今あの魔法少女、とんでもないこと口にしなかったか?
たしかレベルアップコーポレーションの社長を倒すとかどーとかって。
会ったことないが、いい人なんじゃないの?
知らんけど。
「アイリーン、本気で行ってる?」
「当たり前でしょっ! やつは人類の敵なんだから!」
そりゃ会社の上司ってのは敵よ?
あんなのろくな奴いないんだから(偏見)。
だからって人類の敵ってのは言い過ぎでしょ。
ったくどんだけブラック企業なんだ。
「いや倒すって、社長なんだから俺らと同じ冒険者なんじゃないの?」
「いいえ……そもそも人ではないわ。やつはネクサリウスを滅ぼした張本人。そして次はあなた達が住む地球をターゲットにしているの」
アイリーンの表情は本気そのものだ。
嘘を言っているとは到底思えない。
しかし人じゃないってことはエイリアン的なものだったり?
もう非現実は昨日から慣れっこなのだ。
なんでも受け入れられる自信がある。
「で、そのネクサリウスを滅ぼしたエイリアンは地球で何するつもりなんだ?」
「そいつの個体名はニューロヴォア。今は人の姿になっているけど、本当の姿は誰も知らない。少なくともネクサリウスにいた頃と外見が違うって瑠璃が言ってたわ。そのニューロヴォアは冒険者の脳を好んで喰べるの。しかも高レベルであればあるほどね」
「おぉ……冒険者業のトップがそれじゃシャレにならんな。……待てよ、最近どっかでそんなニュース聞いたことあるぞっ! あ、脳だけ抜かれた遺体って……」
そうだ、昨日ハローワークで見たニュースだわ。
今思い出すだけでも気持ち悪い。
「心当たりがあるなら話が早いわね。海成! あなたにはニューロヴォアを倒してもらうわよっ!」
「えぇっ!? なんで俺なんだ。こんな冒険者なりたてのやつより強いやつなんていっぱいいるだろ?」
「いいえ、あなたにしか倒せないわ」
「なんで……?」
「あなたが武闘家だからっ!」
満面の笑みで彼女はそう断言しているが、ハズレ職業だからバカにしてるのだろうか?
まぁそんな空気じゃないけども。
「ハズレ職業だから?」
ちょっとひねくれ気味にそう答えると、
「ハズレ? 何それ? そんなんじゃなくて、ニューロヴォアには魔法が効かないの。地球の冒険者はほとんど魔導士か魔法剣士。しかも会社の教育方針は魔法の強化、D級、C級などの昇格条件も魔法習得が必須。自分が喰べやすいようにあえて魔法文化にしているみたい」
それが本当なら……ニューロヴォアは冒険者を喰べるために会社を立ち上げたことになる。
いや、実際事件になっているのだ、本当なのだろう。
魔法が効かない、だから武闘家の俺がってのも分かった。
だけどこんな低レベル冒険者に一体何ができるのだろうか。
俺がアイリーンの説明に押し黙っていると、彼女は再び口を開いた。
「安心して。急に倒せなんて言わないわ。あなたは気にせずダンジョン攻略業務をこなして強くなりなさい」
「そう言われても……社長が化け物だって知っちゃったら気になるって」
「レベルが低い間は大丈夫よ。今までの被害者は少なくともA級以上の実力を持っていた。まぁ何かあったら瑠璃から指示が入るからそれまでは普通にしてなさい。いい? 普通によ? このことがヤツにバレたら一巻の終わりだから」
「あ、うん……分かった」
俺はそう返事をした……いやそうするしかなかった。
もう聞いてしまったものは忘れられないし、実際にこの冒険者という不思議な業界に足を踏み入れてしまったからだ。
もし辞めるとなったとき、ステータスやダンジョンが視える人間を会社がただで逃すとは思えないしな。
それこそ喰べられるかもしれない。
つまり俺はここでやっていくしかないのだ。
「じゃあさっそくあそこの魔法陣からE 級ダンジョンに戻って攻略してきなさい!」
「わ、分かったよ……って待て、ここってどこなんだ!?」
今更だが、シンプルな質問が頭に浮かんだ。
アイリーンと会話をしているこのダンジョンはE級ダンジョンと違うのか?
