目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第59話 託される思い

2ラウンドに入ると展開は一気に激しくなった。

このままでは倒せないと判断した大兼君がパンチにローキックを混ぜて打撃を散らしてきたのだが、それに対しても宮地君はほとんど動じなかった。

そして大兼君が放った左のミドルキックをキャッチすると、そこからは一気に宮地君の攻勢となった。

蹴り足を掴み、軸足への足払いのような格好でテイクダウンすると、宮地君は終始上のポジションを譲らなかった。

極め技を仕掛けるところまではいかず、上からコツコツとパウンドや鉄槌を放つに留まったが、あの大兼君相手に全くポジションを揺るがさなかった宮地君のバランス能力に俺は驚いた。


「……ヤバいですね、宮地君のキープ力。大兼君のブリッジは相当強いんですけどね。下から技を掛けるスキも全くないですね……」


師範も黙って俺の言葉に頷いた。

そのまま宮地君が上のポジションをキープしたまま2ラウンドは終了した。

そして第3ラウンドに入ると大兼君の攻勢は止まってしまった。1ラウンドは互角だったにしろ、2ラウンドは確実に宮地君が取ったであろうことを考慮すると、3ラウンドは意地でも攻勢に出なければならないのだが大兼君の出足は止まってしまった。


(打つ手が見えない、ってことだろうな……)


大兼君の心理が俺には手に取るようにわかった。

打撃で攻めても捌かれては反撃され、かといって組み合っての勝負では勝ち目がない……そういうことだ。頭では「出なければ!」と思っても身体は動かないものだ。

当然大兼君のプレッシャーが緩めば攻勢に出るのは宮地君の方だ。

宮地君はサウスポーから(柔道・レスリングなど組み技出身の選手は右利きのサウスポーで構えることが多い)パンチを放ちつつ間合いを詰めていった。


「パンチも相当重そうですね……」


師範も俺の言葉に黙ってうなずく。師範の目にも宮地君が脅威に映っていることは明らかだった。

もちろん宮地君のパンチはプロの水準から見ればまだまだ粗いものではあったが、初戦の小仏選手との試合の時よりも明らかにスムーズになっていた。

パンチの種類はあまり多くないのだが、とにかく一撃のパワーを感じさせるものだった。

レスリング出身の選手は例外なくフィジカルが強い。練習では一日何時間も取っ組み合っているわけだし、ロープを掴んで登ったり人を背負って坂道ダッシュする練習なども有名だ。その上でさらにウエイトトレーニングもしている。強靭な足腰、体幹……とにかく全身を隈なく使うレスラーのパワーは他の競技とは一段レベルが違うと言って良いだろう。

そのフィジカルは当然打撃にも生きてくる。実際トップレベルのMMAファイターの中では、レスリング出身でありながら打撃によるKOを連発している選手が多いのである。


「このまま宮地君が押し切ってしまいそうだな」

「大兼君があんな風に肩で息をしているのなんて見たことないですよ……」


3ラウンドも残り2分ほどとなっていたが、大兼君陣営は作戦が手詰まりとなっているのが目に見えて伝わってきた。打撃では攻められ、組んでも倒され、寝技を仕掛ける体勢すら取れないのだ。

結局そのまま試合は終了となってしまった。

判定の結果は3-0で宮地君の勝利。判定とはいえ内容的には完勝と言って良い。




「ダンクラスファンの皆さん! 宮地大地です!」


リング上では勝利した宮地君のマイクが始まっていた。今まで聞いたことのないような客席の盛り上がり方だ。

ダンクラスを会場まで観に来るようなコアなファンは、静かにじっくりと見ている人がほとんどだ。それに比べ宮地君を応援に来たのはもう少しライトなファンが多いように見える。パッと会場を見た感じ宮地君には女性ファンも多そうだ。

強気でありながらも素直な性格、一目で負けずが分かる吊り目がちな顔つきは少年漫画の主人公みたいなルックスだし、時折見せる無邪気な笑顔はギャップがあって魅力的だ。そして金メダリストという圧倒的な経歴……。

宮地大地という選手が新たなファン層をダンクラスというマイナー団体にまで引き連れてきたのである。これだけでもう笹塚CEOにとっては大成功と言えるだろう。


「本当はきっちりKOで勝ちたかったんですけど、相手の大兼君も強くって判定までいってしまいました! 実は大兼君とはレスリングで中学の頃に対戦したことがあってですね、またこうして舞台を移して再会できたこと本当に嬉しかったです。大兼君、試合受けてくれてありがとうございました!」


素直に対戦相手を称える宮地君のマイクに再び会場は熱狂する。


「ここから新人王トーナメントを取って、最速でダンクラスのチャンピオンになって、すぐに日本のトップにボクはなります! 皆さん、宮地大地をこれからも注目していて下さい。絶対に損はさせませんから!」


宮地君が会場に深々と頭を下げると、会場は割れんばかりの拍手で満たされた。




「大兼君、お疲れ様……良い試合だったよ」

「ああ、田村君! ……お疲れっす、すいません、しょっぱい試合しちゃって」


試合後、俺は大兼君の控室を訪ねた。

トーナメント開催が決まってからは対戦する可能性もあり、大兼君とは交流を絶っていたので久しぶりの再会だった。といってもせいぜい数か月ほどの断絶だったわけだが。


「いやぁ大兼君も動きは悪くなさそうに見えたけど、宮地君強かったね……」


「ヤバいっすね! 組んだら敵わないだろうから、外から打撃で削っていくつもりだったんすけどね……まさかいきなりカウンター合されるとは思ってなくて、そこで焦っちゃったっすね……。マジで俺センス無いっすよね? もう辞めたくなってきたっすよ……」

「いやいやいや、何言ってんのよ! 宮地君が異常だっただけだよ! 大兼君もボクと練習してた時より強くなってるのは伝わってきたし、そんなこと言わないでよ!」


試合後のファイターの心理というのはある種異常な状態だ。

生死を賭けて殴り合った直後の興奮状態だけに、アドレナリンやら何やらの脳内物質がドバドバ出ているのだろう。

だから人によっては勝てば「俺は世界最強だ!」と本気で思うし、負けたら「俺みたいなヤツがなんで格闘技なんてやってるんだろう? マヂ恥晒し……死にたい……」と鬱になる人もいる。


まあだから試合直後のファイターの言うことはあまり真に受けなくても良い……と思う。


「いやぁ……でも、アイツ、マジで陰険なんだよなぁ……。試合中っすよ? 俺にパウンド落としながら耳元で『早くタオル投げろよ!』『そういえば中学で一回戦ったザコだよな?』『MMAに逃げたのにまた俺にボコられるなんてどういう気持ち?』とか囁いてきたんっすよ!? 信じられるっすか?」


「え? 宮地君がそんなこと言ったの? ヤバいね、それは……」


いかにもスポーツマン・金メダリストらしい表向きの表情と、リング上の彼とは全然性格が違うということのようだ。そういえばすずが最初に宮地君の話をした時も、あまり素行は良くなくって、それでレスリングの代表も一回外されかけたと言っていた気がする。

まあどちらも本性ということなのだろう。それくらいの気持ちがなければ勝負には勝てないというのもたしかだ。


「とにかく、田村君には期待してるっす。決勝まで行ってアイツのことぶっ飛ばして欲しいっす」

「わかった、任せといて!」


長年の戦友とも言える大兼君の言葉に俺は新たに気合を入れ直した。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?