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第65話 FIZIN参戦?

3ラウンドが終了し、勝敗は判定に委ねることになった。

ジャッジ藤間、ジャッジ松室、ジャッジ辻……3人の審判が勝者を宮地君と裁定して、ダンクラス新人王は宮地大地君のものとなった。


(マジか……!)


一瞬膝から崩れ落ちるほどのショックを覚えたが、すぐに別のことが気になった。


「おかしいだろ! どう見ても保の勝ちだろ! 金メダルだかオリンピックだか知らねえけどよ、この試合だけで判定しろよ、ポンコツ審判!」「そうだそうだ! お前ら金もらってんのか!?」


宮地君勝利を祝う会場の雰囲気の中で場違いなヤジが俺の耳に届いた。

振り返ると吉田佳友よしだよしとも率いる(元)ヤンキー軍団たちが必死の形相で叫んでいた。

俺も試合後のアドレナリン全開状態なので「やめろって! みっともない!」と叫びに行こうと思ったが、懐かしい彼らの顔を見ているとなぜかとても穏やかな気持ちになった。

俺はリング上から彼らの元に駆け寄っていった。


「……みんな、ごめんな。『判定は勝敗を誰かに委ねること。絶対に勝ちたかったら白黒決着を付けろ!』って昔の誰かが言ってたわ。……ってか普通に判定でも俺の負けだよ。ごめんな、応援してくれたのに」


「保ぅ~……」「良い試合だったぜ、マジで……」「お前がそう言うならしゃあねぇよ……」


なぜ試合をした俺よりもヤツらの方が感極まっているのか、ちょっと意味不明ではあったが、まあこれこそが観客をも巻き込む格闘技の魅力ということなのだろう。

俺はむしろ吉田たちに感謝を述べたくなった。ヤツらが俺のために怒ってくれたおかげで、この場ではむしろ冷静になれたからだ。




「田村君……」


ふと肩を叩かれ振り返ると宮地君が複雑そうな表情をして立っていた。戦った相手選手への挨拶を後回しにして客席に向かうなんて失礼この上ない行為だったが、宮地君はどうもそんなことを気にしているわけではなさそうだった。


「試合ありがとうございました、とても勉強になりました。いやぁMMAって難しいっすね!」


試合中の暴言というかダーティトークなど一切存在しなかったかのような爽やかな笑顔に、流石に俺も一瞬戸惑う。


「……あ、いえ、そんな、こちらこそ……というかダンクラス新人王ですね。宮地君おめでとうございます」


俺の言葉に宮地君は少し照れ笑いを浮かべた。


「いやぁ、でも自分なんかがそんな称号をもらって良いのかな……って思っちゃうっすよ。っていうか今日までMMAっていうものを舐めてたし、田村君のことも正直舐めてましたよ。『同じ歳の選手なんかが俺に敵うわけないだろ! MMAだろうとレスリングだろうと俺とぶつかってまともに戦える人間が同階級にいるわけないだろ!』って思ってたっすよ、ぶっちゃけ。……でも田村君と戦って自分の考えがまだまだ甘かったなって思い知らされました!」


「いや……勝ったのにそんなこと言われちゃったら、何年も前からMMAやってるボクの立場はどうなるんだって話になるんですけどね……え、っていうかホントにレスリングの時はMMAの練習とかはしてなかったんですよね?」


「ははは、もちろん! でも格闘技自体は色々好きで観てたっすよ! っていうかぶっちゃけ、レスリングの時も相手をぶん殴れないのがストレスだったんすよね! 試合中対戦相手に『コイツいきなり殴ったらどんな反応するかな?』とか思い浮かんできちゃって。……まあそんな感じなんでMMAに転向してきてよかったですよ」


「あは、あはは……そんな生粋のファイターだったんですね。あの……でも試合中に相手に話し掛けるのは辞めた方が良いと思いますよ。『とっととタオル投げろ』『降参しろザコ』とかは流石にちょっと……まあルールで定められてるわけじゃないんで反則じゃないとは思いますけど、審判によっては注意とか警告になるかもしれないっすよ……」


俺が宮地君に対して一番言いたかったことはこれだった。

まあ、俺は別にもう試合することもないと思うから良いんだけどさ。闘争心があるのは結構だけど、一応ケンカじゃなくてMMAという競技の試合なんだからさ……。

という俺としては宮地君のための純粋に善意な忠告のつもりだったのだが、宮地君は今までのにこやかな笑顔から一変し、渾身のキョトン顔をした。


「試合中の相手に話かしける? 僕がですか? ……ははは、やめて下さいよ! しかもそんな暴言みたいなことを僕が言うわけないじゃないですか! もう~、田村君面白いっすね!」


(あ、これはマジだわ……)


一片の曇りもない弾ける笑顔の宮地君を見て、本当にこの人は自分がそんなことしている意識がないのだとわかった。

そして俺は確信した。

……コイツ! マジもんのサイコパスじゃねえかよ!