「あーそうね、ここはネクサリウスのダンジョンってところかな」
「あ、それ! さっきから言ってるネクサリウスってどこなんだよ! 海外か? そもそもなんで日本語通じるんだ?」
「えーもう質問多すぎっ! もうアタシが頼まれた仕事は終わったから帰りたいんだけど?」
ここまで説明しておいて後は放置プレイですか。
なんて性教育の行き届いた小学生なんだ。
こちとらいいところで焦らされてる、そんな気分だ。
「あ、瑠璃なら全部答えてくれるわ。じゃあアタシは帰る! じゃあね、海成」
「あ、ちょっと待って……って帰るの早っ!」
彼女は俺が声をかける暇もなく再び宙に浮いて飛んでいった。
教えてくれるまでこのままストーキングしても良いのだが、こんなところで迷ってしまえば一生帰れない。
ここは無難に元の場所へ戻る方がいいだろうな。
そして俺はここへきた時と同じ魔法陣へ足を踏み込ませた。
移動は一瞬だった。
そこは元の変わらない一本道。
一つ変わったとすれば、さっきの犬の群れは消えておりポツンと1匹だけになっている。
その犬っころはクンクンと鼻息を荒くしたと思えば、咄嗟にこちらを振り向いてきた。
やっぱ匂いで分かるのね。さすがワンちゃん。
「グルルルッ」
しかしこっちも簡単にはやられない。
まずは、「【鑑定】」
すると、やつの頭上に何か見える。
「何か文字が……えっと、コボルト? Lv6?」
なにやらこの【鑑定 Lv 1】とやらはそのモンスターの名前とそのLvだけ教えてくれるようだ。
いやいや、名前とLvだけかよ!!
「グルルルッ……。ガウガウガウッ」
そしてそのコボルトという犬型のモンスターは、二足歩行で俺に襲いかかってきたのだった。
◇
ちょうどその頃、可愛い先輩の紗夜さんは――
「久後さん、海成くん、相羽紗夜再び戻りましたよーっ! って海成くんの姿が見えないんだけど?」
「あ〜海成なら任務に行ったぞ?」
ん? 今任務って聞こえたけど気のせい?
彼、今日入ったんだよね?
「今、なんて?」
だめ、こればっかりは久後さんに本気で怒っちゃいそう。
「お、おい、な〜にそんな怖い顔してんだ紗夜。あいつもE級冒険者なんだからE級ダンジョンくらい……」
「久・後・さんっ!!! あなた海成くん殺す気っ!?」
「んだよ、大袈裟だなぁ! あんま過保護になんなよ」
久後さんは呑気にタバコをふかしながらそう口にしている。
やばい、この人なんにもわかってない。
そもそもE級ダンジョンといっても、誰でも勝てるものではない。そもそもE級ダンジョンとはE級冒険者がいずれ勝てたらいいね、という目標となるものである。
つまり実力的にはD級寄りの冒険者でなんとか安定してクリアができるものなのだ。だからそれまでは先輩と一緒に行ってレベルを上げていく、というのが定石。
それがレベルアップコーポレーションの教育方針であり、私達はそうやって強くなってきた。
会社自身がそういう教育を勧めているため、新入社員のオリエンテーション用紙にも書いてあるはずなんだけど……。
「久後さん、新入社員のオリエンテーション用紙に記載してある育成プログラム表見てないでしょ?」
あ、久後さん、目逸らした!
やっぱ知らないんだ!
「うるせぇ、男はこーやって強くだな……」
「もういい! 私、様子見てきます! 久後さん、地図スマホに送っといて!!」
あのテキトーおじさんに任せた私がバカだった。
待っててね、海成くん! 今助けに行くから。
もちろんダンジョン攻略中の海成にとっては知る由もないこと。