着いた。



「どうやって呼ぶの?」

「フツーに叩こうかと思ったけど……」



 扉は閉まりきっている。兄が縁側の扉を叩き「如月!」と呼んだ。しかし何も反応がない。



「出てこないんだけど!!!!」

「そもそもいるの?」

「居ないってパターンあるの?!?!」



 皐の家についてから色々、ノープランじゃね?!?! この作戦穴だらけ過ぎる!!!



 ガラガラ。



 縁側の扉が開き、そこには如月の姿があった。足元が土で汚れた私たちを憐れみの目で見てくる。そんな目で見るな。



「入ります? 私の家じゃないですけど」

「入る」



 兄が靴を脱ぎ、部屋の中へ入って行った。私は兄の背中を見届け、玄関門まで戻った。さてと。見張りをするかぁ。




 *




 如月は何か悩んでいる。顔を見て思った。家にいた頃とは少し印象が違う。如月から明るさを感じない。



「…………」

「…………」



 お互い黙り込む。何から話していいか分からない。でも立ち話は微妙だ。



「どっか、座って話せるところある?」

「執筆部屋でいいのなら……」



 如月の部屋らしき場所へ案内された。床には本が散らかっている。家事の習慣で、散らばった本を積み上げ、片付けていく。その様子を見て、如月が微笑んだ。



「変わってないですね」

「俺は変わらないよ。久しぶり。でも如月が居なくて毎日死にそうだった」



 久しぶりの見つめ合い。瞳に吸い込まれるように如月を抱きしめた。



「……突き飛ばしたこと、ごめんなさい。悪気があった訳ではないんです。拒否した形になってしまいましたが、そういうつもりはなく……」

「もういいよ。俺も悪かったし。そういう話をしにきた訳じゃないんだ」



 如月を抱きしめた手を離し、その場に腰を下ろす。



「どんな……話を……」



 何か悪い話を訊くみたいに、不安な表情を浮かべている。如月の手を引き、隣に座らせた。悪い話といえば悪い話なのかもしれない。



「皐さんと別れてほしい。それが出来ないなら俺は別れる」

「あ……」



 顔をサッと背けられた。自分がどういう状況を作り出しているのか分かっているのだろう。皐とも恋人関係にある如月に対し、内心穏やかではない。



「ちゃんとこっちを見て。やっぱり皐さんともまだ恋人関係にあるんだな」



 如月の頬に手を添え、こちらを向かせる。



「俺はそこまで優しくない。どんな理由でも自分以外に恋人関係がある人とは付き合えない」


「……分かってます。皐に気持ちはないのですが、嫌いにはなれず……冷たくしきれなくて。傷つけないように、もう一度別れ話へ持っていこうと考えてます……」



 自分の内情を知られたくのか、目線を合わそうとしない。俺は真剣な話をしている。俺の目を見て欲しい。



「俺の目を見て。如月は傷つけることが怖いんじゃない。自分が傷つくことが怖いんだ」


「誰かと誰かが恋愛をして、別れたりすることに、お互いが傷つかないなんて、無理だよ。如月に足りないのは踏み出す勇気だと思う」


「たとえ、如月が皐さんを選び、別れることになったとしても、俺は怒らないし、きちんと受け入れる」



 どこか諦めはあった。如月は俺を選ばないかもしれない、と。積み重ねた時間の長さはきっと皐の方が俺より遥かに長い。踏ん切りがつかない部分もあるだろう。



 その時間の差は、どう頑張っても、今の俺では埋められない。ここに来るまでの間、別れることを前提に全てを考えてきた。



 別れなくて済むなら、それに越したことはない。如月がもしも、別れそれを望むのならば、俺は優しく受け止めたい。



 如月のことが好きだからーー。





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