「皆さん、改めまして宮地大地です! こうしてダンクラス新人王というタイトルをいただけて嬉しいです! 戦ってくれた田村君、本当にありがとうございました!」


(アイツはあれが素なんだろうな……)


リングを下り控室に戻る道すがら、今までと変わらぬ宮地君の勝利者インタビューを聞きながら俺は思った。

試合中のダーティトークは本当に無意識なのだろう。それだけ生粋のファイター、闘争本能の塊のような男だということだ。……まああんな野生生物のような男と相対して15分間やり合えただけでも俺にとっては充分な成果だろう。


「お疲れ様。すごい試合だったわね……ケガはない?」


控室に戻るとが迎えてくれた。その優しい声色を聞くと一気に涙が溢れてきた。

試合直後はやり切った達成感が強かったが、応援してくれる人たちのために、やはり俺は絶対に勝ちたかったのだ……という気持ちが込み上げてきたのだった。


「……あれ、井伊さんじゃないか? わざわざダンクラスにまで足を運んでたのかぁ~」


モニターで宮地君のインタビューを見ていた師範が雰囲気を和ませるように、わざととぼけた声を上げた。

そこに映っていたのは国内最メジャー団体『FIZIN』の代表、井伊いいCEOである。

『FIZIN』はダンクラスやその他マイナー団体とは一線を画す、規模も知名度も抜群の日本最大のMMA団体だ。MMA=FIZINと思っている日本のライト層ファンも多い。


俺も師範の声に応じてモニターを凝視する。

リング上ではダンクラスCEOの笹塚さんが、新人王のトロフィーを宮地君に授与しているところだった。


「じゃあ……井伊さんからもちょっと宮地君に激励の挨拶をお願いしますよ」


トロフィー授与が終わると笹塚さんが井伊CEOにマイクを手渡した。

この2人の付き合いも長いものだという。団体や興行の形を変えながらも、もう20年以上日本の格闘技に貢献してきた2人である。

「現在は華やかに見えるMMA業界だが、辛酸を舐めてきた期間の方が圧倒的に長いよ」と語っている井伊CEOの記事を俺も最近読んだばかりだった。


「あ、じゃあ、すいません。ダンクラスでは私は部外者なんですけど、軽く挨拶だけ……」


そう前置きして井伊CEOがマイクを握ると会場からは今日イチの歓声が上がった。

ダンクラスファンも当然、国内最メジャー団体であるFIZINの代表である井伊CEOのことは認識している。というかこの場に井伊CEOが登場したことはファンにとっても嬉しい出来事のようだ。ダンクラスファンの中には、下積みとしてダンクラスからキャリアをスタートさせた選手がFIZINという華の舞台で活躍することを応援しているファンも多いのである。


「あ~……宮地君! ダンクラス新人王獲得おめでとう。次はタイトルマッチですか、流石だね! ……でもさ、宮地君はMMAで世界目指すんだよね?」


「はい! 世界を目指すっていうか、ボクが世界一であることを証明します!」


間髪入れず応答した宮地君に会場は再び沸く。


「オッケー、流石! じゃあさちょっとFIZINにも出て小手調べしとく? ダンクラスも素晴らしい団体だけどさ、どっちかっていうと世界に近いのはFIZINの方でしょ?」


ちょっと軽く飯でも行く? くらいのテンションで井伊さんは宮地君にとんでもないことを提言したのだった。


「……行きます! とりあえず俺が日本一だってことを証明します!」


ほんの一瞬逡巡しただけで宮地君はそう応えた。

会場の観客たちもこのやり取りの意味を理解し、今日イチの歓声で会場は割れんばかりだった。


「オッケー! 決断の早い人間は何やっても成功するよ。流石金メダリストだね。じゃあ僕も気合入れて盛り上がるマッチメイクを約束します! ……すみません、ダンクラスファンの皆さん、お騒がせしました!」


嵐のような拍手の中、この日の興行は幕を閉じたのだった。




(俺が勝ってたら、宮地君の代わりにFIZINに行ってた? ……いやいやいや!)


格闘技は残酷なものだがその最たる部分は、勝者が全てを総取りし敗者には何一つ与えられない、というコントラストだ。

ダンクラス新人王という位置から一足飛びに宮地君は国内最メジャー団体への参戦が決まったのだ。

しかしそれはもちろん「宮地大地」というファイターの価値ゆえの待遇だ。もし仮に俺が勝っていたとしてもそこまで知名度も実力もない俺が、宮地君の代わりにFIZINデビューになったとは考えにくい。どう考えてもそうだ。

……だがもしかしたら、と思わずにはいられないのが人間だ。

現実的な目標としてFIZINデビューというものを想定して俺はMMAをやってきたわけではない。まだまだ憧れの舞台としか思っていなかった。

だが今戦った相手が一気にその舞台に駆け上がっていったのだ。これを悔しいと思わずにいられる人間は存在しないだろう。


「保君。まあ明日からはちょっと休んで、また一歩一歩やっていこう。この道を進んでいけば、保君にもFIZINデビューが現実的な目標となり得るってことさ……」


肩を叩いてきた師範の声に俺は思い直す。

師範の言う通りだった。俺は俺の道を進んでゆくしかないのだ。他の誰の道も歩けないし、他の誰も俺の道を歩むことはできない。

この悔しさは間違いなく力になる。まだまだ俺は強くなるし、MMAの世界で勝ち上がってゆくんだ! そう改めて思った。




(第4章ダンクラス編 完)


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